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主日共同の礼拝説教

ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け―使徒信条⑨

松本雅弘牧師
サムエル記24章1-4節,10節、15-17節,マタイによる福音書27章1-2節,11-26節
2021年4月11日

Ⅰ.はじめに

今日は、使徒信条の「主は聖霊によって…ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」という告白のところも心に留めながら、御一緒に読み進めていきたいと思います。

Ⅱ.使徒信条に「ピラト」の名があることの意味

使徒信条は分厚い聖書のエッセンスを75文字で綴っています。その短い使徒信条にイエス・キリスト以外の人物の名が二つ出て来ます。一つはマリアの名、そしてもう一つがポンテオ・ピラトの名前です。歴史の教会は使徒信条を記すにあたり、それ程までにピラトの名を残す必要を感じていました。そこには三つの理由があったと言われます。
第一はイエス・キリストの受難が、フィクションではなく、歴史上の出来事であったことを明確にするため。第二にピラトの名前があることで、主イエスは事故死や、事件に巻き込まれて命を落としたのではなく公的な権威のもとで処刑されたということ。第三にピラトは世俗の権威を代表するがゆえに、主イエスはこの世によって裁かれたということです。

ところでここでピラトは群衆の前で水で手を洗い、「この人の血について、私には責任がない」と身の潔白を証しして見せています。聖書を読むかぎり、確かに最後の最後までイエスを処刑することには消極的だったように見えます。ピラトにしてみれば、このような形で、歴史に汚名を残すことになるなどと、これっぽっちも考えていなかったと思うのです。

Ⅲ.ピラトと群衆

当時、バラバ・イエスという人物も逮捕されていました。ピラトは、そのバラバを引き合いに出し、「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。それともメシアと言われるイエスか」と群衆に尋ねています。群衆は、先日の日曜日にはエルサレムに入城したイエスを歓呼の声を挙げて迎えていました。ですからピラトが、「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。それともメシアと言われるイエスか」と尋ねたということは、好意をもって主イエスを迎えた彼ら群衆に尋ねれば、何か起こるのではないか、あくまでも主イエスを助けたいと願ったからだと思います。
しかし群衆は、主イエスを十字架につけることを最後まで要求するのです。結果的にピラトは処刑を認めざるを得なかった。手を洗いながら、「この人の血について、私には責任がない。お前たちの問題だ」と言い放ったのです。

私は改めて、ここに登場する群衆の存在についても考えさせられました。最近よくSNSがらみで、「炎上」という言葉を耳にします。何かの行為や発言が人々の目に触れ、それに引っ掛かりを感じた人々が、それをした人/発言した人に向かって集中砲火を浴びせる。場合によっては、その人を追いつめ、死に至らせる事件にまで発展してしまう。
この時、エルサレムに集まっていた群衆一人ひとりは名前を持ち、家族がいて、それぞれに人生ストーリーを持つ人たちです。膝を交えて話したら、悪い人間ではなかったかもしれません。もし彼らがこの時のピラトの立場に居たとしたら、きっとイエスを処刑することを躊躇したに違いありません。しかしそうした彼らは罪を免れるのでしょうか。

一旦ピラトは、その判断を委ねられています。その後、「十字架につけろ!十字架につけろ!」の大合唱が起こりますが、群衆の中には、〈それは違う!〉と思う人もいたでしょう。でも何も言わなかった。いや言えなかったのかもしれません。でもだからと言って、責任はなかったかと言えば、難しい問題ですが、やはり神の御前に問われるように思うのです。

Ⅳ.帰るべきところを持つ

私は、ピラトと群衆の関係を考える中で、本日のもう一つの朗読箇所、サムエル記に記されている人口調査をめぐる、ダビデ王とイスラエルの民の微妙な関係のことが心に浮かびました。
この時ダビデは、直属の部下に命じて人口調査を実施させています。調査の目的は「剣を取りうる戦士」たちの数を把握すること。言わば、イスラエルの軍事力の確認にありました。一見、罪とは無関係の出来事の中に実は、王様としてのダビデの野望/野心が、隠れた罪として潜んでいたことをサムエル記の著者は見逃しません。
実は、人口調査に象徴されるイスラエルの国家としての反映はダビデだけが望んだことではなく、当時、民全体も歓迎していたのです。ダビデが王となり諸外国に引けを取らないくらいの強大な国軍を持ち、立派な国になることは、民の誇りとなり、それを人々は歓迎したのです。今まで自分たちを苦しめてきたペリシテ民族からの解放だけではなく、周辺諸国と戦って連戦連勝するダビデの軍隊の勇ましさ、イスラエル王国が強く、その軍事力が強大になることは、ダビデ本人も願っていたことでしたし、他でもない民の望むところだったようです。
しかし、それは神の御心を悲しませることとなり、結果として、イスラエル全土で七万人の命が犠牲になったことを聖書は伝えています。罪の深刻さを知ったダビデは、罪の全ての責任を自らが背負うことによって、イスラエルの人々を生かしたい、救いたい、と祈りを捧げるように導かれていきます。主はそうしたダビデを憐れみ、預言者を遣わし悔い改めへと導き、その預言者の導きに従い、主のための祭壇を築き礼拝を捧げた。そして神の憐れによって裁きが収まるのです。そのことの記念の場所として、後の世代までも記念するために、そこに神殿を建てることを決め、実際には息子ソロモンが神殿を立てるのですが、神殿建設の青写真や建設資金の全てをダビデは準備することになります。

サムエル記は、ダビデが祭壇を築き礼拝を捧げた出来事をもって、ダビデの歩みを総括します。つまり「王様ダビデ」でも「軍人ダビデ」でもなく、「礼拝者ダビデ」として総括するのです。群衆の前のダビデでも、権力をまとうダビデでもなく、神のみ前にあるダビデです。
少し古い話ですが、2003年3月19日に、クリスチャンとしても知られていた、当時日銀総裁であった速水優さんが、退任の記者会見をした時、最後に記者からこんな質問を受けました。「金融政策運営を司る上で信仰はどのように総裁を支えたのか。」それに対して速水さんは、次のように答えたという記事がありました。
「私は、1945年、昭和20年からのクリスチャンである。…クリスチャン・ホームで育ったということである。…私は…『土の器』のように本当に平凡な使い勝手のない男である。神様がやってみろと職業を与えるということは、こういう弱いもの——「土の器」——だけれども、それを使ってみるということによって、神様の力を皆さんがわかるようになる、というようなことをパウロが言っている。…国会に400回近く行ったり、海外に行ったり、いろいろなことがあった。明日何が起こるかわからないといったこともあったり。そういう時でも、私は三つのことをいつでも口ずさんでいる。…イザヤ書という中に、『怖れるな、私は汝とともにある』という言葉がある。『主、共にいます』ということ。これが一つであり、神様はいつでも私のそばに付いていてくれている。二つ目は、『主、我を愛す』、これは、幼稚園の時に歌った歌だが、神様は私を愛してくれているということ。三つ目はやはり、『主、全てを知りたまう』、神様は、どんなことがあっても全てのことを知っており、全てを知った上で正しい判断を行い、正しい事をやっていれば、神様は守って下さるということ。そういう極めて単純な信仰を持って、事にあたって来たつもりである。」当時の記者の一人は、「私にとって、この小柄な老人は、日銀総裁としてよりもキリスト者として強く記憶された。そして速水さんを取材すればするほど、『帰るべきところ』をもつ人なのだと感じ入ることになる」と語っています。

私たちがピラトと群衆を反面教師として学びながら心に留めたいのは、私たちは誰をおそれて生きるのか、ということに尽きるのではないでしょうか。この時の彼らの視界には神さまが入っていなかった。

今、この礼拝で神さまのみ前におりますが、神さまのみ前こそが私たちの「帰るべきところ」、そして常に、共におられる神さまのみ前に生きる者として、歩ませていただきたいと願います。
お祈りします。

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イースター礼拝 主日共同の礼拝説教

復活を信じます - 使徒信条⑧

松本 雅弘 牧師
マタイによる福音書28章1~20節
2021年4月4日

Ⅰ.死の事実

先週は受難週祈祷会で主イエスの十字架への道程をたどってまいりました。しかし昨年来、コロナの関係でどこか静かなイースターの朝です。例年ですと、金曜日の受難週祈祷会の終了を合図に、翌日土曜日は、朝から数百個もの玉子茹でが始まり、教会はイースター一色、その準備で活気づきます。受難節の期間中、講壇の布は紫、そして木曜日の晩から講壇には真っ黒な布が掛けられる。ですから土曜日は真っ黒なのです。あの二千年前のイースターの朝、前々日に起こった十字架の出来事を経験した弟子たちの心は「黒い布」が示すように真っ暗だった。恐怖と興奮でここ二日ばかり一睡もできず、あまりにも目まぐるしく移り変わる出来事、しかも衝撃的な出来事を経験し、振り返る余裕もなく、何を感じ、何を考え、何をしたかについて、まったく記憶が飛んでしまう二日間を過ごしていたように思います。その証拠に、福音書を読んでも十字架の後の弟子たちの動向については、はっきりとは伝えられていません。そうした中、唯一と言ってもよいかもしれません。弟子たちの様子を知る手がかりが「あなたがたより先にガリラヤに行かれる」と語る天使の言葉に隠されているように思いました。この時の弟子たちの心にあったのは、少しでも早くガリラヤに帰ることでしょう。そうした彼らの思いを受けとめるように「あなたがたより先に」と天使が語ったと理解できます。普通の神経の持ち主でしたら十字架の直後は何も考えられなかったでしょう。エルサレムは過ぎ越しの巡礼で訪れた場所で滞在地に過ぎません。〈すぐにも逃げ出したい。戻るとすれば、どこ?〉。咄嗟に浮かんだ風景は故郷ガリラヤでした。〈ガリラヤに戻ろう、そこで一からやり直したい〉と思ったのではないでしょうか。ある説教者が語っていました。「ここにははっきりと、一つの死の事実がある」と。そうです。彼らにとって主イエスはすでに死んでしまった人。それが弟子たちを包み込む決定的な状況だったように思うのです。

Ⅱ.「死んだらお終い」という物語

今年になって、多くの方たちが天に引っ越しをされました。牧師になって何年も経ちますが、このような年は初めてです。死の現実を繰り返し見せつけられています。この時の弟子たち、そして二人のマリアも同様でした。特にマグダラのマリアは、主イエスによって七つの霊を追い出してもらった女性でした。その彼女を苦しみから解き放たれたのが、他でもないイエスさまです。主イエスは命の恩人、そのお方のお蔭で「人生のやり直し」を経験できた。その主イエスが死んでしまったのです。この時、彼女は墓を訪ねています。復活を確認するためではなく遺体の前で泣きたいだけ泣くためにやってきたのです。二人のマリアも弟子たちも、みんな、「死んだらお終い」という「死の物語」に捕らわれていた。この物語に心が支配されている時、私たちは不安を抱きます。いつ死がやってくるのか分かりませんから。
でもどうでしょう。そうした私たちに、ここで聖書が宣言するのです!「あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」マタイによれば不意打ちをくらわすのは死ではありません。主イエスの復活の方なのです。「急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』これこそ聖書が、歴史の教会で「使徒信条」にまとめ上げ、告白し続けてきた、キリストの復活です。信者、未信者問わず、誰の心の奥深くにインストールされている、「死の恐怖」「死の絶対」「お墓が終着駅」という物語に対する挑戦であり、そして取って変わるべき、新しい喜びの物語なのです。

Ⅲ.死の物語を書き換える復活の物語

ここで改めて気づかされたことがありました。ガリラヤに行く以前にすでに復活の主が二人のマリアに出会ってくださっていることです。それも墓場を出たばかりの、ある人の表現を使うならば、「正に死に取り囲まれている所から飛び出して来たばかりのところ」で、です。9節でマタイは「すると、イエスが行く手に立っていて」と記していますが、原文では「すると」と訳されている言葉は「見よ」と訳せる言葉、「見よ、イエスが行く手に立っていた」ということでしょう。さらに彼女たちに「おはよう」と声をかけます。これはギリシャ語の命令形、「喜べ」と訳せる言葉です。主イエスは彼女たちを出迎え、「喜びなさい」と言ってくださったのです!そして、「恐れることはない。行って、きょうだいたちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこで私に会えるだろう」とお語りになったのです。
〈本当にありがたい〉と思いました。「きょうだいたち」という言葉は、ギリシャ語の原文には、「私の」というギリシャ語が添えられています。これまでは、「弟子たち」と呼ばれていた彼らです。でもここで主は「私のきょうだいたち」と呼んでおられます。
それだけではありません。この事実はさらに深い恵みを私たちに伝えています。調べてみますと、歴史の教会は、詩編22編との関連で、この呼び換えの意味を理解していることが分かりました。十字架上で主イエスは、「エリ・エリ・レマ・サバクタニ/わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれました。この叫びは詩篇22編冒頭の御言葉を苦しみの中で主イエスは唱えようとされたと言われます。その詩篇を読み進めていき23節に来ますと、「私は兄弟たちにあなたの名を語り伝え/集会の中であなたを賛美しょう」とあるのです。十字架の上でたったお独り、深い絶望の中で歌い始められた詩篇の歌を、復活の後、今この時、彼女たちに語りかけながら、「きょうだいたち」の歌としてくださったのです。「お前たちは、私の苦しみを全く理解してくれなかった。私の復活も信じなかった。だから、この詩篇を歌う権利はない。これは私一人の歌だ」と主は決しておっしゃらなかったのだ、とある牧師はそう語っていました。二人のマリアは、主から預かったこの言葉をペトロやヤコブやヨハネ、トマスらの前に立ちながら、「主イエスが先だって待っていてくださるのだから、さあ、ガリラヤに行きましょう。先生はあなたがたのこと、私たちのことを、もはや『弟子』とだけお呼びにならず、『きょうだい』、それも『私の兄弟』とも呼んでいてくださっています。そして私たちを迎えるためにガリラヤへ先回りするとおっしゃいました。ですから、さあ、立って行きましょう」と言ったに違いない、とそうコメントするのです。

Ⅳ.「復活の主を信じます」

このようにしてガリラヤで弟子たち、いや兄弟姉妹と会ってくださった復活の主イエス・キリストが、彼らにお与えになった約束が福音書の最後に出て来る、18節以下の御言葉です。「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」。主イエスは一方的に命令だけをなさるのではないのです。御言葉に生きる力をも与えて下さる。何故なら主イエスこそ「天地の一切の権能を授かっているお方」であり、世の終わりまで、いつも私たちと共にいてくださるからです。そう言えば、マタイは天使がヨセフにイエスの誕生を告げた時、「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」と語り、この名は「神は私たちと共におられる」という意味である、その言葉でもって福音書を書き始めています。そして福音書の締めくくり、最後のところで、「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」。「マタイ福音書は『神が共におられる』『キリストが共におられる』という二つの約束にサンドイッチされた福音書なのだ」と言われる通りです。この約束は信仰を持たない人にとっては愚かな言葉でしょう。復活を疑う人は常にいます。拒否する人もいます。でも愚かに思える、その言葉を疑いつつも信じ、主イエスの弟子になる決心をして歩み始める時、私たちの人生の中で何かが、私たちの世界で何かが変わり始める。「死んだらお終い」の物語が復活という希望の物語に書き換えられ、死は新しい命への旅立ち、それ故、天での再会の望みへと私たちを導くからです。マタイは「イエスの復活が作り話だった」という話が有名で、「今日に至るまで広まっている」と正直に記しています。今日でも大勢の人々が復活を作り話だと疑う人もいる。でも私は、この二つの話のうちどちらを受け入れるか、です。私たちは復活を信じ、イエス・キリストの弟子となり、洗礼を受け、主の教えを守り、「キリストは私たちと共におられる」という約束と共に、歩んで行きたいものです。お祈りします。

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主日共同の礼拝説教

キリストの忍耐

和田一郎副牧師
詩編86編11~17節
テサロニケの信徒への手紙二3章3~5節

2021年3月28日

はじめに

今月私たち夫婦は結婚7周年を迎えました。しかし、時々喧嘩にもなります。ほとんどの喧嘩がゆっくりしている妻に対して、私は「もっと早くもっと効率よく」とイライラして喧嘩になることが多いのです。また、3歳の息子はなんでも自分でやらないと気が済みません。夫婦の関係も子育ても、早く、効率よくということは当てはまらないと最近思いました。今日は皆さんとテサロニケの手紙から御言葉を分かち合っていきたいと思います。

Ⅰ.今を生きる

今日の聖書箇所3節でパウロは「しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます」と記しています。前の節でパウロは、自分たちが迫害を企てる悪人どもから守られるように祈ってください、と伝えました。そして、今日の箇所では、自分たちを守ってくださる神様は真実な方ですから、テサロニケの信徒たち、あなたがたのことも、必ず守ってくださる。そして、これまで自分が命じることをテサロニケの人々は現に実行しているし、これからも実行してくれると確信している。と言うのです。パウロがこれまで「命令してきたこと」とはいったい何でしょうか。
テサロニケの手紙は1と2があって、二つの手紙は間をおかずに続けて送られたと言われています。この中でパウロがテサロニケの人々に教えてきたことの一つは、再臨の正しい理解です。再臨は、いつかまたイエス・キリストが来られて、キリストの裁きを受けたのちに、キリストが神の国をこの地上に打ち建ててくださることです。それは私たちクリスチャンにとって喜ばしい時です。しかし、それが、いつ来るのかは分かりません。ところがテサロニケの人々の中には、再臨の時がいつ来るのかと気にしてばかりいて、問題になっていました。そんな彼らをパウロは戒めたのです。パウロは次のように教えました。
「あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、私たちは生きていると言える」(テサロニケの信徒への手紙一3章8節)と教えたのです。
彼らにパウロが命じたことは「今を生きる」ということです。いつ起こるか分からないことを気にして生きるのではなく、もっといい生活があるはずだと、今をおろそかにするのではない。再臨の希望を心に留めながら、今をどう生きるのかをパウロは示しました。
少し話が脇にそれるようですが、来週から使う「聖書協会共同訳」では、今の聖句は「私たちは今、安心しています」と訳されていて「生きる」という言葉が抜けていました。しかしギリシャ語の原文では「生きる」という言葉があるので、新共同訳の「今、私たちは生きている」という訳の方が原文に忠実だと思います。パウロがこのテサロニケの手紙で教えていることは、再臨の理解をしっかり説明したうえで、今をしっかり生きるということです。
「メメントモリ」という言葉があります。「死を覚えよ」という意味です。命に限りがあることを心にとめて、今を生きることに目を向ける言葉だそうです。パウロはこの手紙の中で、再臨の時を心にとめて、今を生きることを勧めています。それを「聖なる者となる」とか「主に倣う者になる」と表現してきました。今をどのように生きるのかという具体的な教えが、みなさんもよく耳にする、テサロニケ第一の手紙5章の言葉です。
「兄弟たち、あなたがたに勧めます。怠けている者たちを戒めなさい。気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(テサロニケの信徒への手紙一5章14-18節)。
このように、今を生きることをパウロは教えているのです。今私たちは生きている。キリストの命を生きています。それはキリストの復活の命であり、永遠の命に与って生きることを意味します。生けるイエス様と今、共に生きるということです。
「生きているのは、もはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられる」(ガラテヤの信徒への手紙2章20節)。それが、今日の聖書箇所4節で、パウロがテサロニケに人々に命じてきたことの意味です。これはキリストの復活を理解するうえでも、クリスチャンとしての自覚を考える時にも、そして福音という良い報せの意味を知るうえでも大切なことです。

Ⅱ.キリストの忍耐

続いて、今日の聖書箇所5節で「神の愛」と「キリストの忍耐」とを悟りなさいとパウロは結んでいます。これはイエス様をまだ信じていない人を、信じて救われるように待っているという忍耐です。キリストの忍耐について、パウロはローマ書で次のようにのべていました。
「滅びることになっていた怒りの器を、大いなる寛容をもって耐え忍ばれた・・・」
(ローマの信徒への手紙9章22節聖書協会共同訳)
とありました。パウロは、イエス・キリストをまだ信じていない不信仰な人たちを「大いなる寛容をもって耐え忍ばれ」ているというのです。それがキリストの忍耐です。イエス様が話された「ブドウ園の労働者と主人」の話が、このことをよく表していると思いました。

Ⅲ.ブドウ園の主人の忍耐

あるブドウ園の主人が、農園で働く労働者を雇います。最初は夜明け行って一日1デナリオンで雇います。次に9時に広場に行くと、まだ人がいたので雇います。さらに同じ条件で12時、3時と広場に行って雇った。最後に夕方5時ころにまた行くと、まだ人がいた。主人は、この人たちもブドウ園に送り込んだ。夕方になって主人は、最後に来た者から順番に報酬を払うように命じた。5時から働いた人に1デナリオンが支払われた。途中から来た人にも、朝一番から働いていた人にも同じ1デナリオンを払いました。当然のようにクレームが出ました。早朝からフルに働いた人は「何で最後に少ししか働いていない、彼らと同じ報酬なのだ」と言います。けれども、主人は約束を破っていません。「友よ、あなたは私と1デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。」という話です。
気前の良い主人は、神様に譬えられていて、神様が与えてくださる恵は、働く時間の長さや、仕事の質で測ることをなさらないということです。信仰生活が50年であろうと、数日間の信仰生活であっても神様の恵は同じです。
洗礼を受けたばかりの頃の私は、どう考えても不平等だと思えて理解できませんでした。しかし、それだけこの話は、人間的な価値観と神様の価値観が違うという典型的な話だと思います。私が思うには、ブドウ園の主人は朝一番で仕事を探している人全員に来てほしかったのだと思います。でも呼びかけに応じた人は一部の人だったのです、ですが主人はまた広場に行きました。一日に何度も「ブドウ園で働かないか?」と呼びかけに行ったのです。もしかしたら、呼びかけたのに応じないで様子を見ている人も、いたのではないかと思うのです。そんな人もいるのを承知で、主人はまた呼びかけに行った。しかし、主人は「何でまだ来ないんだ!」とイライラして我慢して呼びかけに行ったのではない。大いなる寛容をもって耐え忍ばれて呼びかけに行った。そして最後に、気前良く支払いをしてくださる、それが神の忍耐です。
いつものブドウ園の労働者のたとえ話を、ちょっと違った解釈からお話をしましたが、これは自分の経験からも思わされます。私は小さい時から親と一緒に教会に行く機会はありましたが、決して自分から教会に行くことはしなかった。呼びかけに応じなかったのです。社会人になってから信仰を持つことができました。それまでイエス様は本当に忍耐してくださったのだなと思います。キリストの忍耐によって生かされている。その寛容な忍耐に今とても感謝しております。
先週、長年教会学校の奉仕をされている姉妹と話しをする機会がありました。その姉妹は、教会付属のみどり幼稚園の先生もされていたそうです。その卒園生にずっとクリスマスカードを送っていると聞きました。最初の生徒さんは、今60歳を過ぎたと聞いて驚きました。今も毎年、聖書のみ言葉が書かれたカードを送っているそうです。中には信仰をもっていない人もいて「先生が送ってくれたカードの御言葉と同じ言葉が、近くの教会に張り出されていました。それで久しぶりに聖書を開きました」というお便りが来たそうです。信仰をもつか持たないかは分かりませんが、ひたすら何十年も御言葉付きのカードを送っている。その姉妹は「いつになったら信仰をもってくれるのかな?」とイライラしてカードを送っているのではないのです。「自分は本当に恵まれている」と話していました。
その姉妹の話と、ブドウ園の主人が呼びかけ続けていたこと、神様が再臨の時まで、寛容な忍耐をもって救いに招き続けている、忍耐の意味が分かるような気がしました。
パウロは、そのキリストの寛容な忍耐を悟りなさいとテサロニケに人々に伝えています。迫害など、いろいろと問題があって宣教が進まなくても、キリストは寛容に忍耐してくださるから、焦らずに、しっかり今を生きて福音を伝えなさいと教えているのです。
神様は、悪をもって悪に報いてしまう、私たちのことを知ってくださいます。弱い人を支えられない、いつも喜ぶことができない、祈ることができない、感謝を忘れてしまう私たちの弱さを知っていてくださいます。そのように今を生きるということができない、私たちの欠けを知っていて、それでも今も寛容をもって忍んでくださっています。神の愛、キリストの忍耐を悟り、今、与えられている中で、生きていきたいと思うのです。
お祈りをいたします。

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キリストにならいて

杉本 巌 神学生
ヨハネによる福音書13章3~8節
ペトロの手紙一5章6節
2021年3月21日

1. 高座教会での一年間

高座教会に遣わされておよそ一年が経ちました。その間、自分達の集会を保つことも難しい中にあって、私たちを迎え入れてくださっている高座教会の皆さんに、感謝を申し上げたいと思います。昨年度来、私たちの想いと意識の多くはコロナウイルスの対策へと向かい、その中で私たちはこのコロナウイルスとどのように生きるべきかという事が大きな問題となってきました。
しかしある時、ふとコロナウイルスの影響や自分の身の周りのことだけではなく主事室スタッフや、長老の方々、教職の先生方の事を思う機会を与えられました。
このような状況であるにも関わらず、多くの方々が教会を建て上げようとしている。ただ、自分の礼拝を守るだけではなく、今できる最善を尽くして他の方の霊的なケアをしようとしている。その姿を見せていただいた時、私はこの一年間、高座教会で真に学ぶべきこと、教会とはどういうものなのかという事を改めて、示されました。

2. 受難節に想いを馳せること

私たちは、今、自分たち自身もまだまだ困難が続く中での、受難節をすごしています。私たちは本日、この受難節の時に私たちの主であるイエス様がどのように振る舞ったのかという事を、共に見ていきたいと思います。
イエス様は本日の聖書箇所のうちで「ご自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟った」、と書かれている。受難節に入り、イエス様の地上での生涯の終わりの時が間近に迫っていました。人生の最後の時と言うのは、その人の生き方が現れるものですが、イエス様が公生涯の最後に選ばれたのは、弟子たちと共に食事をし、そして弟子にひれ伏して足を洗って教える事でした。
今でも人にひれ伏すという行為は、自分の立場を低くすることを意味しますが、当時、身をかがめて足を洗うという事は奴隷が高貴な主人をもてなす際に行う行為でしたから、恐らく弟子たちの多くは本当に戸惑ったのではないかと思います。
その為に、シモン・ペトロは「わたしの足など、決して洗わないでください」と言います。イエス様に対する尊敬の想いが溢れての言葉でしょう。ここでは、ペトロの名が記されていますが、他の多くの弟子たちも恐らく、共通の想いでいたことだと思います。
しかし、イエス様はペトロにこう返答します。「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」
イエス様に対して、尊敬の念を込めての発言をしたペトロは、突如として冷や水をかけられたような驚きに満たされました。そして、イエス様のこの言葉にペトロは急いで、言葉を翻します。
一方で、この「足を洗う」という事の意味が、それほどまでにイエス様にとって大切なことだったことが伺えます。何故、この足を洗うという行為はなぜ、それほど大切な行為だったのでしょうか。この時、足を洗う事は単に奴隷や召使が主人に対してもてなすという事だけではなく、むしろ人々の罪の為の贖いをすることを意味するものでもあったからだと聖書学者たちは解釈しています。
その意味でペトロの発言は意図していなかったにせよ、自分自身での救いの達成や、自分は神様の力に頼らなくても何とかやっていけるものである、仕えて頂く必要などはないという人間の傲慢さの象徴でした。

3. ペトロにとってのへりくだり

本日、もうひとつ指定させていただいた本日の聖書箇所は、今年度の高座教会のテーマ聖句で、ペトロの手紙第一5章6節です。聖書の中の2通のペトロの手紙は、聖書学者によれば、ペトロの最晩年のものであると考えられます。
ペトロの手紙の5章の手紙の挨拶には「バビロン」すなわち、当時の様々な放埓や、あらゆる悪の中心地であるローマにいることが示されており、ペトロはその地で迫害によって、亡くなったと言われています。
ペトロはその最晩年に神の力強い御手の下で、自分を低くすることを勧めています。
それは何故かと言うと、この聖句の前後を見るのであれば、それはキリストがまさにそのように、この地上での生涯を歩まれて、そして、その生涯の最後に私たちの初穂として、復活され天に昇られたからです。この手紙を書いた時、ペトロの目には、自分の若い時に歩んだ、イエス様の地上での生涯が頭にあったと思います。
とりわけその時、頭にあったことはイエス様がご自身の死の直前にまで、自分を低くされ、受け入れられ、弟子たちの足を洗ったその姿勢だったと思うのです。
ペトロは最晩年になって、後世のクリスチャンたちにへりくだることを教え、互いに愛し合う事を教えました。あるいは迫害の中での自分の死も見えていたかもしれません。
そんな時に、ペトロは多くの兄弟姉妹たちに、自分を低くすることを伝えました。まさに、主イエス・キリストが最後にそのことを残されることを望まれたからです。

4. 私たちはどう生きるか?

私たちは、この与えられている時をいかに生きるべきでしょうか。どのように、日々を生きるべきでしょうか。へりくだって歩むこと、誰かの足をイエス様に倣って洗ってあげる事、私たちに負い目のある人を赦して身を低くすることが今、望まれている様に思います。互いが互いの為に愛せるならば、その想いはイエス様にもまた愛され、来る日に高く引き上げて頂けるのではないでしょうか。
そうすれば、私たちはイエス様のように引き上げられるのだという事を伝えました。なぜなら、それこそがペトロ自身において経験したことであり、イエス様に倣う事だったからです。私たちもイエス様に倣って日々を歩みましょう。そして、謙遜さをお互いに伝えあう、そうした歩みを今週も、またしていこうではありませんか。(※「今週もまた、そのような歩みを進めていこうではありませんか」、「今週もまた、そのような歩みをしていこうではありませんか」と、「歩みを」と「していこう」の間に言葉が入らない方がつながりやすいように感じました。お祈りをいたします。

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主イエス・キリストを信じます―使徒信条⑦

松本雅弘牧師
出エジプト記32章1~6節
マタイによる福音書16章13~20節
2021年3月14日

Ⅰ.はじめに

クリスチャンになる前、「イエス」が名前で、「キリスト」は苗字(ファミリーネーム)だと思っていました。そうではなく、ギリシャ語の「キリスト」とは称号、ヘブライ語では「メシア」、「油注がれた者、メシア/救い主」という意味です。使徒信条において、「主イエス・キリストを信じます」というのは、2千年前にベツレヘムで生まれ、ナザレで育った「イエス」という名の人を「メシア/救い主」、すなわち「キリスト」と信じます、という告白です。
今日、読ませていただきましたマタイ福音書からの箇所には、まさにペトロがこの告白をしたことが紹介されています。

Ⅱ.ナザレのイエスは何者なのか?

ここで主イエスは弟子たちに向かい、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになりました。それに対して弟子たちは、「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の1人だ』と言う人もいます」と応えました。考えてみれば、「洗礼者ヨハネ」、「エリヤ」、そして「エレミヤ」、どれ一つ取っても、人間として受ける最高の評価です。そして現代に至るまで、「ナザレのイエス」、ベツレヘムで飼い葉桶に生まれ十字架に掛けられて死んだ、ひとりの男に対し、本当に様々な評価がなされてきました。
ところで、ナザレのイエスを聖人と考える人、偉大な宗教家、または人生の教師、社会改革者と考える人もいるでしょう。多かれ少なかれ誰も最初はそのように考え教会の門をくぐるのではないでしょうか。ただ礼拝に出席し聖書の言葉に耳を傾け、教会の人たちと触れ合う中、次第に〈あれ、様子がおかしいぞ〉と始まる。何か違うことに気づく。そして人々は去っていく。ある牧師がこんな風に語っていました。「“人生の教師”としてイエス・キリストを見、“人生の学校”として教会をとらえる人は、やがて卒業して去っていく。」
教会学校の先生が私に、こう話してくださったことを今も覚えています。世の中には偉人と呼ばれる人はたくさんいる。そうした人たちは「ここに道がある、これが真理だ」と人として歩むべき道、真理を指し示す。でもナザレのイエスだけは違う。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ14:6)とご自分が道そのもの、真理そのもの、命そのものと言い切る。そうです。信仰に与る者はある時、この事に気づき、視点の転換が起こるものです。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」
考えてみれば、これはとてつもない発言です。教会に導かれた者は、イエスのこの言葉が本当かどうか。人生のどこかの時点で真面目に向き合うように招かれていると思うのです。イエスは単なる大嘘つきか、その発言のままのお方かどうか…。もし大嘘つきだけの男であるならば、礼拝に集うことは無意味ですし時間の無駄です。気休めにしか過ぎない。でもそうでないならば、主イエスのこの発言は聞く者たちに、ある種の態度決定を迫る発言となります。ここで求められるのは、周囲の者がどう言っているかではありません。自分の家がクリスチャンホーム、親がクリスチャンである、あるいはミッションスクールを卒業した、そんなことを聞いているのではないのです。主イエスが聞きたいこと、それは「あなたはわたしを何者だと言うのか」ということ。それをあなたの口から聞きたい。あなたの考えを、その考えに基づきどう生きていくのか、生きて行きたいのかを聞きたいのです。

Ⅲ.恵みの契約によって神との生きた関係が始まる

ところで、以前、高座教会にも来られたことのある千代崎秀雄先生が、洗礼を受ける際の信仰の告白は結婚の誓約に似ている、とおっしゃっていました。どこがどう似ているのか。先生曰く、「健やかな時も病む時も」とあるように、調子のよい時だけではなく、どんな時にも相手に対する誠実さを保つ誓いでもあるからだ、というのです。確かに聖書は神と私たちとの関係を結婚にたとえて教えます。あの出エジプトの出来事の後、エジプト王ファラオのくびきから解放された人々はシナイ山において神と契約を結びます。言わば、「結婚の誓約」をするのです。この時から正式に神の民イスラエルとなります。そしてその結婚関係が守られ、祝福された関係となるために与えられたのが十戒を中心とする律法です。結婚の契約関係に入ったのは、律法を守った結果ではありません。あくまでも律法は「神の民たる者/主の花嫁たる者はいかにあるべきか」を示すものです。特にカンバーランド長老教会ではこの契約関係を「恵み」と呼びます。これとは対照的なのが一般的な契約関係です。この4月から新社会人になる方もあることでしょうが、就職で「試用期間」という時期を設ける場合があります。まずは試験的に採用してみる。そしてよく働けることが分かったら本採用となる。イスラエルの民の場合はそうではない。最初から本採用なのです。その証拠に、律法は神の民として本採用された後に与えられている。この順序が大事なのです。実は、シナイ山において恵みの契約を結んだイスラエルの民、最初から本採用でした。しかしその彼らが、その律法を早々と破るという大事件が起こります。今日、お読みしました出エジプト記32章の出来事です。金の雄牛の像を作って、「これがあなたがたの神々だ」と言って、祭壇を築き、お祭り騒ぎを始めたのです。預言者ホセアの言葉を使うならば姦淫の罪を犯したのです。結婚なら破談もの。会社でしたらクビになっても当然のような事件です。しかし契約は取り消さなかった。この金の雄牛の像の事件こそ、後のイスラエルの歩みを象徴するような出来事でもありました。花嫁イスラエルは繰り返し律法を破ります。しかし、にもかかわらず、主なる神は彼らを赦す。結婚関係、自らが結んだ恵みの契約に誠実を尽くしたのです。ただ、そのために、主なる神はどれだけ心を痛めたか。犠牲を払ったか。贖いの血が流されたか。執り成しの祈りや労が捧げられたか。そうした一つひとつの労苦は、新約に至り、最終的には十字架の贖いにつながっていくのです。
この時の主イエスの問いかけ、「あなたはわたしを何者だと言うのか」、この問いかけは、正に恵みの契約への招きの言葉なのです。これに対し私たちを代表しペトロは、「あなたはメシア、生ける神の子です」と告白したのです。私たちで言うならば、そのように告白し洗礼へと導かれ、神との生きた関係が始まっていくのです。

Ⅳ.私たちを宣教の業へと導いていく告白

さて、ペトロのこの告白に対して主イエスは大変喜び、「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ」とおっしゃった。そして、「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」と言われたことが記されています。私たち自身の信仰の告白を振り返ると、その背後に必ず神さまの導きがあったことを知る。見えざる神の導きがある。つまり一方的な恵みの出来事であることを知らされるのです。さらに主イエスは続けて「わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」と語られました。キリスト教会には、主イエス・キリストから地上における天国への入り口としての重大な使命を与えられている。そのことにも畏れと不思議さを覚えさせられます。ともすると、神さまからいただいた恵みが当然となり、驚きも感謝も薄れ、天国の「鍵」も自分でコントロールの利く「自分のもの」と思い込む時に、キリスト教会は傲慢に陥り、塩気を失うのではないでしょうか。
今日は、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」、という主イエスの御言葉を何度か読ませていただきました。主イエスはそのようなお方です。それゆえ使徒信条をもって、「主イエス・キリストを信じます」と告白する時、信じるお方が救い主なる方ですから、これからも真面目に宣教の業に励まなければならない。とくに愛する家族の者たちと一緒に、地域に住む仲間と一緒に、これから後も、神の国の恵みのなかに歩んで行きたいからです。お祈りします。