あなたは大切な人です

主日共同の礼拝説教集

高座教会礼拝堂

恵みによって成長しよう


2016年3月13日 受難節第五主日
ファミリーチャペル
松本雅弘牧師
コリントの信徒への手紙一 3章5~9節

Ⅰ.人間の成長とは

 私の父はある時からとても教育熱心になりました。父は昭和ひと桁の人で、勉強したい時期に家庭の事情でそれが許されなかったこともあり、私たち子どもに対しては学校に行かせてやりたいと思って接してくれました。
私は墨田区の生まれで地元の小学校に通ったのですが、小学校6年生の1学期の終わり頃、どういうわけか、父が私を私立の中学校に行かせたい。それも大学の付属中学で学ばせたいという理由から、家庭教師を付け、週末には進学塾に通わせました。四谷大塚という塾の試験を受けに行ったこともあります。国立付属の中学は難しい。男子でしたら開成、麻布なども難しい。そのちょっと下に私立大学付属中学がある。そんなことを毎週、塾に行くたびに叩き込まれていたかと思います。 
そのようにして私はある大学の付属中学を受験に行った時に、紺色の制服を着て帽子をかぶった受験生たちがたくさん試験会場に居ました。彼らの帽子には「国立(コクリツ)」と書かれたマークがありました。私はそれを見た途端に「コクリツだ~。僕は墨田区立だ~。負けた~」と思い、急に弱気になってしまったことを思い出します。実は、それは「コクリツ」と読むのではなく、「クニタチ」と読まなければならなかったことが後でわかったのですが。確かに「国立(コクリツ)」なんていう校章はどこにもないのは考えてみれば分かるのですが、6年生の私には全く分かりませんので、勝手にモチベーションが落ちてしまいました。結局、受けた学校、全部落ちてしまって、地元の公立中学に入学することになりました。
 現在の受験事情は詳しく分かりませんが、確かに日本は世界でもまれに見る教育熱心な国だと思います。そんな私たちの国ですが、果たしてそれがうまく行っているかと言えば様々な問題が指摘されている現状があります。人がよい成長をするとは、そもそもどういうことなのかと思います。受検勉強も低年齢化し、小さい頃から習い事をさせることが、教育と考えられる風潮もあるように思います。早くから親などが受験を意識して詰め込み教育をやりすぎる。私の場合もそうでしたが子どもは何のための勉強か分からないまま学校に進む。そして志望の学校に入った頃には勉強の意欲さえなくなっている。私自身、振り返るとそんな気がいたします。
こうした現実を知る時に、大人たちが「教育」の名のもとにしていることの結果、多少は学校の成績は良くなるかもしれませんが、子どもたちから感動を奪い、本来「成長」と呼ばれるものとは程遠い現実となっているように思うのです。では、聖書は「人が育つ」ことについてどんなことを教えているのでしょうか。

Ⅱ.成長させてくださる神

 今日お読みしたコリントの信徒への手紙は、パウロという人が、ギルシャにあるコリントという都市の教会に向けて書いた手紙です。
コリントに教会が誕生し、そして、礼拝に集う人々の数が増えて来て、今、教会の中に分裂騒ぎが起こっていたのです。コリント教会を最初に導いたのがパウロでした。彼が去った後、次にやって来たアポロという教師はたいへん有能で名説教家でした。するとコリント教会の人々は彼を担ぎ上げ、自分たちは「アポロ派」であると分派活動を始めました。そのような事情があって、パウロが書き送ったのがこの手紙です。
ここでパウロは、あなたがたが持ち上げているアポロも、そして自分も、ほんの少し神さまの働きの手伝いをしたに過ぎませんよ、と語ったのです。そして、あなたがたが成長したのは誰のお蔭かといえば、神さまのお蔭なのです。成長させてくださったのは神さまだからです、と語っているわけです。
勿論、人が成長する時、親の存在はとても大切です。教師や家庭環境も大事です。でもパウロによれば、親や教師や、家庭の環境も、すべて神さまがお用いになる道具に過ぎず、それを動かし用いながら教育しておられるのは神さまです、と教えているのです。

Ⅲ.聖書が教える成長-テモテの場合

では、聖書が教える人間の成長とはどのようなことでしょうか。その例としてテモテという人を取り上げてみたいと思います。
テモテという人は祖母ロイスと母親のエウニケによって幼い時から神さまのことを教えられて育ってきた若者でした。彼の父親はギリシャ人で、母親はユダヤ人ですからテモテはハーフです。父親は早く死んだと言われています。未亡人の母親とお祖母ちゃんに育てられたのがこのテモテでした。見方によれば、テモテは家庭環境的に一見損をしている人のようにも思えます。ところが神さまは、この若者テモテをパウロという教師と出会わせてくださいました。パウロがテモテの父の代わりに用いられていきました。
そして、パウロの導きによってテモテはクリスチャンになり、その後、パウロはテモテを自分の伝道旅行に同行させます。そのようにして彼を訓練して行ったのです。
 私たちは、誰しも様々な弱さを抱えて生きています。色々な意味でのハンディをもつものではないでしょうか。しかし同時に、隠れた素晴らしい可能性を持たない人など、誰もいないのです。
父親を早く亡くし、ハーフとして育ったテモテは、幼い日に母親とお祖母ちゃんの信仰に守られ、パウロという教師に出会い、イエス・キリストを知っていきました。そしてそのことがテモテを成長させていったのです。
では、具体的にはどのような人へと成長していったのでしょうか。フィリピの信徒への手紙2章に、テモテのことがこのように紹介されていました。「テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。・・・テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、・・・」(20、22節)と書かれています。パウロによればテモテは「親身になれる人、確かな人」になったというのです。「確かな人」とは「色々な試験を経た、保証付きの人物」という意味です。
元々は、気弱で様々なハンディもあるように思えた人でしたが、そのテモテが、親身になれる確かな人となったというのです。何という成長ぶりかと思います。

Ⅳ.成長させてくださったのは神

ある時、イエスさまはお語りになりました。「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか」(マタイ6:26)と。
小学生の頃の私自身の経験をお話しましたが、そうした詰め込み教育、あるいは、あまりにも早すぎる受験準備は、イエスさまが、私たちをそこから解放しようとされた、親や本人の思い悩みやあせりの心から出て来ているのではないかと思います。
「思い悩むな」「あせるな」とイエスさまはおっしゃいます。「天の父なる神さまから豊かに注がれている恵みを覚え、そのお方を信頼しなさい」と言われるのです。その理由は、鳥だって何とかやっているのだから。その鳥よりもはるかに優れたあなたのことを神さまはちゃんと心にかけておられるのだ。だとすれば、必要なものは必ず与えられる。だから心配しないでいい、と言われるのです。
こうしたイエスさまの言葉に触れてはっと気づかされるのは、私たちの側の信頼の欠如です。神さまへの信頼は勿論、自分自身に対する信頼、子どもたちに対する信頼です。
私たちが生かされている以上、そこに意味があります。神さまが何かをさせようとして、この世に生かしておられるからです。もし、私に、私たちの子どもの内に、何か1つは必ずお役にたつものを神さまがお与えになっていると考えることが出来るならば、もう少し心の中に平安や安らぎが出て来るのではないかと思います。
聖書は、私たちが生きているのは生かされているからだと教えています。そして聖書は、私たちを、また子どもたちを成長させてくださるのは神さまだ、と教えます。
幼い頃の愛情深い母親や祖母からの養育、青年期におけるよき師パウロとの出会い、それが幾多のハンディキャップを乗り越えさせ、ついにパウロの後継者として、教会のリーダーテモテへと成長させていったのです。
私たちにも、一見マイナスに思えることが何かしらあるのではないでしょうか。でも、聖書の神さまは万事を益にしてくださるお方、成長させてくださるお方です。
このお方が子どもを、そして私たちを生かしておられます。それゆえ、必ずお役にたつものを神さまご自身が与えくださると信じて、心の目を開いていただき、神さまがどう見ておられるかの視点をいただきながら、私たちの心配を神さまに委ねていきたいと願います。お祈りします。