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主日共同の礼拝説教

生きることも病むことも


2016年11月27日夕礼拝
和田一郎伝道師
詩編13編1~6節
ガラテヤの信徒への手紙4章12~16節

Ⅰ.はじめに

パウロは、ガラテヤ書3章から、ここまでのところで、ガラテヤの信徒に対して、厳しい口調で、正しい信仰理解について語って来ました。たとえば3 章 1 節「ああ、物分かりの悪いガラテヤの人たち」と相当に厳しい言葉を使って、相手が誤った信仰に流されていることを嘆いてきました。

Ⅱ.パウロの信念

それが今日の聖書個所12節から、口調が変わって、パウロは相手の心情に訴えかけるようになります。12節で「兄弟たち、お願いします」という言葉を使っています。彼らがパウロの教えから離れてしまったこと、憤りの感情から一転して、それでも兄弟として愛していることを伝えます。「わたしもあなたがたのようになったのですから、あなたがたもわたしのようになってください。」と言うのはどういうことでしょうか?
パウロは、異邦人伝道の使徒です。同じユダヤ人に伝道するのとは違って、生まれ育った背景の違う人たちに伝道する上で、大切にしていた信念、または秘訣のようなものをもっていました。そのことを分かり易く説明したのが、第一コリント9 章にあります。
「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。・・・ 福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。」(Ⅰコリント9:19-23)
パウロはこのように、自分はユダヤ人ですが、ユダヤ人の習慣や考え方を、捨てる覚悟を持っていました。彼の言う覚悟とは、自分の思いのままにするのではなく、文化の違う異邦人伝道の使徒としての自由です。それは徹底して相手の立場に立って、相手に寄り添うことです。ガラテヤに行った時は、ガラテヤ人のようになって伝えたのです。

Ⅲ.病める者にも

12節の後半から、ガラテヤ教会の人々と出会った頃の出来事を思い出して、次のように語ります。ここでも相手の心情に訴えています。
「あなたがたは、わたしに何一つ不当な仕打ちをしませんでした。知ってのとおり、この前わたしは、体が弱くなったことがきっかけで、あなたがたに福音を告げ知らせました。そして、わたしの身には、あなたがたにとって試練ともなるようなことがあったのに、さげすんだり、忌み嫌ったりせず、かえって、わたしを神の使いであるかのように、また、キリスト・イエスででもあるかのように、受け入れてくれました。」(ガラテヤ4:12-14)
ここに「体が弱くなったことがきっかけで、あなたがたに福音を知らせた」とあります。
パウロは、ガラテヤ地方に赴いた時に、健康な体で行ったのではなく、病気を持っていたようです。具体的には書かれていませんが、パウロは目の病気、あるいはマラリヤの病を持っていたのではないかと言われます。いずれにしてもパウロを苦しめる病があった。パウロがガラテヤで伝道することになったのは、旅の途中で彼が病気の症状がでたことがきっかけでした。ユダヤ人の中では、病気は悪霊の働きだと考えられていましたから、病人を嫌ったり、避けることがありました。ですからガラテヤの人々は病人のパウロを、悪霊の使いのように扱ってしまう誘惑と試練がありました。
しかし、パウロが伝道に行った時、彼らはパウロに対して、いっさいそのような不当なことはしませんでした。それどころか「神の使い」か、また、「キリスト・イエス」でもあるかのように受け入れました。使徒言行録でもリストラと言う町に行った時、バルナバを「ゼウス」パウロを「ヘルメス」とギリシアの神々の使者のように呼んで、いけにえを献げようとさえしました。おそらく、リストラでもガラテヤでもパウロの事を他の伝道者と区別して、特別な使者であると認めていたのでしょう。その特別な使者とは「使徒であるパウロ」ということです。「使徒」という役職は、イエス様によって直接任命された12弟子たちのように限られた人です。パウロはダマスコ途上でキリストに出会い、異邦人伝道の使徒とされました。ガラテヤの人々はパウロが滞在中、病人であったにも関わらず、使徒として敬ってくれました。そしてイエス・キリストを救い主であると、福音を受け取ったのです。
その時は、15節にあるように、自分達がキリストによって救われた幸福に満ちていました。そのことを「自分の目をえぐり出してもわたしに与えようとした」ほどと、びっくりするような表現でパウロは語っています、パウロは目になんらかの病気を持っていたようです。この手紙の最後に、「このとおり、わたしは今こんなに大きな字で、自分の手であなたがたに書いています。(6:11)」と言っています。この手紙はパウロが言った事を、誰かが書き記す、口述筆記であったと言われていますが、最後に自分の署名を入れる時に、大きな字で書かないといけないぐらい、目が見えなかったようです。

Ⅳ.生きること、病むこと

病気と闘ったクリスチャンに三浦綾子さんという作家がいます。その三浦綾子さんは、「病気の百貨店」と言うほど、病気を持ちながら執筆した人でした。三浦綾子さんの一生は、ほとんどが病気との闘いで、24歳の時に肺結核と脊椎の病気で13年間もの闘病生活。ガンや、パーキンソン病など多くの病いがありました。三浦さんは、病室に机を持ち込んで口述筆記をしたそうですから、パウロと重なる所があります。
いろいろな病気をしてきましたが、ガンを告知された時は不思議な境地になったそうです。どう説明してよいか分からない、深い淵の底にあるような、何とも言えない静かさに満たされた、と言います。その日から、朝目覚めると「今日は私の命日だ」と思うようになった。誰にとっても、今日は命日になるかも知れないのだ。病気のあるなしに関係なく、世界の幾万人の人が今日の夕日を見ずに死んでいく。今元気で笑っている人にも、今後の計画を練っている人にも、病気の人にも健康な人にも、老人も子どもも、誰にだって今日一日の保証はない。「今日は私の命日だ」と、それを身に刻み付けるように思い始めました。
さらに、ガンを特別席から引きずり降ろそうとしたそうです。「風邪を引いた」とあっさり言えるように、「ガンです」とあっさり言うようにした。家族がひた隠しに隠すような苦労をしてほしくなかったので、我が家ではガンが普通のこととして語られるようになった。
こうして、三浦綾子さんは病気を持ちながら、方々へ取材や講演をしながら執筆活動を続けました。
三浦さんは「病気のおかげで、私の書く本が多くの方々に読んでいただけるし、感動していただける」と言って、自分自身が苦しみを通ることは、よい作品が生み出されるから“感謝”だったそうです。なぜなら「福音を伝え、ひとりでも多くの人がまことの神様を信じてほしい、神様へ心を動かしてほしい」という祈りを持って書いていたからです。

パウロがこの手紙の送り先、ガラテヤに、かつて伝道旅行に行った時、彼らは尊敬と信頼をもって受け入れてくれました。パウロが病気であるにもかかわらず、決して見下したり、蔑んだりせずに、パウロが教えるイエス・キリストの福音を受け取ることができました。
「弱い人に対しては、弱い人のようになりました。…すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。」(Ⅰコリント9:22)
パウロも病気のお陰で、ガラテヤに滞在することができました。病気のお陰で、パウロの熱意が、彼らの心をキリストへと動かし、本当の救いに預かった恵みを、パウロに感謝することができたのではないでしょうか。病気という、一見、目に見える有り様はマイナスの要素でしかありません。出来る限り病気にはかかりたくないものです。しかし、健康であっても病気であっても、今日一日生きられる保証は誰にもありません。健康でも病気であっても、神様はそれを超えたご計画をもっていて、すべてが益となる、善いようになるように働かれるお方です。

Ⅴ.まとめ

私たちは、ガラテヤの人たちのように、本当の救いに預かった恵みを感謝することができたのに、15節からあるように、いったいそれは何処へ行ってしまったのか?と問われる時があります。自分勝手な信仰に踏み外してしまう過ちを繰り返してしまいます。パウロが近くにいた時の信仰は喜びに満ちて、確かなものでした。パウロのような、私たちに福音を伝え、育てて下さった信仰の先輩たちがいなくても、教会に繋がり、御言葉と祈りに生きる信仰生活でありたいと願います。病気の人にも健康な人にも、お年寄りも子どもも、誰にでも、与えられている、今日という一日が、感謝で満たされますように。お祈りをいたしましょう。

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アドベント 主日共同の礼拝説教

沈黙の恵み


2016年11月27日
第一アドベント
松本雅弘牧師
詩編77編1~21節
ルカによる福音書1章5~23節

Ⅰ.ザカリアに起こった出来事

祭司ザカリアが神殿の奥に入って神にお仕えしている時に天使が現れ、「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。」と伝えられました。
ところが、知らせを聞いたザカリアは戸惑います。そして「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」と答えたのです。その結果、彼は沈黙を強いられることになりました。

Ⅱ.強いられた沈黙

よく考えてみれば、私たちも、時に沈黙を強いられる場面に出くわすことがあるように思います。失敗してしまった時、病気など思いがけない状況に出くわす時、厳しい現実に直面し、モノが言えなくなる。そんな経験をすることはないでしょうか。それまで自信を持って語っていたことが一切語れなくなる。この時のザカリアがそうでした。沈黙を強いられ、モノが言えなくなったのです。妻エルサベトは、口は利けましたが、その出来事に驚き、身を隠したことが聖書に書かれています。彼女も夫と共に黙り、引きこもってしまったのです。
説教題に「沈黙の恵み」と付けました。この時のザカリア夫婦は、すぐにこの出来事を恵みと受け取れなかったと思います。けれども、私は、ふたりの静かな日々を思うと、この夫婦がこの沈黙の期間、どんなに深く神さまの恵みを味わったことかと思います。
その証拠に、この10カ月にわたる黙想の日々の後、ザカリアの口から飛び出した第一声、それは、「ほめたたえよ」という言葉でした。
「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を」(ルカ1:68)という賛美の言葉です。後に「ザカリアの賛歌」と呼ばれるこの詩編の歌は、10か月の間、沈黙を強いられたことにより、自らを吟味し、神の恵みを数え、心の中で反芻し、味わいながら賛美の言葉へと導かれ歌い続けたものでした。それがこの「ザカリアの賛歌」です。
この沈黙の期間、ザカリアは天使ガブリエルの言葉の一字一句を深く味わったことでしょう。そして口が利けるようになった時、「あなたの妻エリサベトは男の子を産む。…」と、天使ガブリエルが取り次いだ神の言葉の一つひとつを、漏らさず伝えることによって、その御心を明らかにしていったに違いないと思うのです。
ある人が「神の前での沈黙を知る者だけが有益な言葉を語ることができる。自分がしゃべり続けるということは不信仰のしるしでもある」と語りました。この時、本当に大切な言葉を語るため、神の御心に生きる者とされるために、ザカリアは沈黙を強いられたのです。

Ⅲ.ザカリアの戸惑い

私は今回の聖書箇所を読みながら、天使が現れた時のザカリアの戸惑いに心が留まりました。祭司という務めは、決まったことを決まったとおりに行う仕事でもありました。
ザカリアは、生ける神さまの御前に出て、務めを順序正しく滞ることなく執り行うことができるように心配りしながら、緊張感を持って務めを果たしていたと思います。
その時、式順どおりに行かないことが起こりました。突然、天使が現れ、香壇の右に立ったのです。それを見て、彼は不安になり恐怖の念に襲われました。考えてみると、これはとても皮肉な話です。ザカリアは、目に見ることは出来ませんが生きておられる神さまの御前に出ていたはずです。その祭司が、生ける神さまの臨在に触れた時に、不安に襲われたというのです。
ある人はこの時の彼の様子について、「ザカリアの手順が狂った。神が邪魔をされた」と語っていました。ザカリアは神さまに邪魔をされたので慌てたのです。順序正しく滞ることなくやろうとしていたのに邪魔が入った。その張本人が神さまであったということでしょう。
今まで何十年と神さまに仕えてきたベテラン祭司のザカリアが、神さまのリアルな働きに触れ、不安になりおじ惑っているのです。何か滑稽です。
でも私たちは、こうしたザカリアを笑えるでしょうか。これは彼だけの問題ではありません。私たちは今日も礼拝に来ました。だいたい1時間から1時間10分で終わります。1つひとつの式順に従って礼拝は進みます。でも、そうした礼拝、あるいは日常のクリスチャン生活はどこか決まりきったもの、もっと言えば、この時のザカリアのように、誰からも邪魔されたくない、邪魔され不安にさせられたら困るという思いが、私たちにないだろうか、と思わされたのです。
「ザカリア」という名前は「神に覚えられている者」という意味のある名前です。その名前を帯びた祭司がザカリアです。しかし、その神さまから救いの言葉が与えられた時、彼は不安になり恐怖を覚えたのです。何故なら想定外だったからです。神さまが、彼の人生の今、この場面に直接介入されることを想定せずに信仰生活を送っていたからです。これはザカリアだけの問題ではありません。

Ⅳ.沈黙の恵み―神のシナリオを受け取り直すために

少し私たち自身に当てはめて考えてみたいと思います。「もしかしたら、私たちの生活は、神さまに邪魔されたら困るような生活になっていないでしょうか」ということです。
私たちは自分で自分の人生のシナリオを描きます。私も学生の時にシナリオを描きました。一般企業に就職する時にも困らないようにと語学の試験でAを取りたいと思いました。もし、その時点で、神学校に行くシナリオを描いていたら、先週お話しした、あんな馬鹿なことをする必要もなかったと思います。大学時代、語学でCの成績が付いても神学校の入学試験には関係ないわけですから……。
神学校では、もっと勉強を続けたいというシナリオを描いていました。でも神さまは、卒業後にすぐに教会に仕えるようにというシナリオを用意しておられました。このように、私たち1人ひとりは、自分の人生を自由に設計し、夢を抱き、シナリオを描くわけです。でも、クリスチャンになった後、そして神さまとの交わりが深まる中で、私たちの心の中に1つの、不安のようなものが生じることがあるでしょう。それは「果たして、私が描くこのシナリオは、神さまが私のために描かれるシナリオと同じかどうか…」という問いが起こるからです。
もしそうした問いを心深くに持つならば、あるいはその問いに気づいたならば、自分で描いたシナリオどおり、滞りなく、手順どおり、物事が進むようにという自分の計画、思いを、もう一度神さまの前に差し出すことが必要になります。神さまは、それをザカリアに求めたのです。
こうしたことを考える時、私はいつも創世記に出てくるヨセフを思い出します。ヨセフもシナリオを描きました。牢屋に入っていた時に、給仕役の長の夢を解き明かし、彼によってヨセフの身の潔白が証明され、牢屋から解放されるというシナリオです。ところが神さまはもっと壮大なシナリオをお描きになり、ヨセフにその一端を担って欲しいと考えておられたのです。
仮にヨセフが願ったとおりのタイミングで解放されたとしたら、2年後にファラオの夢の解き明かしはなかったかもしれません。そして、ファラオとの出会いがなければ、彼が総理大臣になることも、そして、もっと大事なこと、ヤコブの家を始め、エジプト全土、その周辺諸国の人々の救済も難しかった事でしょう。
ヨセフが願ったように獄からの解放がなかったこと、これが神さまのシナリオでした。
神さまは私たちが手に握りしめている宝より、もっと素晴らしく豊かなシナリオを用意しておられるのです。
預言者エレミヤは「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。」(エレミヤ29:11)と語っていますが、私たちはそのことを受け止めるために、神さまの前に静まり、御心を聞く時を必要とします。生活の中に余白を必要とするのです。ザカリアには10か月の余白が必要だったのでしょう。
箴言に「人は心に自分の道を考え計る、しかし、その歩みを導く者は主である。」(16:9 口語訳)とある通り、私たちの側に、神さまの介入を受け入れる余白を備えることです。それは、私たち1人ひとりにとって、また、教会にとっても必要なことです。
カール・バルトは語りました。「われわれ人間の自然の営みが、神によって妨害されない限り、それは癒されることはない」と。神さまに妨害された時、すなわち神さまの介入が起こった時に初めて、私たちの本来の恵みの生活が始まります。そして、それはすでに始っていることを、心に留めながら、1週間を歩み始めて行きたいと思います。
お祈りします。

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主に願いなさい


2016年11月20日
松本雅弘牧師
詩編44編1~27節
マタイによる福音書9章35~38節

Ⅰ.マタイ9章35節の位置づけ

今日、お読みしたマタイによる福音書9章 35節の御言葉にイエスさまの働きが紹介されています。実はこの言葉とそっくりな表現が4章23節にもあるのです。マタイは、イエスさまがいつもなさっていた働きを4章と9章に同じ言葉で繰り返すことで伝えようとしています。
そして、もう1つ大切なことがあります。それは、この後の10章1節から12人の弟子を選ぶ記事が出て来ます。イエスさまは「あらゆる病気や患いをいやす」権威を12弟子にお与えになり、さらに彼らに命じて「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」と言われたのです。
マタイはイエスさまの御業を同じ言葉で繰り返しつつ、その御業をイエスさまのお働きだけに限定せず、イエスさまがお選びになった弟子たちが担っていることを伝えているのです。イエスさまの働きを弟子たちが引き継ぎ、それを今、教会が、つまり、私たちが行っているということを伝えているのです。
そのような意味で、私たち日本の教会が、日本で生活している人々のために何をどのようにしたらよいのか、と立ちどまって考える時、その原点、出発点となる言葉が、今日の9章35節に記されているように思うのです。

Ⅱ.教会の業―イエスさまと同じ働きをする

注解者たちは35節をめぐって、もう1つ大切な視点で議論しています。それは、そもそも今日の箇所がどうして34節までの出来事に続けて書かれているかという視点です。
35節以前の箇所には一連の癒しの出来事が記されています。ヤイロの娘と出血の止まらない女性の癒し、2人の盲人の癒し、そして口の利けない人の癒しの記事と続きます。
ここで私たちが注目しなければならない点、それは何かと言えば、イエスさまがこれほど心を込めて愛の御業をなさったにもかかわらず、御業を目撃した人々は、イエスさまのことを正しく理解することがなかったという事実です。別の言い方をすれば「人々の愚かさ」です。
イエスさまは私たちの愚かさを見抜くお方です。ところが、そうした人々の愚かさとイエスさまはつき合ってくださるお方のように思うのです。「あの男は悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言って、イエスさまを悪霊の仲間扱いしたファリサイ派の人々に対して「なんて馬鹿なことを言う」と反論されてもよい場面でした。でも福音書は、イエスさまはそうなさらなかったと伝えます。
イエスさまは悪をもって悪に報いることをなさいませんでした。そのイエスさまがなさったこと、それが35節から出てくるのです。
今まで通りに、「町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた」ということです。つまり、イエスさまはなすべきことを成し続けておられたのです。

Ⅲ.深く憐れまれる神

それでは、こうした愚かさの中にある人々をイエスさまはどう見ておられたのでしょうか? それが36節にあらわされています。「また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」
「深い憐れみ」をもって見ておられた。「深く憐れまれた」のです。ギリシャ語によると「はらわた」、「内臓」です。その内臓が痛むという言葉です。
私たちも時に激しい同情によって胸が熱くなることがあります。しかし、内臓が痛むほどに同情を寄せることがあるでしょうか? どこかで防衛反応が働き、これ以上、感情移入するとマズイと思い、少し手前のところで、のめり込まないようにセーブするのではないでしょうか。
ところがイエスさまは、ご自分をセーブすることなく行くところまで行きました。つまり深く憐れまれたのです。イエスさまのことを悪霊呼ばわりする人々の無理解、愚かさに囲まれながら、そうした人々を馬鹿にしたり軽蔑したりすることをせず、愚かなことしか言えないような、そうした行動しかとれないような人々の惨めさに、ご自分の肉体や心が切り刻まれるような思いを抱かれたということです。これが、「イエスは、……深く憐れまれた」という言葉の意味なのです。
はらわたがよじれ痛むほどに共感し愛を注ぐ神さまという存在を、当時の人々は知りませんでした。当時の人々は、そうした姿と神を結び付けて考えたこともなかったのです。新約聖書はギリシア語で書かれています。この「深く憐れむ」というギリシア語「スプランクニゾマイ」は、ギリシア語を話すギリシア人たちが、決して自分たちの神を表わす際に使うことがなかった言葉です。何故ならば、心を痛めてしまうような神はもうその時点で「神」とは呼べないからです。
神ならば全てを超越していなければならず、自分に悩みを負わせる者によって自分自身が振り回されてしまっていたら、もうその時点で神としては失格である、と考えていたからです。
ギリシア人のこうした考え方は、私たちにも相通じるところがあるのではないでしょうか。
自分以外の他者の悩みや苦しみが、自分の生活の中に入って来て取り乱すことがないように、私たちはどこかで、全面的に感情移入しないように、自分を抑える傾向があるのではないかと思います。
イエスさまはそうなさいませんでした。イエスさまは、はらわたが痛むほどに憐れみ抜かれたのです。人々の愚かさを御覧になり、ご自分自身の心を痛め、さらに踏みにじられるに任されたということでしょう。ギリシア人からしたら、これは神として失格だったのです。しかし、こういうイエスさまだからこそ、私たちはそのお方の許に畏れなく、助けを求めて、赦しを求めて、恵みや憐れみを求めて、近づくことができるです。
ギリシア人は、そんなに深い憐みの思いを抱いたら、神が神でなくなってしまうと主張します。確かにそうかもしれません。でも、本当の神は私たちの想像を超えるお方だったということを、パウロもフィリピの信徒への手紙2章6~8節で書いています。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず・・・人間と同じ者になられました。」(フィリピ2:6~7)
イエスさまは、深い憐れみに生きられました。神の御子がこの世にお生まれになり、しかも一番汚い飼い葉桶の中に寝かされました。最初の礼拝者はなんと人口調査の対象外の羊飼いたちだったのです。不安にさいなまれたヘロデ王に追われ、エジプトで難民生活を強いられた。シリアの難民と同じ境遇です。
大人になったら大人になったで、人々から苦しめられ続けられた。そして最後、十字架につけられて殺されていく。これほどまでに神らしくない神は一体どこにいるでしょうか?!
十字架に磔(はりつけ)にされたイエスさまを見た人々の中に、こんなことを言う人が居ました。「神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから」と。
考えてみれば、この発言は理屈が通っています。でもイエスさまは、そうなさらなかったのです。そのような意味で神であることにこだわらなかった。むしろ、ご自分を無にして「深い憐れみ」の中、ご自身の肉体が裂かれるほどの愛に生きてくださったのです。
聖書が語るイエス・キリストの神は、そういう愛の神さまなのです。私たちの愚かさやののしりに対し、悪をもって、そうした悪に報いることをなさらず、かえって、深い憐みをもって私たちを愛してくださったのです。
それほどまでに憐れみ深く生きることができるのは、真の神さまを他にしては考えられないのではないでしょうか。私たちは、そのようなお方として、イエスさまを神の子として信じ、崇めるわけです。そしてそうした神さまの御子イエスさまの姿が、今日お読みした、この聖書の箇所にも現れていると思うのです。

Ⅳ.主に願いなさい

こうしてイエスさまは、人の愚かさを深く憐れみ、彼らが飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て憐れんでくださいました。
人間的に見れば悲惨な絶望的な光景です。でもイエスさまは、ここで「収穫が多い」時なのだ、と言ってそこに希望を見ておられるのです。困難が大きい時こそ、これは収穫の前触れなのだと、イエスさまは目に見える状況のさらに向こうを見ておられるということです。
「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」と言われ、12人弟子を選ばれ、働きを託されたのです。
私たちもこのイエスさまに従い、そのお働きの一端を担いながら歩ませていただきたいと願います。お祈りします。

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相続養子縁組

2016年11月13日夕礼拝
和田一郎伝道師
出エジプト記32章13~14節
ガラテヤの信徒への手紙4章1~7節

Ⅰ.後見人の下にいる未成年相続人

前回の3章の終わりのところで、私たちクリスチャンは「アブラハムの子孫であり、約束による相続人です。」(ガラテヤ3:29)と呼ばれています。「相続する」と言うからには相続する遺産とか資産のようなものがあるはずです。ここで言うその遺産とは、創世記でアブラハムに約束された、「あなたの子孫は祝福される」という、神様に祝福された者となる権利です。
しかし4章に入ってパウロは、ユニークな例をあげて、ガラテヤの信者に対して説明します。ここでパウロは、「相続人」というものを人間の世界の中で、人間の世界の遺産相続に照らして考えているのです。もし、自分が成人に達していない未成年であれば、たとえ莫大な遺産相続があっても、受け取ることができません。ローマの社会では、25 歳になってやっと法的な権利が与えられました。日本では20歳未満の人は未成年として、単独で法律行為を行うことができないそうです。ですから、やはり後見人を立てるのです。もし17歳の高校生の親が亡くなって遺産を残したら、その高校生は遺産を相続する権利を持っていますが、未成年なのですぐには自由に受け取れません。後見人を裁判所に決めてもらい、20歳になるまで待たなければ、自分の自由にはならないそうです。
パウロはアブラハムの子孫に与えられる「神の祝福」という財産の相続権は、人間は生まれた時から誰にでもあるのですが、2節の「父親が定めた期日」いわゆる、イエス・キリストを主と信じる時までは、後見人の監督下にあるというのです。後見人とは律法や世の中の権威や風潮です。イエス様を知らなかった時期は、律法やこの世の中の権威や風潮に従っていました。この手紙が書かれた時代、ローマ社会の多神教の神々に従う不信仰者がいました。ユダヤ人は律法に固執して律法という後見人の監督の下にいました。未成年のように管理されていたのです。

Ⅱ.未成年から成人へ

律法というのは、窮屈でユダヤ人の生活を苦しめる一方で、実はとても分かり易いものでもあります。「こういう時は、こう行えば祝福される」と約束されていますから、その戒めを守り行ないさえすればよいのです。3節のところは「この世の幼稚な教えの下に奴隷となる」とも翻訳できる箇所です。律法を字義通りに守る生き方は、幼稚な教えの下の奴隷だというのです。
たとえば、献金のことを考えた時「什一献金は、しなければいけない戒めですか?」という問いかけがあります。収入の十分の一を献金とするという教えは、旧約聖書のレビ記やマラキ書において、神様が十分の一を捧げなさいと命じられている箇所があります(マラキ書3章)。イエス様もこの律法を「ないがしろにしてはいけない」とマタイ 23 章で言われています。しかし、これは旧約時代のものであると決めている人もいるかも知れません。確かに新約聖書では、明確に命令するように「しなさい」とは言っていません。
ところが新約聖書では、そうした規則にするのではなく、神様が惜しみなく捧げる愛があり、その愛の応答として、自分の生活の中で「第一のものを第一に」という信仰が与えられます。ですから、旧約聖書にある「規則だから捧げる」という、未成年の未熟な考えではなく、大人の考えがイエス様の教えにはあります。大切な事は「神様が御子を捧げられた。」という愛への応答です。具体的な指針を示せばよいのかもしれませんが、律法から解放された成人は愛の律法を知っていますから、愛によって神に仕えることができます。
ガラテヤ書に戻りますが、4節で「時が満ちる」のは、神様が御子キリストを、この世に捧げられた時ですが、神様は人間と同じように、女性の人のお腹から、人間と同じように律法の下に置かれた者として、イエス様を送ってくださいました。それは、その時が満ちたからでした。イエス様はどうして2000年前の地中海の東にあるパレスチナ地方に来られたのか?と前回の説教でも話しましたが、人間の罪がもうどうにも、のっぴきならない状態になって、神様は御子を送る事を成されたのが、この時だったのです。
さらに、バビロン捕囚の後、広範囲な地域でユダヤ人が住むようになっていました。ローマ帝国の支配がはじまり「全ての道はローマに通じる」と言われているように、ローマ全体を網羅する整えられた道が造られました。それからギリシア語という、とても精密な言語が共通語として広がっていました。パウロ達がローマにまで広がる福音宣教を実現したのは、ローマ帝国が築いた道を使い、公用語のようになっていたギリシア語をパウロが話し、散らばったユダヤ人のいるシナゴーグを巡る事で、宣教が進んだ、まさしくこの時代であったからこそできたものです。

Ⅲ.相続権のある「養子」という特権

その目的は、5節後半にあるように、「わたしたちを神の子となさるためでした。」でした。私たちが「神の子」という地位を獲得できるように、イエス様は来られたのです。5節の「神の子」という箇所は、英語の聖書で「養子」という単語が使われていました。ギリシア語で[フィオセシア]というパウロが特別に使った言葉です。日本の聖書はこの[フィオセシア]を、昔から「神の子」と訳してきました。
アメリカでは、養子縁組は一般的なことだそうです。子どもが出来ないから養子をもらうという人もいますが、それよりもよくあるのが、ミックスしたパターンで、自分の子どもがいたとしても、さらに養子をもらうそうです。多くの家庭は、親とは違う人種の養子をもらって、子どもたちの肌の色や髪の色がそれぞれ違います。小さい頃から親とは血筋が違うことを明らかにして、養子であることをオープンにして育てるそうです。
養子縁組というのは、養子となる子どもが、将来有望であるとか、かわいいからとか、親が何か得するからという理由で行われるものではなくて、両親の一方的な愛情と意志によって決定されます。養子となる子どもはそれまでおかれていた不安定な状況から、全く新しい、愛情あふれる家族へと一瞬にして、新しく変えられます。
私たちクリスチャンもそうですね。洗礼を受けてまったく変えられます。私たちは罪の奴隷となっていて、神様の目から全く何のとりえもない者ですが、神様の一方的な愛情と恵みによって「養子」とされます。私たちはただイエス・キリストを信じることによって、「子」とされ、全く新しい、永遠の命、復活の希望、神の家族、祝福された人生というアブラハムの遺産相続へと、導かれます。イエス様がこの世に来られた目的は、神様が約束された「相続を受け取れる養子」としての、愛の関係を得させるためです。

Ⅳ.未成年への後戻り

それなのに、ガラテヤ教会の信徒たちが、なぜ以前の状態に戻ってしまったのか、パウロは幼稚な未成年の状態に戻ってしまう愚かさに、8節以降で注意を向けます。
ガラテヤの人たちは、本当の福音を知ることにより、かつての教えを捨て去ったはずです。パウロは注意深く9節で「しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られている」と言っています。そうですね、私たちが自力で神を知ったという事ではなくて、それよりも、神様が私たちを初めから知っておられて、私たちの状態を知って憐れんでくださったのです。
ガラテヤ教会の人々は、10節にあるように、規則正しい信仰生活を守っていたかも知れません。古代世界においては、暦は重要な意味がありました。しかし、イエス様の教えでは主日と言われる日曜日でさえ、礼拝の日として絶対に守らなければならないとは言っていません。聖書のどこを探してみても週の最初の日、日曜日を礼拝の日と規定している教えは見当たりません。イエス様が、日曜日に復活されたことを弟子達が覚えたので、いわば自発的に集まって、礼拝を捧げるようになりました。私たちは神様に養子とされた者として、自ら礼拝を捧げ、聖霊に導かれて自由に生きる。それこそが、律法という後見人から解放された、キリスト者の本来の自由な生き方です。ガラテヤの信徒たちの失敗を繰り返すことなく、自由とされた者にふさわしく、さまざまな束縛、戒め、世間の目から解き放たれて自由になった者として、生きることです。ガラテヤ教会の為に労苦したことが無駄にならないようにパウロは心配していますが、まさしく、私たちもキリストの十字架のみわざ、十字架の死を無駄にしないような生き方を歩みましょう。この一週間も「しなければならない」という律法に縛られず、イエス様が私たちの為に、この世に来られ、苦しみを受けて、十字架に架かり、神様の子どもとして下さり、家族の一員とされた、この愛に自ら応答する歩みでありますように。

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ファミリーチャペル 主日共同の礼拝説教

しつけること

2016年11月13日
ファミリーチャペル 成長感謝礼拝
コロサイの信徒への手紙3章21節
松本雅弘牧師

Ⅰ.イエスは子どもたちを愛された

今日のファミリーチャペルは、成長感謝礼拝という特別な礼拝です。先ほど、子どもたちの成長を感謝し、神さまに、子どもたちの祝福を祈りました。
ある時、子どもたちが、大好きなイエスさまを見つけると、イエスさまめがけて走ってきました。弟子たちは、忙しいイエスさまには、この子どもたちは迷惑な存在だと思って、子どもたちがイエスさまの方に行って、まとわりつくのを阻止しようとしたのです。すると、イエスさまは、そうした弟子たちに対して憤られ、「子どもたちをわたしのところに来させなさい」と言って、走って来る子どもたち1人ひとりを「抱き上げ、手を置いて祝福された」、という出来事が聖書に記されています。
「抱き上げ、手を置いて祝福された」というこの言葉は、みどり幼稚園でも教会でも大切にしている聖書の言葉です。何故か、と言いますと、ここにイエスさまが身をもって教えてくださった、子どもとの接し方、子育ての基本が説かれているからです。
「抱き上げる」とはスキンシップのことですね。子どもたちはスキンシップが大好きです。2つ目の「手を置く」とは、別の言葉で表現したら、「祈る」ということです。そして3つ目は、「祝福する」ということ。これは、教会特有の用語かもしれませんが、意味は、その子の存在を認めて褒めることです。これらをひと言で表現すれば、「イエスは子どもたちを愛された」ということです。
教会や幼稚園のHPにも書かせていただきましたが、聖書のメッセージをひと言で言いあらわすと、「あなたは大切な人です」というメッセージになります。「祝福する」とは、まさにこのメッセージを伝えるということです。
高座教会では昨年の4月から、毎月第2週の9時の礼拝を、「ファミリーチャペル」として守ってきました。ここでは、子育てのこと、家族関係のこと、夫婦のことなどを取り上げながらお話ししています。
今年の4月からは、私たちが人として健やかに成長していく上で、何らかの仕方で満たされる必要のある、7つの基本的要素について学んできました。その7つとは、1)大切な存在であることを知らせること、2)安心感をもたせること、3)受けいれること、4)愛すること、愛されること、5)ほめること、6)しつけること、そして、7)神を教えること、です。
こうした基本的な必要が満たされない時に、私たちの心の内側に不安が募り、その不安を、あまり健全ではない仕方で満たして行こうとする結果、さまざまな問題が生じるということが言われます。今日は、その6回目、「しつけること」について、ご一緒に考えてみたいと思います。

Ⅱ.Kさんのこと

19歳の青年、Kさんのことをご紹介したいと思います。彼は、物凄い不安感に襲われ、助けを求めてカウンセラーのところにやって来ました。何度か面談を受けていく内に、Kさんについて幾つかわかってきたことがありました。
1つは、彼は全く幸せを感じていなかったということ。2つ目に、何度か、頑張って困難に立ち向かおうと努力するのですが、いつも弱気になって逃げ出してしまう傾向があること。
3つ目に未成年であったにもかかわらず、すでにアルコールに頼り始めていたこと。そして4つ目に、現在彼は、全くの行き詰まりを感じていたことです。
カウンセラーは、そうしたKさんの心の中にある叫びに気づいたと言っていました。その叫びとは、「安心感が欲しい/心に平安が欲しい」という魂の叫びでした。
さらに面談を重ねる中、Kさんは少しずつ自分の生い立ち、特に家庭のことを語り始めていきました。
彼は、家の中で両親が仲良くしている姿を一度も見たことがない、と言うのです。顔を合わせると、決まって口論が始まる、常に両親の間に緊張感がありました。
Kさんからすれば、母親も父親も自分にとっては大切な親です。その大切な母親と父親が不仲である。ピリピリしている。家庭の中は本当に居心地が悪かった。子ども心にKさんは、いつか両親は別れてしまうのではないか、と心配でたまらなかったのです。さらに彼の家庭にはもう1つの特徴がありました。それは引っ越しの多い家庭だったということです。仕事の関係で仕方ないと言えばそれまでですが、Kさんの心の中には、〈いつ引っ越すかも分からない〉ということで、落ち着いて友だちを作ることも出来ず、さらに「心のふるさと」と呼べる場所を持つことが出来なかったのです。
面談を重ねる中で、さらに、こんなことも分かってきました。それはKさんの中に、「していいことと、してはいけないこと」の「境界線/バンダリー」が曖昧だったのです。Kさんは「適切なしつけ」を受けずに育ってしまったことがその原因でした。それは、どういうことかと言うと、彼の両親は、自分の機嫌のいい時には何でも大目に見て甘やかせる、しかし、両親が険悪な状態の時には、その怒りの矛先がKさんに向かって来るのでした。

Ⅲ.しつけとは?―「躾け」と「仕付け」

「しつけ」とは結構難しい問題だと思います。「しつけ」という言葉を漢字ではどう書くでしょうか? パソコンで、「しつけ」と打って変換キーを押すと「躾」という字が出てきます。そしてその後に「仕付け」という漢字が出てきました。
「躾」と書くほうは和製漢字だそうです。漢字の作り方を見ても、これは「人からどう見られるか」が問題になる「躾」という字です。
「躾」は、どうしても人からの見た目を大事にします。私たち日本人が考える「しつけ」とはこちらの場合が多いのではないかと思われます。
よく耳にする言葉ですが、「そんなことをしたら、誰々さんに笑われるよ」というのは、正に「身に美しい」と書くしつけ方です。周囲の目をもって行動を抑制するわけです。
聖書が言うところの「しつけ」は、英語で言えば、弟子という言葉から来た「ディスプリン」という意味です。つまり弟子にするという意味の言葉です。
イエスさまの弟子とは、イエスさまに代わって遣わされて行き、その場で、師であるイエスさまに代って働きをした人のことを弟子と呼ぶわけです。
つまり周囲がどうであろうと、「やるべきことをやる」という人に育てることを、聖書は「ディスプリン」、すなわち「しつけ」と言うのです。決して、人の前にどう見られるかではなく、人が見ていても、見ていなくても自らの良心に正しいことをしていくことを目標にすることです。
逆説的に聞こえるかもしれませんが、子どもたちが確かな安全感覚や、また自分が大事に扱われているという実感を持つためには何らかの制約・ルールが必要で、そうしたルールを持たない家庭で育った子どもというのは、概して不安定であることが多いと言われます。
両親がそうしたルールや制約を設けてくれるということは、一見、不自由さや窮屈さを与える印象を持ちます。とくに子どもたちは、友だちの家と自分の家を比べて、親に要求を押し付けてくることがよくあります。しかし他方で、こうした、その家のルールがあることによって、子どもたちは、両親が自分に無関心ではなく、自分のことを真面目に考えてくれているという、そうした点で、「安心感」の意識を与えると言われています。これがしつけられた子の幸せです。

Ⅳ.神さまに愛されているように

ある専門家が「子育ての原則は2つだけ。何が正しいか何が正しくないかを分かるように教えることと、正しくないことをすればきちんとしかること。これだけをきちんとやれば、それでよい。子どもに対する愛情に負けて叱ることを控えるのは、子どもを憎むことだ」と語っていました。
大事なのは正しいことを首尾一貫して分かるように教えること。そのためにその場の親の気分で、ある時は許し、ある時は怒るとか、父親と母親の基準が違うことがないようにすることです。
私たちの日常の生活を見ていくと、クリスチャンであるなしに関係なく、多くの人たちが聖書の言葉を基準にしているという現実があるのではないでしょうか。そして、聖書の中には、正しいこと正しくないことの基準となる言葉があります。そして、その中に聖書の中の聖書と言われる言葉があるのです。それはヨハネによる福音書3章16節です。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」これが全ての基準です。この言葉こそ、子どもたちを、そして私たちを祝福される神さまからのメッセージです。
子どもたちがこのことを実感できるように。そして、そのためには、まず私たち親自身が神さまの愛を知ることができるように。それが全ての始まりとなります。
お祈りします。