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主日共同の礼拝説教 歓迎礼拝

パンを渡された二人

2018年4月29日
春の歓迎礼拝
和田一郎副牧師
ルカによる福音書24章13~35節

Ⅰ.復活の後で

今日の聖書の話しは、横にイエス様がいるのに「えっあなた、イエス様だったのですか?」と、気づかなかった人の話しです。それは、イエス様の十字架の出来事から3日後の日曜日の事でした。イエス様が十字架で死なれたあと、弟子達は落胆していました。3年ものあいだ、寝食を共にしていて、自分たちの国を解放してくれると期待していたイエス・キリストは十字架に架けられて死んでしまったのです。愛するものを失った時、私達はロス状態になるのです。この時の弟子達は「イエス様ロス」の状態で、茫然と過ごしていたのです。ところが3日目の日曜日の朝から慌ただしい事がおきました。イエス様が埋葬されている墓に行った女性達は、墓が空になっているのを見ました。そこに天使が現れてイエス様はよみがえられた、と言われるのを聞いてびっくりしました。さっそく帰ってこの事を弟子達に報告したのですが、誰も信じてくれませんでした。ペトロとヨハネは気になって墓に行って、やはりそこに遺体が無いのを見て驚いて戻ってきました。さらに、マグラダのマリアは「私はイエス様と話しをしました」と言い出します。それでは、そのよみがえったイエス様はどこにいるんだ?というと、誰も分からないのです。このように、情報が錯そうしていた日曜日の朝、弟子達の間では大騒ぎになっていました。
ですがよくよく考えてみると、イエス様は死なれる前にこんなことを言ってたのです。「彼らは私を、鞭打ってから殺す。そして、私は三日目に復活する」と復活の予告を弟子達にしていたのです。ルカ福音書では2回、マタイ福音書では5回、マルコ福音書では5回も「わたしは復活しますよ」と弟子達に預言していたのです。ですから、十字架で死んだ後、それを信じて三日後に復活するのを待っている弟子がいてもいいようなものですが、だれ一人として三日目の日曜日に、復活するのを待っている人はいませんでした。しかし私たちも、大事な人が死んだのだけど、三日たったら「生き返ったよ!良かったね」と聞かされたら喜ぶでしょうか?まず信じないのが普通だと思います。どちらかと言うと、生き返ったら気持ち悪いから、復活まではしなくていいと思います。それは彼らも同じ感覚だったのです。普通に死んだ人が復活するはずがないと思っていたのです。「聖書に書かれている2千年前の昔の人は信心深かったのかな」などと思うかも知れませんが、そんなことはないのです。確かにイエス様は弟子達に、「私は復活する」と言っていましたが、彼らはその辺は何となく曖昧にしていましたし、そもそも復活など望んでもいなかったのです。それが、実際に三日たった日曜日になると、墓が空になっていて、これは復活したのではないか?と弟子達は大騒ぎになっていたのです。 そのイエス様はどこに行ったのでしょう?

Ⅱ.エルサレムから離れていった二人

そんな騒ぎの中で、違うところにいる他の弟子達がいました。それはクレオパと、もうひとりの弟子の二人だったのですが、彼らはエルサレムからエマオという村へ向かって歩いていました。彼らの顔つきは大変暗いものでした。それもそうです、イエス様がつい数日前に死んでしまわれて、自分達の希望は失われてしまったのですから。それはもう、ひどいイエス様ロス状態だったと思います。このふたりの道中の話題はもちろん、イエス様の十字架と死についてでした。ところがそこに、あるひとりの人が近づいて来たのです。そして何食わぬ顔で、「もしもし、一体何の話をしているのですか?」と言う訳です。これを聞いたクレオパ達は、なかばあきれ返ってしまいました。というのはイエス様が十字架に架かったのは、エルサレム中を騒がした大事件で、知らない人は誰もいないほどだったのです。そんな話しをしていても、相手がイエス様だと二人は気づかないのです。二人はエルサレムに残っている弟子達のように「イエス様が復活したのだろうか?」と慌てているのとは別に、エマオの町にある自分たちの家に向かっていました。イエス様が復活したのかどうか、もうそんなことよりも自分の生活に気持ちが戻ってしまったのでしょう。信仰の目が失われてしまって、目に見える現実に心が移ってしまっていました。二人は、横にいるイエス様のことも、ただの人にしか見えなかったのです。信仰の目というのは、目に見えない大切なものを見ようとする心の目です。二人にはイエス様の、目には見えない大切な価値が見えませんでした。
私たちは仕事や勉強、子どもの世話、人付き合い、身内の病気や親の介護。わたしたちを取り巻く生活は、このようなことが沢山あって自分が埋もれてしまいそうになります。
エマオに向かっているこの二人も、エルサレムから離れて、自分の家に向かっていたということは、自分の生活にもどって、イエス様の復活よりも大切に思える何かの用事が沢山あったのでしょう。話しをしている相手がイエス様だと気づかずに、二人は歩いていました。
ところが段々と思いがけない雰囲気になっていきます。それはこの人が聖書にやたらと詳しいのです。キリストは苦しみを受けてから蘇られるっていう事を、聖書の中から順番に解き明かしていかれたのです。それを聞いたこの二人の弟子はもう、その話しに夢中になってしまって、とうとうその人に、「今夜は一緒に泊まってください」とお願いするまでになってしまいました。

Ⅲ.あの時のイエス

エマオという町の二人の家で、イエス様は食事をとることになりました。エルサレムに行ってしばらく留守にしていた家には、たいした食べ物はありません。しかし、イエス様が手を伸ばして、パンを取りました。するとパンを手に持ちながら賛美の祈りを唱え始めたのです。二人はどこかでこの光景を見たように思いました。そうです、あの五千人もの人が山の上でイエス様の話しを聞いていた時、みんなお腹をすかして困ってしまった時に、イエスは少年が差し出した五つのパンと二匹の魚で、そこにいた五千人を満腹させる奇跡をなさいました。あの時のイエス様の仕草や声と同じです。イエス様はあの時と同じように、パンを裂いて、裂いたパンを二人に手渡しました。その手には痛々しい釘の傷跡が残っていたはずです。この時も自分たちが差し出した僅かな食事を、より豊かなものとして与えてくださった。「あなたはイエス様ですね? 本当に復活されたのですね?」それが分かった途端、イエス様の姿は消えて見えなくなったのです。
イエス様だと分かった後の二人の反応を見て欲しいと思うのです。時を移さず出発して、仲間がいるエルサレムに戻っていったのです。もう夜になっていました。どれだけ二人にとって衝撃的だったのか?ということです。衝撃の理由は「復活したイエス様」に出会ったということです。人間がもっとも恐れる死というものを打ち破って、復活して生きている方となったのです。 それは当時の人にとって望み通りの救い主ではなくて、想像をはるかに超えた偉大な力、終わることのない恵みを意味していたのです。
復活は蘇生することとは違います。一旦生き返って、またいつか亡くなるということではなく、永遠に続く命のお方がずっと生きていて、今も生きて日々パンを裂いて私たちの必要を満たしてくださる。私たちの日々の生活の中で、一緒に歩くべき道を歩き、導いてくださる方が、復活されたイエスキリストです。

Ⅳ.一緒に歩いている人を見失わない

今日みなさんにお願いしたいことは、自分の人生は自分一人で歩いていると、思わないで欲しいということです。今日の話しで、エマオの町に向かって行く二人に対して「イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。」とあるように、イエス様は向こうの方から来て一緒に歩いて下さる方です。ですから自分しかいない、自分だけでいい、最後は自分だけが頼りだと思わないで欲しいのです。一歩外にでると、私たちは周りの声に惑わされます。「どうせ自分しかいないんだぞ」という声を聞くと、それに引っ張られて、一緒に歩いている、イエス様を見失ってしまいます。しかし、すぐ近くにいて、それもいつまでも、永遠にそばにいてくださるのが、復活の主イエス・キリストです。イエス様の方から離れて行くことは決してありません。この方が与えてくださる日々の恵みに感謝して、離れずに繋がり続けて、人生を歩んで欲しいと願います。 お祈りをします。

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キリストの後ろ姿

2018年4月22日
春の歓迎礼拝
和田一郎副牧師
ルカによる福音書23章13~27節

Ⅰ.イエスに出会った二人の人

今日の聖書箇所は2千年前のユダヤの国が舞台です。そこではイエス・キリストという救世主が、人々の心や体の病気を癒し、神様とはどんなお方なのかを人々に教えながら、町から町へと旅をしていました。イエス・キリストを救世主と先ほど言いましたが、旧約聖書には数千年に渡って「ある一人の救世主が現れます」との預言が書かれています。その救世主であるイエスキリストが現れたのです。しかし、その影響力に恐れを抱いたユダヤの宗教的な指導者たちは、イエス様を殺す計画をたてました。そして無理やりとらえて裁判にかけたのです。今日の聖書箇所は、その裁判にかけられたシーンから始まります。判決を下すはずの総督がこのように言いました22節「いったい、どんな悪事を働いたと言うのか?この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからない」。イエス様はまったく罪を犯していませんでしたが、総督は有罪にしてしまいました。それは有罪にして十字架にかけないと群衆が暴動をおこしそうだったからです。判決が下された総督の官邸から、十字架の処刑が行われたゴルゴタと呼ばれる所までイエス様が引かれていきます。十字架の死刑の判決を受けた囚人は、自分が架けられる十字架を担いで処刑場まで歩かなければなりませんでした。その前に鞭で打たれ、兵士からの暴行によって、心も体も傷だらけになっていました。
今日の聖書箇所にはイエスに出会った二人の人がいました。一人はローマ帝国の総督ピラト、もう一人はキレネ人のシモンという人です。この二人はこの日初めてイエス様と出会いました。そしてこの日が最後でした。人生において星の数ほどもある出会いの中の一つ、一期一会の出会いでした。ピラトはユダヤに住んでいましたが、ユダヤ人ではありません。ユダヤを支配していたローマ帝国から送られてきた外国人です。植民地であるユダヤを統治する総督として約10年間この地にいました。その期間に、たまたま裁判という場でイエス様に出会ったのです。ピラトは尋問の中でイエス様のことを知る機会があったのです。「わたしは真理について証しをするために生まれたのだ。そのためにこの世に来たのだ。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く」。これは、同じ出来事を記したヨハネ福音書に書かれています。しかし、ピラトはその真理とは何であるかを、深く知ろうとはしませんでした。そして、群衆の圧力に屈するようなかたちで、イエス様に死刑の判決を下したのです。

Ⅱ.イエスのうしろから

もう一人、この日イエス様と出会った人は、キレネ人のシモンという人です。この人は「田舎から出て来た」とありますから、もともとエルサレムに住んでいた人ではありません。何のためにエルサレムに出て来ていたのかというと、その時に行われていたユダヤ人の最大の祭りである過越祭のために巡礼に来ていたようです。そしてせっかく来たエルサレムの町ですから、あちこち見て回っていると、イエス様が十字架を背負って引かれていくところに出くわしたのです。おそらくシモンはイエス様のことを噂で聞いていたのではないでしょうか。ユダヤ中で評判のイエス様がエルサレムに来ると、過越祭のために巡礼に来ていた人々にとって注目の的になっていたからです。そのイエス様が目の前で鞭打ちによって体力を消耗し切って、もう十字架を担ぐ力が残っていませんでした。たまたまそこにいたシモンは、ローマの兵士に呼び止められます。「おい、この人に代わってお前が十字架を担げ」。ローマ兵に命じられては、歯向かう事はできません。彼にとってとんでもない災難でした。なぜ自分がこんなことをしなければならないのか。シモンは重い十字架を背負わされて、歯を食いしばって立ち上がりました。前を見ると、その先にあったのはキリストの後ろ姿です。ボロボロに傷ついて血にまみれた背中が見えました。シモンが聞いていた評判の人イエスという人は、人々を癒す力がある救世主でした。ローマ帝国の支配から解放する、強い力の持ち主しでした。ところが目の前を歩くこのイエスは、なんと惨めな可哀想なやつだろうか。シモンはこの後、ゴルゴタでイエス様が十字架に架けられ、息を引き取るところまで見届けた事でしょう。イエス様が死んだその時、全地は真っ暗で、地震で大地が揺れ動き、岩が裂け、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けました。ローマ兵の百人隊長が「本当にこの人は神の子だった」と口にしました。それから三日後、キリストは復活して40日間に渡って人々の前に現れて話しをしてくださったのです。そこにはもう、あの悲惨で惨めな姿はありません。人間が最も恐れる死というものを打ち破って、永遠の命をご自分だけではなく、キリストを自分自身の救世主であると信じる者であれば、だれであっても、この永遠の命に与れるという希望を伝えられたのです。そして、これが「真理」であり、この真理をあなた達は、世界中に行って伝えなさいと言われました。わたしは天に上げられるが、聖霊を地上に送る。聖霊を受けたあなたたちは力を得る、そうして、わたしは世の終わりまで、いつもあなた方と共にいると。キレネ人シモンが、どこまで見届けたのかは分かりません。しかし、これらのイエス様の出来事を証しする伝道者として生きる道を選んだのです。

Ⅲ.出会いが残したもの

この日、イエス様と出会ったピラトはキリストと「真理」について言葉を交わしましたが、そのことを知ろうとも、受け入れようともしませんでした。ピラトの心には恐れがあるからです。ピラトは総督という地位に自分の存在価値を置いていました。目に見えるものに自分の存在価値をおいている人には、「恐れ」が付きまとうものです。私たちが恐れるものは、自分自身の限られた力にしか目を向けていないからです。それに対して、神という目に見えない真理に信頼する時、神の尽きることのない力に目を向けることになります。キリストが、そのあり余る力をもって自分を愛してくださることを信じるならば、恐れは平安へ、そして希望へと導かれて行きます。ピラトはそのことが出来ませんでした。彼はその後、西暦36年にユダヤ人の暴動の責任を問われてローマに送還され、その後自殺したと伝えられています。
キレネ人シモンは、次のように伝えられています。シモンの二人の息子、アレクサンドロとルフォスは、イエス様の弟子達と共に、初代教会の主力メンバーとなったと言われています。シモンの妻も、使徒パウロが、実にお世話になったのだとローマの手紙に記されています。つまり家族でクリスチャンとなり世界へと伝道していったのです。シモンのようにイエスに出会って生き方が変わったという人が、いわゆるクリスチャンと呼ばれる人たちです。シモンは、エルサレムに巡礼に行った時にたまたまイエス様に出会ったことで、生き方が変えられました。しかし、実はこれは、たまたまではありません。彼がエルサレムへ行ったのは、神様からの視点で見れば、意味があったのです。大群衆の中で「おいお前」と、ローマ兵に声をかけられたのも偶然ではないのです。十字架を担がされた時は貧乏くじを引いたと思いましたが、それはどれも意味があって、キリストと出会い、生き方が変えられ、家族もまた新しい生き方へと変えられていったのです。
みなさんも、ゴルゴタの丘に向かって歩いて行く、キリストの後ろ姿を、思い浮かべて、心に留めていただきたいと思います。キリストの背中には痛々しい傷があります。血にまみれた背中です。わたしたち人間の中にある、「自分の力でやっていける」「神なんていらない」そうして傲慢になっていく、人間の罪のために、キリストは苦しみを負ってくださいました。その痛々しい後ろ姿に、今日イエス様に出会った事の意味を、受け取っていただきたいと思います。お祈りをいたします。

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あの時以来

2018年4月15日
春の歓迎礼拝
松本雅弘牧師
マタイによる福音書8章1~4節

Ⅰ.「あの時以来」

イエスさまというお方は、私たちが人としての自分を取り戻すために語りかけ、出会ってくださるお方ですね。今日もそうしたイエスさまとの出会いを経験した人が登場します。

Ⅱ.映画『あん』(河瀬直美監督)を観て

山上の説教を終えられた主イエスが山を下りると、重い皮膚病を患った人が近寄ってきました。
重い皮膚病とは、今で言うところのハンセン病とされてきました。ハンセン病の感染力は非常に弱いと言われます。なおかつ遺伝病ではありません。
しかし日本でも患者は隔離され、子どもをもうけることを禁じられてきた過去があり、そのことに対する謝罪について、今も問題となっている現状があります。そうした意味で日本でも現在進行形の課題であることを思います。

Ⅲ.和解の手を差し伸べるイエス・キリスト

この人の苦しみ、この人を苦しめていたものは、肉体的苦痛であると共に、「汚れた者」というレッテルを貼られるという宗教的な断罪であり、そして、社会的な疎外でもありました。そのような意味で、この人は三重の苦しみを背負わされていた人だったと思います。
同じ出来事を記録したルカ福音書を見ると、この時の彼の様子を「イエスがある町におられたとき、そこに、全身重い皮膚病にかかった人がいた」(ルカ5:12)と言う言い方で伝えていました。「居てはいけない人がそこに居た」というニュアンスでその状況を記録しています。「そこに居た」ということは、本来、その人にあてがわれた場所から移動してやってきたので、そこに居たということでしょう。
「重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚れた者です。汚れた者です。』と呼ばわらなければならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない」(レビ記13:45-46)と記されています。
旧約聖書レビ記にあるように、当時、重い皮膚病にかかった人は、「汚れた者、汚れた者」と患部を見せながら、人々と接触をしないように移動しなければならないことになっていましたから、そうした犠牲を払ってやって来たのでしょう。そして、彼はひれ伏し、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と願っているのです。
ただ1つ、気にかかることがあります。それは、この時、彼は、単純に、「主よ、清めてください!」とは言っていないのです。彼の中に、どうしても気にかかる1つの心配があったのです。それは、「果たしてイエスさまが私を癒そうと思うかどうか/そうした気持ちになるかどうか」という事でした。ですから、単純に「主よ、清めてください!」とは言っていないのです。いや、言えなかったのです。
その代りに、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と願ったのではないかと思います。
世間は厳しい。それでどれだけ傷ついてきたことでしょう。そしてやっとつかんだ幸せのときを、またその世間が奪っていく。そうしたことの繰り返しでした。ですから、何か起これば過剰に反応し、もう傷つけられたくありませんから防衛的になったり……。そのようにして過ごして来た彼でした。
今、このイエスさまだけは違うと期待しつつ、でも、もしかしたら、と思ってしまう誘惑との戦いだったのではないでしょうか。
この人は、重い皮膚病ですから普通の人と肌の色は違っていたことでしょう。現代医学では治せる病で、感染力も弱いのですが、ここは、二千年前の時代です。周りの人が嫌悪感を覚える存在でした。いろいろ考え始めたら、不安になり、自信が無くなって来ます。ですから、「イエスさまは果たして自分を癒そうと思ってくださるかどうか…。」 これが唯一、そして決定的に彼の心を支配していた不安だったと思います。
ところが、ひざまずいている彼に、イエスさまは手を伸ばして触れられた、のです。口をお開きになる前に手を伸ばして、全身重い皮膚病に犯されているこの人に触わってしまわれたのです。
この当時、誰もが、近づくことさえ恐れる病人です。イエスの周囲にいた人々は、その人が重い皮膚病を患っていると知った瞬間に、後ずさりしたのではないかと思います。しかしイエスさまだけは、逆に前に進み出ながら、手を差し伸べて、その人に触れたのです。
ここで1つ、覚えておきたいことがあります。福音書を見ていきますと、イエスさまは多くの病人を癒されました。ただ、イエスさまが誰かを癒される時、常にその人に触れて癒されるわけではない、ということです。
この出来事の後、百人隊長の僕が癒される出来事が紹介されていますが、そこでは約束の言葉を与えただけです。その僕の姿を見てもいないのです。主イエスさまは、それだけで人を癒すことができた、ということを福音書は伝えているのです。
ところが、この時は、わざわざ重い皮膚病を患った彼の体に触れておられます。それには理由があったと思います。それは、この人の体に触れることが、この人にとってどんなに大事なことか、イエスさまは良く知っておられたからだと思うのです。
思うに、彼の負っていた病、また深い傷は、単に体の病気によるものだけではありませんでした。誰からも相手にされず無視される。バカにされる。
しかも、レビ記にありましたように、「わたしは汚れた者です」と、自分から言わなければならない。いや、叫ばねばならなかったのです。そのような者として自覚しなければならない。そうしたアイデンティティーを刷り込まれていた人です。そこに、彼の心の傷、痛みがあったのだと思います。
私たちの主イエスさまは、そうした彼の、深く痛む傷に優しく温かな手を置いて癒そうとなさいました。彼にとっては何年も、いや何十年も経験できなかった感触です。
イエスさまの手が触れた時、彼にとっては本当に久しぶりの手の感触でした。病に犯された彼の肌はどのように反応したでしょうか?! きっと鳥肌が立ったことでしょう。
そして、イエスさまは「よろしい。清くなれ」と言われました。「よろしい」という言葉は「私はそれを欲する」という意味です。「主よ、御心ならば…」という彼の願いに対する主イエスさまの答えが、「私はそれを欲する。清くなれ」だったのです。
それだけではありません。「手を差し伸べてその人に触れる」という言葉は、ユダヤの習慣では仲直りの行為でした。「和解の手を差し伸べる」という意味のある言葉です。
何年もの間、彼は、聖なる所から一番遠い場所に閉じ込められていました。人間として生きる権利を奪われるような生活でした。
生命と身体はあるのです。いや、心もありました。もしかしたら、彼の心は普通の人とは比べものにならない程、敏感によく働いたかもしれません。そうした心を持っている人間であったにもかかわらず、彼には身の置き場がなかったのです。
そうした彼に、感染するかもしれないのに触ってくれた。友が仲直りの手を差し伸べるように、彼を虐げていた人間社会を代表するかのように、「赦してくれ」とイエスさまの方から和解の手を差し伸べてくださったのです。
そのようにして、彼の手を取って神さまの恵みの中心へと彼を招き入れてくださったわけなのです。その結果、重い皮膚病はたちまち癒されます。

Ⅳ.山を下りられるイエスさま

主イエスさまは、誰もが触れない彼に触れられた。和解の手を差し伸べられました。そのようにして神との間の仲保者になり、和解をなしとげてくださいました。この憐れみの極地が十字架の死でした。
キリストは体を張って、私たちの生きる「居場所」を備えてくださったのです。ご自分の命と引き換えに、私たちに命を与えてくださったのです。
最後に8章1節に注目しましょう。「イエスが山を下りられると」と出て来ます。
聖書の世界では、山とは神さまに近い場所を意味すると言われます。逆に、海は世俗の世界を象徴します。
ある先生が、「この『イエスが山を下りられる』というひと言の中に、すでに大きな福音があると思います。」と語っていましたが、まさにそのとおりだと思います。
教会の礼拝に通い始めた頃、日曜日に礼拝に来ることで、心を洗濯していただくような爽快感がありました。ところが家に帰り、月曜日、火曜日、そして週も終わりに近づくにつれ、だんだんその「恵み」が色あせて来るのを感じたことです。
確かに礼拝の時は「山の上」のような経験かもしれません。でも、私たちは、必ずそこから「日常」へと戻って行くのです。
ただ、今日、覚えておきたいのは、そんな私たちの日常に、主イエスさまが共に下っていってくださるという約束です。ご自分1人が山に留まるのではなく、山から日常に戻る私たちと一緒に、主イエスさまは、この世の真っただ中へと進んで行かれるのです。大変さや辛さ、誘惑の多い、その日常のただ中に、です。
このイエスさまは、そのところで私たちと出会い、出会った私たちは、その出会いを通して本当の自分を取り戻すことができる。そして、主イエスのもとで本当の平安をいただくことができるのです。
この礼拝が皆さんにとって「あの時以来」の出来事になりますようにと願います。
お祈りします。

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主日共同の礼拝説教 歓迎礼拝

根っこが育つということ

2018年4月8日
松本雅弘牧師
マルコによる福音書7章31~35節

Ⅰ.「イエスは、この人だけを群衆の中から連れ出して・・」

今日の聖書個所は、聴覚と言語に障がいをもつ人をイエスさまが癒され、そしてそれを知った人々の驚きの様子が伝えられています。
ところで、この人の身体的な障がいはコミュニケーションに関わるもので、大きな重荷となっていたことだと思います。障がいのゆえに人々との交わりから断絶を感じ、疎外感を覚えて過ごしていたことでしょう。
これは人間にとって最も痛ましい状況の一つであると思います。この時代、因果応報の考え方が支配していましたから、人々がこの人を見た時、何か悪いことをしたからこのようなひどい目にあっているのだと考えたことでしょうし、彼も自分をそう見ていたのではないかと思います。
ところがどうでしょう。友だちっていいですね。彼らの執り成しによって、彼はイエスさまの前に連れて行かれ、そしてイエスさまによって自分自身を取り戻すのです。
ところで、今日この聖書箇所を選んだ理由は、33節にある「イエスは、この人だけを群衆の中から連れ出して・・」いう言葉、そのイエスさまの行動に注目したかったからです。
この時イエスさまは彼だけを群衆の中から連れ出して癒されます。これこそが、神さまの私たちに対する関わり方だと思います。つまり個人的、パーソナルなのです。
聖書を読む上で、このことは本当に大切な真理です。今朝、私たちがこうして礼拝に集うことが出来たのは、神さまに招かれたからだと聖書は理解します。プログラムの最初に「招きの詞(ことば)」と書いて「招詞」と呼ばれるものがあります。礼拝は神からの招きの詞(ことば)で始まるのです。
私たちを日常生活から呼び出し、私たちに何かなさろうとしている。そのような時と場がこの礼拝なのだと受けとめていただければ幸いです。そのように私たちを招くお方は、私たちを「一個の人格/心を持つ存在」として接してくださいます。
旧約聖書には、神さまというお方は、非常に細くかすかな御声で語られるお方と表わされています。大勢に話す場合、私たちは大きな声で語ります。聖書の神さまが細くかすかな声で語りかけておられることは、そのお方は、私たちを十把一絡げに扱うのではなく、私たち一人ひとりとしっかり向き合って、大切な一人として相手にしてくださっているということなのです。
この時、イエスさまはこの人を大勢の中から独りになさり、この人を大切にして接したかったのです。私たちに対しても同様です。
今日から歓迎礼拝が始まりますが、この聖書の箇所に出て来るこの人のように、日常から少しだけ離れて神さまを賛美し、また聖書から自分自身を振り返ることが出来れば素晴らしいと思います。

Ⅱ.根っこに与えられた2つの役割

今日の説教のタイトルに「根っこが育つということ」と付けました。木、樹木を考えてみたいと思います。木には外側の部分を支える根っこが地中深く張り巡らされています。根っこの役割は主に2つあり、外側を支えるという役割と、養分や水分を木全体に供給する役割です。ですから根っこが深い分だけ幹は高く伸び、根っこが広い分だけ幹は枝を広げることができるのです。逆に浅ければ木も大きくなりません。大きさを決めるのは根っこだからです。

Ⅲ.目に見える部分と見えない部分の関係

私たち人間も木に似ているところがあると思います。目に見える部分、外側は、目に見えない根っこのような隠れた部分で支えられている点です。
木には幹や枝や葉や花や実がありますが、そうした目に見える部分は私たち人間に当てはめるならば、その人が持っている知識や技術とか、その人がしてきたこと、獲得し身に付けているもの。実績や資格のようなものかもしれません。
木の場合、根っこの成長と共に外側の木も成長し、もし、根っこの成長がなければ外側の木も成長しないはずです。でも私たち人間の場合、しばしばそれがアンバランスになることがあるのではないでしょうか。根っこが成長していないのに外側の部分が大きくなってしまうということです。
地中に隠れている根っこについては、何もない時には意識されません。でも人生の節目、例えば進路選択、結婚、子どもが誕生した後の子育てや教育の問題、大きな買い物をする時など、根っこ、すなわちその人の物の考え方や価値観、すなわち目に見えないものが問われます。
普段は目に見えないものと言えば人間関係などの諸関係を思い浮かべます。親子の関係、夫婦の関係、友人関係、職場の仲間との関係、場合によっては自分自身との関係があります。
セルフイメージという言葉がありますが、自分をそのままの姿でどれだけ受け入れているか、と言ったような問題があります。また、その人の信仰、神さまとの関係も目に見えません。
私たちの外側の部分が健やかに成長するためには、このような見えないところで支える諸関係が豊かである時、外側の働きは広がり、実を結んでいくのです。
先ほど、根っこの2つ目の役割として、栄養や水分を補給するということについてお話しましたが、この関係という根っこは、そうした働きを担います。私たちは人との関係、自分との関係、神との関係の中で何かを受けとめ、感じ取り、心に刻んだものが栄養となって行くのです。それにより人生は豊かなものとされます。
逆に、外側の実を結ぶことばかりを優先するあまり、例えば夫婦の関係や様々な関係がおろそかにされ、根っこの成長が追い付かなければ、支え切れずに倒れてしまうことだって起こり得るでしょう。

Ⅳ.根っこが育つということ

今お話ししてきたことを考えると、特に幼児期は根っこが育つ大切な時期だと思います。
子どもたちの様子は、幹も細く枝もまばら、葉っぱも若葉で、花や実はまだ見られません。でも、心はたくさんのことを感じているのです。小さな発見があり、楽しいことで心を弾ませ、小さな心配で心が揺れる。そのように心を動かし、そして、動くたびに根っこが育っていくのです。
それは目に見えない部分です。でもそれこそが、その人の生涯を支える力になる部分となるのです。
私たちはとかく目に見える部分の育ちを気にしてしまいます。何かが出来るようになること、もっとうまくできるようになること、そういうスキルの育ちを期待しがちです。しかしそれは、大事な根っこの育ちを軽んじ、枝葉の育ちを求めていくことです。無理に枝を曲げたり、場合によっては剪定をしてでも、思うような目に見える育ちを求めていったりしてしまうことがあるかもしれません。それは、若木を傷め、子どもをダメにするかもしれないのです。
心が豊かに動くためには、むしろ子どもの心に安心が必要です。この安心は、特にお子さんがちいさければちいさいほど、母親との関係、両親との関係という目に見えない根っこの育ちが本当に大切なのではないかと思います。
皆さん『ぞうさん』の歌、知ってますか?
ぞうさん、ぞうさん、お鼻が長いのね/そうよ、母さんも、長いのよ。
ぞうさん、ぞうさん、誰が好きなの/あのね、母さんが、好きなのよ。
ある時、象の子どもが学校に行くと、そこにキリンの子がいました。キリンの子は小象に「君の鼻は長くて変だ!」と言ったのかもしれません。でも小象は平気でした。「そうだよ。だってお母さんの鼻も長いから」
小象はお母さんが見えなくなる時、鼻の長さが気になってしまいます。キリンの子に比べ首が短いことで不安になります。人と比べて成績が良くないこと。他の人と同じになろうと一生懸命になります。
そのように造られているはずの長い鼻を変えようと努力します。
でも小象がお母さんにしっかりと結びついていたら〈大好きなお母さんがいるから大丈夫だよ〉と様々な声を撥ねのけることができるでしょう。
母親から愛され、そのままの姿を受け止められていることを実感していたらお母さんと同じであること、同じように生きることは小象にとって誇りとなり自信となります。
お母さんと小象の姿は、神さまと私たちの姿を表していると思います。この安心を考える時に、聖書はさらに確かな根っことなる神との関係を説き明かします。
聖書で人間を表わす言葉は上を見上げ、神を仰ぐ者という意味があります。つまり、人とは神さまとの関係があって初めて安心して生きることが出来る者だと教えています。
今日から春の歓迎礼拝が始まりました。
目に見えない根っこの部分、どのような価値観を土台とするのか、色々な意味で私たちの生活を支える根っこの部分を育てることを、聖書の言葉を通して学び、神さまの恵みと平安に触れる機会を共に持つことが出来れば素晴らしいと思います。
この歓迎礼拝が皆様にとって素敵な時となりますように。お祈りします。

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イースター礼拝 主日共同の礼拝説教

復活と派遣

2018年4月1日
イースター礼拝
松本雅弘牧師
ハバクク書3章8~19節
マタイによる福音書28章1~20節

Ⅰ.イエスの死に圧倒されていた弟子たち

世界で最初の受難日、主の十字架の翌日の土曜日、またそれ以降、弟子たちは何を考え、何をしていたのでしょうか。主イエスの十字架の後、弟子たちを包む空気はこれまでと全く違っていたと思います。福音書を読んでも、はっきりとは伝えられていませんが、1つの手掛かりとして、天使が、「あの方は…、あなたがたより先にガリラヤに行かれる」(28:7)と語っていることに気づきます。
一連の厳しい出来事を経験した彼ら弟子たちは、ガリラヤに帰ろうとしていたのです。天使は、そうした彼らの思いを受けるように「あなたがたより先に」と語ったと理解できます。
では何故、ガリラヤなのでしょう。聖書を読む限り、この時の弟子たちは、復活の望みに生かされてガリラヤに行こうとしたのではありません。むしろその逆です。
普通の神経の持ち主でしたら、十字架の直後は何も考えられなかったに違いありません。弟子たちにとって、エルサレムは過ぎ越しの巡礼で訪れた場所、あくまでも滞在地に過ぎません。主イエスの十字架の死に出会って、〈戻るとすれば〉と、咄嗟に浮かんだのはガリラヤの風景だったでしょう。あのガリラヤの海、緑に囲まれた、美しく、自然豊かなあの土地、故郷ガリラヤです。ですから直感的に、〈ガリラヤに戻ろう、そこで一からやり直したい〉と思ったのではないでしょうか。ただ「やり直す」と言っても、すでに主イエスは死んでしまいました。ですからもっと以前、主イエスと出会う前まで遡ります。ペトロ、ヤコブ、ヨハネやアンデレは皆、元は猟師です。〈漁に戻るしかない〉、そう思って〈ガリラヤに帰ろう〉と考えたと思われます。
ある説教者が語っていました。「ここには、はっきりと1つの死の事実がある」と。彼ら弟子たちにとって、主イエスは死んでしまった。それが彼らを包み込む、決定的な出来事だったのです。

Ⅱ.圧倒的な力をふるう

「死んだら御終い」という物語
私を導いてくださった宣教師は「私は死ぬのが怖くありません」と胸を張って語りました。高校生だった私にとってその言葉は衝撃でした。「死んだら御終い」と思っていましたから。
科学万能の今の時代では、「死んだら御終い」と考えることが、よほど人間らしく合理的な考え方だと思われるのではないでしょうか。「健康至上主義」が花盛り、「アンチエイジング」などという考え方がありますが、それはひっくり返せば死の恐怖に怯える人間の姿です。
この時、弟子たちの心を支配していたのも同じ思いでした。そしてまた、今日の聖書箇所の冒頭に登場する2人のマリアもそうでした。彼女たちが、墓に主イエスを訪ねたのは、復活の主にお会いするためではなく、主イエスの遺体の前で思う存分嘆き、悲しみ、泣きたいだけ泣くためでした。
主イエスは、生前、復活の約束の言葉を語っていましたが、十字架の後に、主の約束のその言葉を口にしたのは、弟子たちやマリアたちではなく、皮肉なことに、イエスを十字架にかけた側の人々でした。彼らには、復活を否定する「動かざる証拠」として、イエスの遺体がありましたから、そこに番兵を配置します。遺体が盗まれでもして、「ほら、イエスの予告通り、復活した。だから墓が空っぽなのだ」となったら厄介だと思ったからです。
そのように、彼らは復活の約束を覚えてはいました。ただ正確に言えば、覚えてはいたが信じてはいなかったのです。「お墓が人生の終着駅」という物語に生きていたのです。
弟子たち、そして2人のマリアと同じです。〈主イエスは先に逝ってしまわれた。やがて、自分も死んでいく〉、そうした思いです。
そうした「死の物語」が私たちの心の奥深く、既に根付いてしまっているのです。
この物語に心が支配されている時、私たちは不安を覚えます。いつ死が訪れるのか分かりませんから…。10年先ですか、あるいは2、3年先ですか……。そうしたことを、いつでも考えていなければならないのです。
ある人は、そうした私たちの心を、「死に不意打ちされるのではないかと脅えている状態」と表現していました。明日にでも、死によって不意打ちをくらい、死んでしまうかもしれないという不安です。
これに対して聖書は、主イエス・キリストの復活を宣言します。不意打ちをくらわすのは死だけではなく、復活の主でもあると語るのです。
「あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ」(6節)。そして7節。「それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』」
これこそ聖書と歴史の教会が証言し続けてきたキリストの復活です。信者、未信者を問わず、私たちの心の奥深く埋め込まれている「死の怖さ」「死の絶対」「お墓が人生の終着駅」という物語に対する挑戦であり、それに取って変わるべき新しい喜びの物語でもあるのです。

Ⅲ.死の物語を書き換える

主イエスの復活の物語
復活の主が私たちを不意打ちするために、ガリラヤに先回りしていてくださると、天使は告げています。ガリラヤとは弟子たちにとっての日常です。私たちにとっての南林間のような場所、家庭や学校や、慣れた職場のようなところです。
今日の箇所では、この時すでに復活の主イエスご自身が2人のマリアに出会ってくださっています。ガリラヤに行く以前にです。そしてここでも、「ガリラヤに行ったら私に会える」と語っておられるのです。
彼女たちが主と出会ったのは、主が約束されたガリラヤではなく、今、墓場を出たばかりの所です。ある人の表現を使うならば、「正に死に取り囲まれている所から飛び出して来たばかりのところ」でした。「婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、」(8節)と書かれています。
彼女たち2人は、ついさっき、墓の中で経験した不思議な出来事に怖れを抱きつつ、一方、主イエスが生きておられるという、天使の言葉に、すでに喜びを感じながら走っていた、その時です。「すると、イエスが行く手に立っていて」(9節)と記されています。
原文を読むと、「すると」と訳されている言葉はもっと強い「見よ」、英語では「behold」という言葉が使われています。
「走って行った、すると見よ」、「見よ、イエスが行く手に立っていた」、「イエスが迎えに来られていた」という意味です。
この時、彼女たちの頭の中にあったのは、自分の経験した出来事を誰が信じてくれるだろうかという心配でした。そうした思いの中で走り始めました。すると突然、主イエスが現れ、彼女たちを迎えてくれたのです。仲間の弟子たちではありません。先ほどの天使でもない。復活の主イエスご自身でした。
そのお方が、誰よりも先に彼女たちを待ち構え、「おはよう」と言って出迎えてくださったのです。
「おはよう」の意味は「喜びなさい」です。こうして復活の主と出会った彼女たちは、主との出会いの喜び、そして、この喜びがガリラヤにおいては、みんなのものになる、という興奮に満たされたのです。
そして、天使からではなく直接、主イエスから預かった、「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに遭うことになる」という大切なメッセージを、仲間の弟子たちに伝えるために走ったのです。
この時、主イエスは弟子たちのことを「わたしの兄弟たち」と呼んでいるのです。私は、今回初めてそのことに気づかされ、〈本当にありがたい〉ことだと思わされました。

Ⅳ.「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」

このようにして、ガリラヤで弟子たち、いや兄弟姉妹と会ってくださった復活の主イエス・キリストが、彼ら「キリストの教会」に与えて下さった御言葉が、マタイの福音書の最後、28章18節以下に出てくるのです。
主イエスは3つの命令を語られました。そして、一方的に命令をなさるだけでなく、天地の一切の権能を授かっている主ご自身が、世の終わりまでいつも共にいてくださると約束されました。
この福音書を書いたマタイは、天使がイエス・キリストの誕生を告げた時、「『その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」(1:23)と書き始め、そして、最後に、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(28:20)という主の約束で締めくくっています。
「マタイ福音書は『神が共におられる』『キリストが共におられる』という2つの約束にサンドイッチされた福音書なのだ」と、ある牧師は言いました。正にその通りだと思います。
この約束は神を信じない人々にとっては、愚かな言葉でしょう。でも、愚かに思える言葉を疑いつつも信じ、主イエスの弟子になる決心をして歩み始める時、私たちの人生で、私たちの生きる世界で、何かが動き始めます。
「死んだら御終い」の物語は、復活という希望の物語に書き換えられ、「死は新しい命への旅立ち」となるのです。それ故に、天での再会の望みへと私たちは導かれるのです。
私たちは復活を信じ、「神は我々と共におられる」という約束と共に歩んで行きましょう。
お祈りします。