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主日共同の礼拝説教

その人は誰ですか?-信仰生活の基本②

2017年1月29日
和田一郎伝道師
詩編100編1~5節
ヨハネによる福音書4章1~26節

Ⅰ.はじめに

今日の聖書個所で井戸があった場所は、サマリアという地域です。登場人物の二人、水を汲みに来たのはサマリア人の女、イエス様はユダヤ人です。同じイスラエルの子孫でしたが、ユダヤ人はサマリア人と大変仲が悪かったのです。その事の発端は、イスラエル王国が南北に分裂したことから争いは始まりましたが、バビロン捕囚から帰ってきたユダヤ人はエルサレムの神殿を再建しようとしました。そこでサマリアの人々も手伝いたいと申し出ました。
しかし、それをユダヤ人が断ったことによって、サマリア人は自分達の山に神殿を独自に作ったのです。同じ神を信仰し、同じ救い主を待ち望んでいたのですが、敵対していたのがユダヤ人とサマリア人だったのです。ちなみに今でもサマリア人という人たちは、千人にも満たないそうですが、その地域に住んでいるそうです。

Ⅱ.水をめぐって

サマリアを避けて遠回りをするのが、当たり前だったにも関わらず、あえてイエス様はサマリアを通るルートで旅をしていました。サマリアのシカルという町の井戸のかたわらで、イエス様は腰を下ろして休憩されました。疲れていたのです。イエス様は完全に神でありながら、完全に人ですから私たちの疲れや痛みも、知識としてではなく、同じ「人」として、共に喜び悲しみ、疲れも知ってくださる方だと知ることができます。
そこに、サマリアの女が水を汲みに井戸に来ました。時間は正午とありますが、こんな暑い時間に水を汲みに来る人はいません。人目を避けて水を汲みに来る事情がありました。イエス様は女に「水を飲ませてください」と頼むのです。すると「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリアの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」と冷たい反応です。

Ⅲ.壁をこわす

当時は公の場で男から女に声をかけることはなかったという当時の常識がありました。また、イエス様が、女に声をかけた時、弟子たちは、食べ物を町に買いに行っていたように、ユダヤ人はサマリア人に、何かを頼んだ時は必ず代価を払いました。世話になりたくなかったのです。「あの人にはお世話になりたくない」という感情の表れです。ですがイエス様は「水を飲ませてください」と、頼み事をしたのです。自ら負い目を負う立場をとられたのです。ここから、人種的にも宗教的にも厚い壁があった、それも900年以上も続いていた、ユダヤとサマリアの隔たりをイエス様は壊していくのです。しかも、上からの支配的な力ではなくて下からの、へりくだる力によって壁を壊していきました。
10節で、イエス様は、あなたが神様の事を本当に分かっていて、さらに今「水をください」と言った人が誰だかわかっていたら、あなたの方から「生きた水」をくださいと言うでしょう。とびっくりするような事を言ったのです。イエス様が言った「生きた水」というのは「霊的な水」で、飲み水のことではないのです。霊的な話しに切り替えているのですが、女の人は分かっていないのです。ですから11節で「あなたに水をくださいと頼んでも、水を汲む物を持っていないでしょ? 先祖のヤコブが遺してくれた井戸の水よりも、もっといい「生きた水」を、あなたがくれるなんて、あなたはそんなに偉い人なんですか? まさかそうじゃないでしょ? というニュアンスです。イエス様が向けた霊的な話しには無関心で、物質的な水にしか興味を持てませんでした。
イエス様は霊的な話しを続けます14節「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」と、イエス様は霊的な水と物質的な水を比較して、「物質的な水はいずれまた渇くが、わたしが与える霊的な水は、渇かない。それどころか永遠の命が得られる」と違いを説きます。
しかし、女は「もう水を汲みに来なくていいようになるなら、そうして欲しい」と、現実的なことにしか、興味を示せません。そこでイエス様は、話しを変えました。「あなたの夫を呼んで来なさい。」と聞くと、「夫はいません」と女の人は答えるのです。するとイエス様は「そのとおりだ、あなたは5人の夫がいましたね」と言うのです。結婚と離婚を繰り返して、しかも今は、夫ではない男と住んでいる。イエス様は初めて会ったのに、ピタリと言い当てたのです。それがこの女の人の現実でした。人目をはばかるように水を汲みに来るような生き方をしていた。霊的な渇きがあったのです。イエス様は私たちの心の底を見ている方ですから、この女が霊的な渇きに目を向けるように、ズバリと言ったのです。女は「あなたは預言者ですね」と、イエス様に対する態度が、少しずつ変わってきています。

Ⅳ.霊的な世界と地上的なものへの依存

サマリアの女は、物質的な水の事ばかりに、目がいっていて、自分の心が、霊的に満たされていない事に気付けませんでした。私たちの生活でも、目には見えない霊的なものに心を向けるよりも、目に見える現実に心を向けてしまうことが多いと思います。高座教会で取り組んでいる「エクササイズ」というプログラムも、霊的なものに心を向けるためのエクササイズというのがテーマです。「睡眠時間を確保する」とか、「瞑想」したり「生活のペースを落とす」といった忙しい生活の中で、できなくなっている事ばかりです。それが私たちの現実です。

Ⅴ.霊なる方と、霊をもって心をむける

しかし、この私たち人間は、霊的な存在として神様に作られました。霊である神様に、似た者として作られた。「霊的な心」というのは、自分の中にあるものを、神という大きな存在に求める思いです。御言葉を聞こうとする、祈ろうとする。それが霊的な心の状態で、そのように人は造られました。
「肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。」(ローマ8章13-14節)
私たちは神の子とされた霊的なものに造られました。ですから20節以降から、イエス様は霊的に造られた私たちの礼拝の在り方を教えているのです。ユダヤ人とサマリア人は別々の山で礼拝していました。しかし、もう場所の問題ではない、どういうやり方で礼拝するかという形式の問題でもないのです。なぜなら24節で「神は霊である」と言います。この一言は、世のすべての目に見える偶像礼拝を否定しています。偶像に依存する先にあるものは霊的な死です。だから、まことの礼拝をするには「聖霊に満たされ」、救い主の贖いによって救われたという「真理」をもって礼拝しなさい。それが今、イエス様が来られたことによって、できるようになったのです。
サマリアの女は、まだ最後の大事なことが分かっていませんでした。それはその礼拝すべき方が誰なのか?ということです。26節で「それは、あなたと話をしている、このわたしである。」と告げられました。24節では「神は霊である」と言いましたが、そして「それはこの私である」と言うのです。この箇所はギリシア語では「エゴーエイミー」といって、直訳すると「私はある」となります。モーセが「神様あなたの名前はなんといいますか?」と聞いた時応えてくださった「わたしはある。わたしはあるという者だ」と、同じ言葉でイエス様は自分がメシアであることを示されました。
私たちは、霊的な心を持たなければ、「わたしはある」という方を、心にお迎えすることはできません。その方は私たちと共にあって、霊と真理をもって礼拝することを待っています。このサマリアの女は、キリストとの出会いによって、人目をはばかるような生き方から、解放されました。人間の知恵で神を知ることはできない。神様との霊的な生活をすることが、人間らしい生き方といえます。

Ⅵ.キリストと呼ばれるメシアが来られた

この出来事が突破口となって、異邦人にも福音は広がっていきました。当時歌われていた讃美歌の歌詞が、聖書のフィリピの信徒への手紙の2章にあります。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」(フィリピ2章6-11節)
これは、まことの礼拝をするべき方がどのような方なのか? 短く、分かりやすい言葉でつづった讃美歌の歌詞です。おそらく手紙の行き届かない地域や、家庭でもこの讃美歌を歌って、礼拝すべき方を心に刻んでいたのではないかと思います。
今日は信仰生活の基本の一つ「礼拝に生きる」ことについて、御言葉から受け取ってきました。十字架で血潮を流された、霊である方を礼拝することを第一とした、生活を求めていきましょう。

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愛こそがすべて

2017年1月22日夕礼拝
和田一郎伝道師
出エジプト記19章3~6節
ガラテヤの信徒への手紙5章1~15節

Ⅰ.信仰の成長のために

クリスチャンとして、霊的に成長するというのは、子どもが成長することとよく似ているのです。江戸時代の躾の在り方に、「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文、十五理で末決まる」というものがあります。この中でも最初の3歳までの「心」がとても大事でしょう。心がしっかりしていないと、その後の成長が難しいわけです。
信仰の成長も似たようなところがあります。この手紙が書かれた頃は、ガラテヤの人々がキリスト者になってまだ2~3年程でした。本当でしたらパウロのような先生がずっと面倒を見られたら良かったのですが、パウロは他の宣教地で働いていました。一見、順調にイエス・キリストを主と信じて、信仰生活を守っているようでしたが、間違った信仰理解をするようになっていたのです。
神様の恵みによる信仰だけで、義とされるという信仰の核心部分が整わないと、その後の成長が難しいのです。信仰によって救われた者は、信仰によって成長します。しかし、律法も必要だと受け入れたら、そのあとの信仰生活でも、ずっと律法を守っていく必要が出て来てしまう。イエス様が十字架で成し遂げられた救いの真理は、そんなものではないのです。十字架の贖いによって、それらの律法を守らなければならないという呪縛から自由にされたというのに、なぜ以前の奴隷のような状態にもどろうとしているのか。5章1節で「しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません。」と、パウロは言うのです。

Ⅱ.「自由」の身にされた

パウロは今日の聖書個所の1節で、「イエス様は自由を得させて下さったのだから…」と「自由」について切り出します。一般的な自由という意味とは少し違って、パウロはイエス様の贖いによる関係で、自由という言葉を使っています。それは罪と律法からの解放であり、死からの自由を表しています。人間が罪から逃れられない奴隷として生き、アダムの罪ゆえに死が私たちの中に入りました。この罪をキリストが十字架にかかり死なれた事で、負債が清算され、永遠の命が与えられました。従って、自由というのはキリストの救いによって成立し、キリストの愛ゆえの自由です。ですからこの自由は、神様から離れて何所へでも行ける自由などではなくて、イエス様が愛されたように、愛を持って互いに支えるという重荷を負い合うことへの自由です。
罪から自由になるためには、キリストの愛によってでしかなく、この自由にあずかるのはキリストへの信仰のみです。キリストへの信仰だけが、「罪」からも「律法」からも「死」からさえも自由になれるのです。この正しい信仰をもって成長していって欲しい。それがパウロの願いでした。
2節、この信仰に律法を付け加えるようなら、その後の信仰の成長が鈍くなる、といったものじゃない。成長が鈍るどころか、まったくキリストとは関係のない人になってしまう。4節で「縁もゆかりもない者」だとしています。キリストと関係のない信仰者であれば、以前のユダヤ教徒と同じで、613個もあった律法を行わなければならないのです。それを守り通せる人は誰もいないわけですから、成長どころか、一生罪の奴隷のままになってしまうのです。
パウロは5節で「わたしたちは、義とされた者の希望が実現することを、“霊”により、信仰に基づいて切に待ち望んでいるのです。」というのです。本当ならば、キリストを主と信じる者は、「義とされたことを喜んでいます」といってもよさそうなところです。しかし、パウロはここではそうはいっていない。義とされるということを何か既得権があるかのようには言わないのです。「義とされることを…待ち望んでいる」というのです。
救いという神の恵みを、自分のポケットに抱え込んでしまわないのです。上から与えられる、待ち望むという姿勢を崩しません。しかもパウロは「霊により」と、自分の力とか、自分の信仰の確信とか、そんなものではなくて、「霊により」つまり「神の力に支えられて」ということです。それが「信仰に基づいて切に待ち望む」という言葉につながっていくのです。もし律法によるのなら、「自分で行う」ことに主眼がいきます。しかし待ち望むという、ここにも律法主義的な救いとの違いが示されています。
6節「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではない」といいます。確かにパウロは「割礼」そのものを論じているのでもありません。パウロがテモテを伝道旅行に連れて行くに時にも、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けました。救いの条件として割礼を否定していましたが、ユダヤ人の習慣としか認識しなければ、パウロが「福音のためなら、わたしはどんなことでもする」と、その自由さ、柔軟さの中で、テモテに割礼を授けていました。

Ⅲ.愛によって全うされる

6節で「愛の実践を伴う信仰」と、訳しておりますが、口語訳では「尊いのは、愛によって働く信仰」となっています。愛の実践がないと、信仰がないように誤解してしまいがちですが、そうではありません。信仰は愛を生み出すものです。というのは、信仰は何よりも自分という自我から解放されることだからです。
7節以降から、「いったいだれが邪魔をして真理に従わないようにさせたのですか」と、ガラテヤの信徒たちを惑わすユダヤ人を真っ向から非難しだすのです。しかも12節では「あなたがたをかき乱す者たちは、いっそのこと自ら去勢してしまえばよい。」とまで激しく言い放ちます。その前の11節のところで、パウロは「兄弟たち、このわたしが、今なお割礼を宣べ伝えているとするならば、今なお迫害を受けているのは、なぜですか。」というのです。パウロは、自分の先輩ともいうべきエルサレム教会に対して、割礼は必要ない、大切なのはただ神の恵みだけを信じる信仰だと言ってきた事で、迫害を受けてきたのです。そして「十字架はつまずきだ」とパウロはいうのです。福音を信じるということは、十字架を信じるということです。しかし、その十字架を信じるということは、そうやすやすと信じられるものではないでしょう。それは神の子であるキリストが、無力にも十字架で人の手によって殺されてしまうかのようです。神の子がそんな屈辱にあって、それが救いに導くことになるなんて、これは人の知恵からすると愚かに見えるわけです。しかし神様はこの世の、人間の高ぶった知恵を、愚かにさせるためにそうなさったのです。この世は、人間の知恵で神を知ることはできないからです。

Ⅳ.愛によって全うされる

パウロは13節から、愛がすべてを包摂していると、まとめています。パウロは、先ほどの割礼そのものを否定したのではないと言いましたが、同じように、律法についても、救いの手段としては否定してきましたが、律法を大切にすることを否定したわけではありませんでした。14節「律法全体は、『隣人を自分のように愛しなさい』という一句によって全うされる」と、イエス様の十字架の愛というものが、律法すべてを満たしていると言っています。「隣人を自分のように愛しなさい」というのはレビ記19章の偉大なる言葉です。

Ⅴ.善いサマリア人の愛

イエス様もこの言葉を重視しました。「善いサマリア人」の話しの前に、律法学者が、「どうすれば永遠の命がもらえるか」と質問した時に、「隣人を自分のように愛しなさい」という律法に書かれている言葉のとおり「あなたもそのようにしなさい」と言われました。しかし律法学者はさらに質問したのです。「では私の隣人はだれですか?」と聞いたのです。「わたしの隣人は誰か?」その相手は誰か?と質問したのです。「隣人を愛せよ」とは、「隣人」という特定の人物がいるのではないですね。私の助けを必要としている人、私の助けを待っている人がいたならば、その人が「私の隣人」であって、相手がどんな人でも隣人です。「隣人を愛しなさい」という戒めは、「私の助けを必要としている人がいるならば、誰であっても隣人になる愛を持っているかどうか」、それを律法学者、そして私たちに問いかけてくるのです。「隣人は誰か?」ではなく、私が「隣人」になるのです。親切なサマリア人は、強盗に襲われて重傷を負ったユダヤ人を助けて介抱して「隣人」となりました。見て見ぬ振りをした祭司やレビ人ではなく、よりによって嫌われていたサマリア人が、その人の「隣人」になりました。モーセの十戒をはじめとする、613個もあるという律法は、「隣人を愛する」、その「隣人になる」ことで、すべて全うされるのです。イエス・キリストの十字架によって、全うされたのです。この隣人愛の律法が、キリストによって贖われた、私たちキリスト者が従うべきことです。自らを愛するように隣人を愛する時、キリストの愛を知っている私たちは、神様にも人にも、喜ばれる歩みを地上で実践することになるのです。

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信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら

2017年1月22日
創立70周年記念礼拝
松本雅弘牧師
申命記8章2~6節
ヘブライ人への手紙11章39節~12章2節

Ⅰ.はじめに

高座教会は1947年1月19日に最初の礼拝が行われました。丸70年が経過し、その間、多くの神の民が起こされ、今も祝福された群れとして歩むことが出来ます幸いを感謝いたします。

Ⅱ.高座教会の歴史

30周年記念誌『ただキリストの導きの中で』に、高座教会誕生の経緯に関わる次のような記述があります。
「思えば30年前、太平洋戦争によって国土は荒廃、絶望と空白、食糧・物資難にあえぎ、虚脱状態の昭和21年夏の頃、厚木基地進駐軍のチャプレン・ストレート師から鷲沢与四二氏へ、この小さな英文聖書が手渡された。マッカーサー司令官が、占領軍として初めて日本国土を踏んだのが、厚木基地を持つこの土地であった。その頃林間は文字通り防風林として植樹された松林で、農家の牛車が往来し、疎開者が林を開墾、芋づくりに励んでいた。アメリカ人は、じゃが芋が好物だから強奪されないよう隠匿する必要がある。など、まことしやかに伝えられていた時代でもあった。ところが、ある日、一台のジープが訪ねて来て、じゃが芋は徴集されなかったが鈴木次男氏が連れて行かれた。それは基地の教会にオルガニストを探していた進駐軍が、戦争中も宗教音楽の研究を続けていた鈴木氏のことを、彼のラテン語とグレゴリオ聖歌の先生から聞きつけてクリスマス聖歌の指揮依頼に来たためである。軍隊合同のクリスマスはカトリック主催で、プロテスタント、ユダヤ教も加わっての礼拝であった。この時、ストレート師を知ったのであるが、ストレート師は『林間』という地名を『リンカーン』と結び付けて大変気に入り、この地に福音を伝えたいと願っていることを鈴木氏に話された。鈴木氏はそれを親戚関係にあった鷲沢氏に話し、ストレート師を紹介したのが一冊の英文聖書との出会いとなり、高座教会誕生の基となったのである。・・・・」
さらに記念誌には、70年前の最初の礼拝の様子が次のように伝えられています。「・・賑やかなクリスマスを契機として、翌年昭和22年1月19日、爾見氏アトリエを会場として、最初の聖日の公同礼拝が持たれたのである。参加者は、前記のように個性豊かな人達であったから、礼拝前後の雑談騒々しく炭を持ち寄って大火鉢を囲み、煙草を喫うために、煙出しをしてから礼拝を始める仕末であった。終わると、牧師説教に対する批評まで飛び出すと云う型破りの礼拝も、やはり語り草として残っている。」
「高座教会」という名称の由来は、鷲沢さんを中心とした6名のメンバーたちが、この地域の名称「高座」という名前に心ひかれ、「高座」とは「神が高く座していただくこと」に適当ということ、また、「教会は地域の人々の心の拠り所でなければならない」という願いから、「高座コミュニティ教会」という名前に決まり、日本基督教団の1つの教会としてスタートをしたということです。そして3年後の1950年にカンバーランド長老教会に加入していくことになります。

Ⅲ.「危機なくば、栄光なし」

ところで、先週、全日本卓球大会がありました。その大会に伊藤美誠選手が出場していました。昨年彼女はライバル平野選手に簡単に負けてしまったそうです。伊藤選手の卓球は「省エネ卓球」ということで、あまり動かないで卓球をするスタイルだそうですが、それまで通用してきたそのスタイルが平野選手に通じなかったのです。
試合が終わった後、伊藤選手のお母さんが、「変わるチャンスよ!」と言ったそうです。今まで自分のスタイルで戦ってきた、それが持ち味で、通用してきた。でも、通用しない相手が現れた。だから、この負けは変わるきっかけとなる。変わるチャンスなんだ、というのです。
その言葉に励まされて伊藤選手は体幹トレーニングを始め、そして「省エネ卓球」の殻を破り、動く卓球へと脱皮しようとしていたというのです。
その話を妻から聞いて、伊藤選手のお母さまは「凄い母親」だと思いました。問題にぶつかった時に、その出来事を「変わるチャンスよ」と娘にアドバイスした。そのように受けとめたということです。
私は、その言葉を聞きながら思い出したことがあります。今日、生島陸伸先生ご夫妻がおいでくださっていますが、ご夫妻と親交の深かったハンス・ビルキというスイスのキリスト教指導者の「危機なくば、栄光なし」という言葉です。現在、「70周年の記念誌」の編集委員会が開かれて、今までの資料を確認しながら、高座教会の歴史を振り返っていますが、70年の間には幾つもの困難な時期、危機と呼ばれるようなこともあったと思います。しかし、そのつど、神さまの支えと導きの中で、今日、ここまで守られたことを覚えます。そして、そうした出来事を通して、神さまが栄光を現してくださったように思うのです。

Ⅳ.信仰の創始者であり完成者であるイエスを見つめながら

私は高座教会の歴史を振り返る時、いつものように心に思い浮かぶ御言葉があります。それが今日お読みしましたヘブライ人への手紙の御言葉です。ここから3つのことをお話したいと思います。
まず第1に、ここで著者は「自分に定められている競走」という表現を使いながら、私たち一人ひとり、また一つひとつの教会それぞれに、神さまによって定められ、備えられた競走、歩むべき歩みがあると教えています。
11章1から3節で「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。昔の人たちは、この信仰のゆえに神に認められました。信仰によって、」と記しながら、アベルから始め、エノク、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセと次々に信仰の先輩たちの歩みを綴っています。リレーのようです。あるいは駅伝に例えてもよいかもしれません。
何千年も続く信仰者の歩み、神の民の歴史を刻む歩み、そして教会史の1頁1頁を綴る多くの先輩たちの信仰の歩みがありました。
そして今、この日本、そして大和市とその周辺を視野に入れたこの地域に集められ、福音のバトンを持って走るようにと、神さまが召してくださっているのは私たちだということです。過去には偉大な聖徒がいたことでしょう。そして、高座教会には多くの信仰の勇者がおられました。しかし、そうした方たちは、それぞれに神さまが託した、「定められた競走」を走り終えて、天に召されました。ですから、過去に、いかに立派な方たちがおられたとしても、今、この時代、高座教会という兄弟姉妹と共に、毎週礼拝を捧げながら、福音のバトンを持って走るように定められているのは私たちである、ということです。
これは、とても重い責任であると共に、とても尊く、光栄な務めのように思います。ですから、どうでしょう。私たちの走りを抜きにして、先に天に召された方たちは完成しないわけですから、彼らは、固唾を飲んで私たちの走りを見守り、応援してくださっているのだということです。つまり、「歴史に見られている」という意識です。2つ目のこととして、教会の歴史、いや、この神の歴史の1頁を綴りながら、私たちは今の日々を過ごしているというわけです。そのように、私たちはいつか天に召されるわけですから、今、この時から、天につながる歩みをしようではないか、とヘブライ人への手紙の著者は私たちを励ますのです。それが12章1節に出て来る、「すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて」という意味です。
そして第3に、12章2節を見ていただきたいのですが、「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら」とあります。ここで著者はイエスさまのことを「信仰の創始者また完成者」と表現しています。つまり、イエスさまの名において始めてくださったことは、イエスさまの名において、必ず完成してくださる。このお方がイエス・キリストご自身なのだと、教えているのです。
主イエスは、「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネ16:33)と言われるお方です。
「わたしは既に世に勝っている」という言葉の意味は、オセロゲームを想像していただきたいのですが、キリストの十字架と復活において、その4隅にキリストの石が置かれているような状態です。
そうした上で、私たちの信仰の競走や戦いがあるのです。確かに序盤、中盤、ある時は損をし、負けが続くような状況があります。しかし、最終盤、すなわち再臨の日に、キリストが再び来られ、最後の石が置かれる時、一瞬の内にすべての石の色がキリストの恵みの色にひっくり返って行くのです。
そのような戦い、そのような歩みこそ、信仰の創始者であり完成者であるイエスを見つめて歩む私たちの歩みです。
確かに私たちの走りは、私たちに責任がある走りです。しかし同時に、最終的にイエスさまが責任を取り、イエスさまが完成してくださる歩みでもあるのです。
私たちは、この信仰の創始者であり完成者であるイエスを見つめつつ、主が再び来られる時まで、新たな70年に向け、自分たちに定められている競走を忍耐強く、共に走っていきたいと願います。お祈りします。

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十字架のキリストを仰ぎ見る ―信仰生活の基本①

2017年1月15日
松本雅弘牧師
イザヤ書53章1~5節
フィリピの信徒への手紙2章5~8節

Ⅰ.「キリストを知りキリストを伝える」-信仰生活の5つの基本①

今日の聖書箇所(フィリピ2:5~8)にはイエス・キリストとはどういうお方で、何をしてくださったのか。そして、それは何故必要だったのかが簡潔に述べられています。

Ⅱ.なぜ、神が人間とならねばならなかったのか

私たちには、イエスさまのご生涯を知るために4つの福音書が与えられています。その4つの福音書が伝えようとしているポイントを、今日与えられた短い聖書箇所が鋭く突いているのです。
それは、「なぜ、神が人間とならねばならなかったのか」という、私たち人間の側の問いに対する神さまの側からの答えです。言い換えれば、これはクリスマスの意味です。
ある牧師は「飼い葉桶と十字架は、最初から一つだった」と語ります。つまり「なぜ神が人間とならねばならなかったのか」という問いは、「なぜ神が十字架で死ななければならなかったのか」という問いへと深められていくのです。
アドベントの季節に、私たちは受難節の時に使う紫の布を講壇に掛けて礼拝をしました。歴史の教会はその紫を「罪の悔い改めと罪に対する悲しみを現す色」として理解しています。
普通、家庭に赤ちゃんが誕生することは喜ばしいことです。赤ちゃんは生きるために生まれてくるのです。ところが、聖書は、キリストは十字架にかかるために生まれてくださったと教えるのです。
パウロは今日の個所で、キリストは「神の身分」であったが「僕の身分」となられたと語ります。この生き方は、私たち人間とは全く逆方向の歩みです。私たちは色々な機会を狙っては、何とか「自分の身分」を高めようとするでしょう。しかしイエスさまは神であること自体を放棄し、「ご自分を無に」されたのです。しかもあの不名誉な十字架と言う磔刑によって死なれました。言い換えれば「罪人」として生涯を終わったというのです。
今日は、このことから3つのことをお話したいと思います。

Ⅲ.十字架の意味・十字架の力・十字架の結果

まず第1の点は「十字架が起こった理由」です。「なぜ神が十字架で処刑されなければならなかったのか」それは、「私たちの罪がキリストを十字架につけた」ということです。
以前、高座教会に講演に来られたS先生は、イエスさまが十字架におかかりになった時に、その十字架の下にいた人々について、深く心に残るお話を語ってくださいました。
S先生は、ご自分が関係している障害者通所施設の職員が、通所してくる利用者に対して優しく出来ないという現実を証しされ、そして、それだけではなく、スタッフ同士の間でも、いつの間にか上下の関係ができてしまう、そのようなことをお話くださいました。そしてその理由は、職員も利用者もスタッフも、実は、皆それぞれに傷を負って生きているからだとも言われました。
だから優しくなれず、人を傷つけてしまう。そうした現状を前にして、S先生は〈どうしたらいいのだろう〉と考えたのです。そしてその時、十字架の下にいた多くの人たちのことを思い起こされたそうなのです。
ピラトによってイエスさまの死刑が確定したとき、兵士たちはイエスさまを傷つけました。唾を吐きかけ、そして、「ユダヤ人の王」と言って侮辱しました。イエスさまが、彼らに何かをしたわけではありません。兵士たちは、ただ仕事として鞭打ちながら、彼らの心の奥底に潜めていた怒りを爆発させたのです。その怒りがどこから来たかと言えば、上役によって蔑まれながら仕事をしなければならない「兵士という仕事」、時には上の者から唾を吐きかけられ、一方的に罵声を浴びせられ、また、殴られたり、本当に悔しい思いをした記憶が彼らの心の奥深いところにありました。
いつもはその怒りを押し隠しながら仕事をしていました。ところが、イエスという名の死刑囚を、「仕事として」鞭打ち始めた時、いつしか、押し隠していた怒りの感情が、また本来自分を足蹴にしてきた上役や周りの人たちに向けられるはずだった怒りが、無抵抗なイエスに向かって集中したのではないだろうかと、S先生は考えたというのです。
十字架の場面には、宗教家たちも、そして一緒に磔にされた死刑囚もいました。皆、無抵抗なイエスという名の男に罵声を浴びせ、侮辱し、傷つけていったのです。
なぜなのだろうか? ここにいた誰もが、心深く傷ついていたからなのではないか……。やり場のない怒りを、その時、一番弱い立場におかれていた「無抵抗なイエスという名の男」に集中していったのではないだろうか。彼らは、怒りの矛先を、見当違いのイエスに向けていったのです。
聖書によれば、イエスさまは彼らの傷、心の痛み、怒りをご存知でした。ですから、十字架の上で「父よ! 彼らをお赦しください。自分が何をしているのか分からないでいるのです!」と執り成されました。イエスさまは、十字架の周りにいた人々のことを、「自分が何をしているのか知らない」(ルカ  23:34)人々と見ておられたのです。
そしてどうでしょう。こうした彼らの姿は正に、私の姿、私たち自身の姿と重なるのではないでしょうか。つまり聖書は、彼らだけではない、私たちが、イエス・キリストを十字架につけたのだということを、伝えようとしています。
キリストの十字架は、そうした私の心の渇きを癒し、心の痛みを癒す、私たちのためのものだったのです。ですから「キリストを知る」ことは、言い方を換えれば、「キリストの十字架の恵みを味わい知る」ということなのです。これが第1のポイントです。
「キリストを知る」ことの第2のことは「十字架には力がある」ということです。その「力」とは何でしょう? それは、「神さまの愛の力」です。
聖書は十字架の出来事の直前に、弟子たちが何をしていたかを記録として残しています。その1つに、ゼベダイの子ヤコブとヨハネが、仲間の使徒たちを出し抜いて自分たちの出世を願ったことが出てきます。その事実を知った他の弟子たちは腹を立てました。彼らも同じ事を考えていたからでしょう。
しかしこの後、十字架の愛に触れ、復活の希望をいただき、ペンテコステの日に、聖霊の命をいただいた直後から、彼らは変えられていきました。
この時のヤコブとヨハネだけを見ても、素晴らしい変化です。ヤコブは使徒の中で最初の殉教者となり、キリストの僕であることを証ししました。ヨハネは晩年、島流しになり、やはり殉教の死を遂げます。そしてヨハネが生前残した手紙を見ますと、その中で、彼は「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました」(ヨハネの手紙一3:16)と証ししています。
仲間を押しのけ、自分が良い地位を確保しようとする欲深いヤコブをつくり変え、また、雷の子と異名をとった血の気の多いヨハネを愛の人に変えた神さまです。ですから、この私たちをも、造り変えてくださるのです。
なぜでしょう? それはキリストを知ったからです。十字架の愛の力によるのです。この愛に触れた時、心の底から喜びと力が湧いてくる。私たちの堅い心が砕かれ、溶かされていきます。そして、この愛に応えていきたいと願う者へ、不思議と変えられていくのです。ある時、イエスさまは、「多く赦された者は多く愛するようになる」と語られました。これが第3のポイント、「十字架の結果」そのものです。
ドイツ人牧師シュラッターが、今日の聖書個所を、「主が僕になられたのは、人間が神の僕だからだ」と解説していました。私たち1人ひとりが、自分の賜物を用いて神さまと隣人とに仕える者となるために、主が僕の身分になられたのです。
神さまとの縦の関係においては、神さまを礼拝することを通して、私たちは神に仕える者として生きます。そして、横との関係において、伝道と愛の奉仕を通して隣人に仕えていくのです。そのことを自ら身をもって示してくださったのが、私たちの先頭を歩まれるイエス・キリスト、そのお方でした。
ですから、このことを深く心にとめるようにと、パウロは「互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです」(5節)と語っているのです。

Ⅳ.キリストに愛されていることを深く知る

以上が今日の個所です。私たちの喜びの源はイエス・キリストに愛されていることです。しかも、十字架に命を捨てるほどに愛してくださっているのです。そして、その愛は赦しの愛です。
この愛を、私が必要としているだけではなく、愛する私たちの家族も、職場の同僚も、学校の友も、私と同じように「キリストに愛されていることを知る」必要があるのです。
この1年、まず私たちが主の愛に深く留まること、そして、この愛を他の人々に証しする者へと導いていただきたいと願います。
私たちの信仰生活のすべては、キリストを知るところから始まるからです。お祈りします。

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主日共同の礼拝説教

天のエルサレム

2017年1月8日夕礼拝
和田一郎伝道師
創世記21章1~13節
ガラテヤの信徒への手紙4章21~31節

Ⅰ.パウロの主張「祝福の相続人は誰か?」と「本当の自由とは?」

パウロはガラテヤ書の3章から、二つのテーマを念頭において、この手紙を書いてきました。一つは、信仰の父アブラハムに神様から与えられた祝福を受け継ぐのは誰なのか? もう一つのテーマが「自由」です。パウロは律法に縛られた生き方を奴隷の状態だとしました。一方でキリストを信じる者は、その律法に縛られた奴隷状態から自由です。奴隷なのか自由人なのかの違いが、この手紙を書いているパウロの念頭にずっとありました。

Ⅱ.サラと女奴隷ハガイ(創世記16、18、21章)

アブラハムにはサラという妻がいましたが、子どもはいませんでした。妻サラは夫アブラハムに自分が不妊の女であることから、自分の女奴隷ハガルの子を産んでくださいと申しでたので、アブラハムはそれに従ってハガルは妊娠しました。ハガルは奴隷の女でしたが妊娠すると、主人であるサラを見下すようになりました。アブラハムは、サラとハガルのことで心を悩ますことになります。そうして生まれた女奴隷ハガルの子どもはイシュマエルと名づけられました。しかし、90歳という高齢になった妻サラに男の子どもが生まれるという、神の約束が与えられます。そうしてその約束通り生まれたのがイサクという男の子でした。成長して、先に生まれた異母兄弟の兄イシュマエルは、弟イサクのことを「からかった」と、創世記21章にあります。それを見たサラは「あの女奴隷と息子を追い出してください。私の子イサクと同じ跡継ぎになるべきではありません」と、訴えたので、アブラハムは悩んだ末にイシュマエルとハガルの親子を、荒れ野にパンと水を持たせて送り出します。これが創世記に記されたサラとハガイの出来事です。
この二人の女性を念頭に置きながら、今日の新約聖書個所を見ていきたいと思います。
23節「女奴隷の子は肉によって生まれた」とあります。女奴隷ハガルの息子イシュマエルはアブラハムの子ではあるが、それはただ血のつながりにおいての親子に過ぎない、しかしサライの生んだイサクは、「約束」によって生まれました。それは神様が、不妊だった90歳のサライに「男の子が生れますよ」と、約束をもって生まれた子どもでした。ここでいう自由というのは冒頭でも話しましたが、パウロがこの手紙を書きながら念頭にあった、律法から自由となったキリスト者の源流がサライにある事を意味しています。24~25節にあるように、二人の女性には二つの契約を表す意味があるのだとパウロは説明しています。アブラハム契約と、モーセが十戒という律法を授かったシナイ契約の二つです。最初に神様が人と交わされた契約はアブラハム契約で、これはサライを象徴している。あとになってシナイ山で交わされシナイ契約はハガルを象徴していて、今のエルサレムに当たるのだとパウロは説明しています。当時のエルサレムは律法の中心です。パウロは律法主義の象徴として当時のエルサレムの町と、女奴隷ハガルを同じだとしています。また、26節にある「天のエルサレム」と、比較する意味での「今のエルサレム」を、律法主義の奴隷状態だ、と譬えています。「天のエルサレム」は、黙示録21、22章に書かれている、キリスト者が生きている者も死んだ者も、最終的にたどり着く所、「新しいエルサレム」と記されています。パウロが「天のエルサレム」というのは、それが今も天に用意されているという考えから来ていて、キリスト者が最終的に住む安住の地が、27節のイザヤ書の引用で、バビロン捕囚で荒れ果てたエルサレムが、以前にも増して祝福される預言の通り、「天のエルサレム」が私たちに用意されているのです。
28節ガラテヤの人たちをイサクと同じ「約束の子」と言っていますが、パウロはこの手紙の中で、アブラハムの祝福の「相続人」とか、相続権がある「養子」などと、さまざまな表現を使って説明してきましたが、ここでは「約束の子」と表現しています。
けれども29節「あのとき、肉によって生まれた者が、“霊”によって生まれた者を迫害したように、今も同じようなことが行われています。」の「あのとき」とは、創世記21章でイシュマエルがイサクを「からかっていた」時と同じように、パウロの時代もキリスト者に対する「あざ笑う」態度や迫害に及んだ状況が、同じような事が行われていることを指しているのです。
しかし、30節は、「女奴隷とその子を追い出せ。女奴隷から生まれた子は、断じて自由な身の女から生まれた子と一緒に相続人になってはならない」と、これはサラが言った通りの言葉です。ここの「一緒に相続人になってはならない」というのが、今日の聖書個所でパウロの言いたかったポイントです。
ガラテヤにやって来た、ユダヤ人主義者のいうようなイエス・キリストへの信仰と律法主義を混ぜ合わせた信仰などはない。福音はキリストを信じる信仰だけであって、それに足しても引いてもいけない。彼らの教えと一緒に相続することはできない。というのがパウロの主張です。

Ⅲ.弱さを誇る

27節でも触れましたが、神様は一見して大きかったり、強かったり優位にあるものではなくて、その後ろにある小さな者を用いる方だと、あらためて思わされました。不妊の女サライも自分には子どもがいない事で、ハガルに対して負い目があったと思います。
神様が選んだ王様ダビデも、兄弟の末っ子で、最初は親に呼ばれもしなかった隠れた存在でした。イエス様が選んだ弟子達も、優秀な権力者ではなくて、田舎に住む漁師や罪人と呼ばれる人たちでした。神様はユダヤ人という、本当に小さな民族を用いました。
パウロが活躍していた時代のクリスチャンは、異邦人が、ユダヤ人の数を遥かに超えていたと言われています。数千年にわたって救いの恵みは自分達ユダヤ人だけに与えられていると思っていたことが、ペンテコステの出来事で教会ができてから、まだ数十年しか経っていない地中海周辺諸国で、異邦人の信仰者の方が上回っていたのです。自分達が中心だと思っていた福音が、律法に固執しているうちに、いつの間にか軸が変わっていきます。まさしく、後から来た者が先にされる。先の者が後にされていたのです。
このように、その時は小さくて、不幸に感じて、マイノリティに属す者でも、神に対して誠実な者を引き上げられます。パウロは第二コリントでこのように言っています。「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。』(コリント二12:9)

Ⅳ.イシュマエル

サラから嫌われたハガルとイシュマエルの親子は、荒れ野に出てアブラハム、イサクの子孫とは別の道を歩みます。しかし、創世記でアブラハム一族から追い出されるイシュマエル親子を見ると、私はとても哀れに見えます。背中に背負われるほど小さかったイシュマエルを見ながら母親のハガルが「わたしの子どもが死ぬのを見るのは忍びない」と途方に暮れて泣いている様子は心を痛めます。しかし天の御使いが「ハガルよ恐れることはない。私はあの子を大きな国民とする」と約束して水を飲ませ、生き延びます。
イシュマエルはその後、エジプト人の女性と結婚し、12人の子どもを生み、多くの氏族を生み出します。彼はどんな生涯を送ったのでしょうか?
英語の辞書で「イシュマエル」と引くと、聖書の人物の他に、「追放人、憎まれ者、宿無し、社会の敵」と出ていました。ですから欧米では嫌われ者の代名詞のように扱われているのかと思います。
アメリカの文学小説で「白鯨」という小説がありますが、その書き出しはアメリカ文学史で、最も有名な書き出しだそうです。書き出しでは「私をイシュメールと呼んでもらいたい」と言ってはじまります。これだけで、この人物がどんな人なのだろうと、想像力を掻き立てる書き出しになっているのです。旧約聖書の時代、「イシュマエル人」と呼ばれた彼らは、放浪の生活を好み、後に「アラブ人」と呼ばれて、今に至るまでユダヤ人と対立していきます。ちなみに、後のイスラム教の教祖ムハンマドは、自分がイシュマエル人でアブラハムの子孫であると主張しました。

Ⅴ.天のエルサレム

パウロは26節で「天のエルサレム」と言って、ヨハネの黙示録の最後で、私たちキリスト者が行きつく先について触れています。そこは本当の自由がある場所で、今の天と地は過ぎ去って、新しい天と地が天から降りて来るとされています。キリストを信じる者が、今生きている者も、すでに死んだ者も、その天のエルサレムでは、「神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」(黙示録21:3-4)
パウロは旧約聖書を振り返って、真の福音を説いていますが、この福音は未来に向けた希望があります。この希望の源は、イエス様の苦難と十字架の上に立っています。2千年も前に私たちの罪の為に死んでくださった。今、この救いの恵みに感謝して、そして、「天のエルサレム」に向かう道のりを、希望をもって歩みたいと思います。