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イースター礼拝 主日共同の礼拝説教

復活の主イエスに出会った最初の人

松本雅弘牧師
ヨハネによる福音書20章11―18節
2020年4月12日

Ⅰ.週の初めの日に起こった出来事

主イエスが、「渇く!」と言われ、「成し遂げられた!」とおっしゃって、十字架の上で息を引き取られたのは金曜日の午後三時頃でした。翌日の安息日が明けた翌朝、朝早く、まだ暗いうちにマリアが墓に向かいました。すると墓を塞いでいた石が取り除けられていたのです。彼女は急いで引き返し、再びペトロとヨハネとで墓に向かうのです。確かにマリアの言った通り、ペトロもヨハネも全く理解せずに、同時に怖れと驚きで心満たされながら仲間の弟子たちのところに戻ったのです。しかしマリアは残り、墓の外に立って泣いていました。

Ⅱ.マグダラのマリア

さて福音書はマリアを「マグダラのマリア」と紹介しています。「マグダラ」とはガリラヤ湖の西岸にある町の名です。そこは商業都市に通じる主要道路が通っていて、いかがわしい歓楽街としても有名な町でした。ですから当時「マグダラ」という地名にはよくないイメージが込められていたと言われます。マグダラのマリアは主イエスによって7つの霊を追い出していただいた女性でした。その7つの霊のために多くの問題を抱え、悩み、打ちひしがれ、絶望的な人生を送っていたのがマリアです。そのマリアがイエスさまと出会い生まれ変わったのです。「多く赦された者は、多く愛するようになる」と主は言われましたが、まさにマリアは多く愛されたことを実感したが故に、他の誰にも勝って主イエスを多く愛する弟子として、この時まで従い続けてきたのです。そのマリアが泣いている。自らの人生に革命をもたらしたお方が、三日前に死んでしまったからです。
さて泣きながら身をかがめ中を覗いてみると白い衣を着た2人の天使が座っていて「婦人よ、なぜ泣いているのか」と尋ねたと書かれています。彼女は訴えるようにして答えます。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」
この時のマリアにとって、こんなやり取りはどうでもよかったにちがいない。ですから彼女の方から会話を中断します。目の前にポッカリ口を空けた墓も、そこには「想い出」はあっても、生きる希望、生きる力はない、絶望のどん底なのです。

Ⅲ.復活が信じられなかったマリア

さて今日は主イエスの復活を祝うイースター礼拝です。でも聖書を見ますと、マリアをはじめ誰一人として、主イエスが復活することを期待していなかったことが分かるのです。そんなマリアの背後から声がしました。墓を覗くことをやめて後ろを振り返ると、そこにイエス・キリストが立っておられた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」と訊かれます。でも気づいていないのです。アリマタヤのヨセフの園を預かる番人だと勘違いしています。消えてしまったイエスさまの遺体を取り戻したい。そして大変皮肉なのですが、一番求めている、そのお方、復活の主が目の前におられるのに、彼女が問題にしているのは、主の亡骸、生ける主ご自身ではなくて、あくまでも「遺体」のことだったのです。
でもその人から、「マリア」と呼ばれた時、その語りかけによって彼女の心の目が開かれていきます。いつも礼拝の中で、聖書朗読の前に「照明を求める祈り」を祈りますが、私たちは神さまに心を開いていただかなければ、暗い心を照らしてくださらなければ、自分でキリストを見ようとしても見ることはできないからです。語り掛けてくださったお方が、主イエスだと分かったマリアは、「ラボニ/先生」と応答したのです。きっといつもマリアが主をお呼びするときの呼びかけ方だったにちがいない。即座に主だと分かって、足に縋りついたマリアに対して、「わたしにすがりつくのはよしなさい」と、優しい語りかけだったと思います。

Ⅳ.「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。」

ところで「わたしにすがりつくのはよしなさい」との言葉に対し、いつも腑に落ちない思いを持っていました。と言いますのは、この後、主イエスはトマスに向かって、「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい」と触れるように、さわるようにと促しています。マタイ福音書にも復活の主に出会った女性たちがその足を抱いたことが出てきます。でも何でマリアに対してだけは、「わたしにすがりつくのはよしなさい」とおっしゃったのでしょうか。「すがりつく」という言葉を調べますと、単に触るとか、確かめるために触れるということではなく、「対象物を失わないで、所有し続けることを願って、それを捕まえている」という意味のある言葉であることが分かりました。主イエスの墓が空になって遺体が行方不明。主イエスとの絆の最後の証しでした遺体が失われてしまった。ちょうどその時、「マリア」と語りかけられ、そのお方が、主イエスだと分かったのです。ですから、「もう決して離しません」と言わんばかりに、しっかり摑まえ離さないのです。主イエスと弟子たちのお世話をしながら、宣教旅行を一緒にしてきたのでしょう。一緒に語り、共に食事をし、御言葉の説き明かしをしてくださった。そうした主イエスとの交わり、前と同じような主イエスとの関わりを、もう決して失いたくないと思って、一瞬のうちにそう決意したのだと思います。そのマリアに対し、「わたしにすがりつくのはよしなさい」と、主イエスは言われたのです。実はその理由が、その後の17節の主イエスの言葉に出てきます。「イエスは言われた。『わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。「わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る」と』。」ここで主イエスが繰り返し語っていることは、「父のもとへ上る」ということでした。だからすがりつくのは止めなさいと言われたのです。
信仰告白の言葉を使うならば、「昇天」です。主イエスが復活されたのは、天に昇るためであった。決して地上の生活に戻るためではない。父なる神の許に昇って行くための復活です。宗教改革者のカルヴァンが「キリストの復活は、主イエスが天にのぼり、父なる神の右に座したもう時まで、十分で完全ではなかった」と語るのは、そうした理由からです。
そういえば、この日の4日前、十字架の前夜、最後の晩餐の席上で、主イエスは弟子たちにお話されました。「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る」(16:7)。この約束を実現するために自分は、この復活の体をもって昇天していく。確かに肉眼で私の姿を見ることはできなくなる。でも、「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる」。つまり、遥かに勝る恵みの現実を見るように、味わうようにと、主イエスはマリアに対し、そして私たちに対してしっかりと語られた。それはイエスの霊である聖霊が注がれるという現実です。父なる神さまの右の座にお着きのキリストご自身が聖霊によって教会の生命そのものとして、私たちの交わりの只中に今も生きて働いておられること。私たち教会と共にいてくださり、教会を生かし、御言葉を悟らせ、御言葉によって養い育て、教会を守り導いてくださる。私たちは、マリアのような誤りを犯しがちです。でも主イエスは復活され、天に昇り、そして約束どおり弁護者/助け主である聖霊を送ってくださった。そのことによりマリアが味わった、弟子たちが経験した、地上での主にある交わりよりもはるかに親しい交わりの中に私たちを置いていてくださっている。
先週の70年史の原稿を新教出版社に届けました。私は作業に携わらせていただき、神さまの私たちに対する熱い情熱を強く感じたことです。高座教会の歴史を振り返ると様々な課題がありました。現在もそうです。そして今、教会はコロナウイルスによるパンデミックという嵐の中に置かれている。でも、聖霊において主イエス・キリストが共にいてくださるのです。教会の歴史を振り返るとどんなときにも聖霊が教会に、私たち一人ひとりのうちにおられ働きを始めてくださった。そのお方はその働きを必ず完成してくださる。昇天の時、主イエスは「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と約束されました。どこにあっても、どんなときも主イエスと離れることはない。私たちと共にいてくださる。その恵みに支えられて、復活の主イエスを心から賛美しようではありませんか。お祈りします。

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復活の祝福―エマオのキリスト

 

松本雅弘牧師
2019年4月21日
イースター礼拝
列王記上19章1~13節 ルカによる福音書24章13~32節

Ⅰ.「エマオへの道」

“エマオに向かう/足の重い二人の弟子に/復活のイエスは加わった/それとは知れず/互いに/話はアネモネの花のように心にはずみ/虫ばまれた丸木橋の上では/イエスが一番先に渡り/また三人で並んで旅をいった”
(島崎光正作 「エマオ途上」)
高座教会にも来られたことのあるクリスチャン詩人、島崎光正の「エマオ途上」と題する詩です。アネモネは復活の命の象徴であると言われています。そのアネモネと対照的に「虫ばまれた丸木橋」が「死の象徴」として出て来ます。その橋を主イエスが先頭に行かれる。だから続く者たちは丸木橋から落ちることはありません。
島崎はイエスに続く者たちを、冒頭で「足の重い二人の弟子」と表現しています。そう言えば教会に来られた島崎先生は、足に障がいを抱えていて、講壇にのぼる時、重そうに足を引きずっておられたことを思い出します。島崎光正は死を超えるいのちの旅を、なお主と共に歩む復活の信仰の喜びとうたいました。詩ばかりではありません。多くの画家がこの場面を描いています。

Ⅱ.暗い顔をした2人の弟子たち

さて物語の語り出しに注目しましょう。「ふたりの弟子」が登場します。「弟子」と聞けばペトロ、ヨハネ、ヤコブといった12弟子を思い浮かべます。でも福音書記者のルカは、ちがった見方をしているようです。続編の使徒言行録で、ルカは弟子たちを一般的なクリスチャンを指す言葉として使っているからです。
弟子とは受洗し教会員となった者。特別な人たちではなく私たちのことです。そう考えるとこの「ふたり」も私たちと同じ普通のクリスチャンでしょう。そのうちの1人がクレオパという名の弟子でした。クレオパの名が出て来るのは聖書でここだけです。どんな人だったのか、昔から様々に想像されてきました。その1つに、クレオパともう1人の弟子は夫婦だったのではないか、との解釈があります。
ヨハネ福音書に、十字架の傍にいた人々の名前が出て来ますが、そこに「クロパの妻マリア」とあります。この「クロパ」と「クレオパ」が同一人物だったのではないかと昔から言われてきました。
エルサレムからエマオに向けて歩いている。エマオの村に着くとこの2人は同じ家に入り、主イエスに、お泊りになるようにと願っています。同じ家に住んでいる男女と言えば夫婦である可能性は高いのです。ただ、2人の弟子を男女として描いた絵など見たことはありません。
以前、ある長老が、「自分たち夫婦は、よく夫婦喧嘩をする。口論をする。それは決まって教会のこと。どちらか一方がクリスチャンでも教会員でもなければ、こんなに喧嘩することはなかったと思うことがよくあるんです」と嬉しそうに話してくださったことを思い出します。
教会のことを真剣に考えると、やはり熱くなります。イエスさまのことを熱心に思うあまり議論にもなる。そばにいる者からしたら夫婦喧嘩のように見えるかもしれない。でもご安心ください。そうではないのです。
2人の弟子たちもそうでした。エマオに住んでいた彼らは、不思議な導きで主イエスを知った。主イエスの言葉に心惹かれるようになった。そして今年の過越祭、主イエスにお目にかかるために都に行ったのです。
ところが思いがけない出来事に遭遇します。十字架です。ただそれで終わりません。3日後の早朝、仲間の婦人から「主は生きておられる」という知らせを聞かされた。何が何だか訳が分からない。そうした混乱の中、エマオに戻る途中だったのです。「二人は暗い顔」(17節)をしています。顔の表情は心のバロメーターです。
4月になって始めた新生活も、3週間が経過した今、〈こんなはずでは…〉と立ち尽くす時があるかもしれません。顔は暗くなります。
先週の月曜日、ノートルダム大聖堂が火事になり、何度も流されたニュースの映像を見ながら不思議な失望感を味わい暗い心で過ごしました。また、親しいはずの友からがっかりするような言葉を聞かされたりすれば、私たちの顔は暗くなるのです。
この時の2人もそうでした。主イエスが十字架で殺されたからでしょうか。いや理由はもっと複雑です。彼らの顔を暗くさせる直接の理由はもっと別のところにありました。仲間の婦人たちが持ち帰って語った言葉、「イエスは生きておられる」(23節)という言葉を聞いたからなのです。
不思議です。そして何と皮肉なことでしょう。彼らは主の弟子です。その彼らが主イエスの甦りの知らせ、「イエスは生きておられる」と聞いて喜び溢れたのではなく、逆に暗い顔になったのです。こんなことって、あるのでしょうか。でも私は思いました。これが現実なのではないだろうかと。私たちも主イエスの復活を聞いています。そう信じているはず、いや信じています。しかしそれが喜びに繋がっていない現実がある。知っていても表情は暗い。
さらに滑稽なことが起こります。暗い顔をして立ち止まったクレオパが、「あなただけは、ご存知なかったのですか」と、なかば呆れ顔になり、主に向かって尋ねるのです。
確かに誰もが知っていたことです。過越祭には数えきれない人々がエルサレムに来ていました。今の時代とは違いますから、巡礼者が出来事の一部始終把握するのは不可能です。
そうだとしても、この時だけは違うのです。それは祭の最中、それも都のど真ん中で起こった出来事なのですから。イエスの死、その3日後、墓が空っぽになったという事件。そこに居た誰もが聞かされたことです。目撃者もいました。そうしたことを何も知らない、この人は!
ですから呆れて、「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか」(17節)と、言ったのです。
でも、どうでしょう。このやり取りの中で気づかされることがあるのです。それは、私が知っていることを主イエスが知らない訳がないということ。本当の意味で知っているのは私の方ではなく、主なのです。

Ⅲ.真実をご存じの主イエス・キリスト

いよいよここから幸いな時間がやって来ます。「聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された」(27節)のです。2人の弟子、あるいは夫婦だったかもしれない。都からエマオに行く途中話し続け、夫婦で議論していました。2人の心は、主イエスの死、主イエスの甦りの話題で占領されてはいたのでしょうが、皮肉なことに彼らの心には、生ける主ご自身、その復活の命はなかったのです。
私たちも知恵に基づいて聖書を論じることがあります。しかし、それがどんなに熱心で興味深い話であっても喜びが起こらないことがあるのです。それは、その議論の中に主イエスがおられないからです。
私たちは知らされます。ルカが伝えようとした復活とは、主が現れてくださるということ。主が生きて、今も私たちを訪れ続けてくださることです。時には叱り、御言葉を悟らせてくださる主イエスさまです。

Ⅳ.復活の祝福

こうしてエマオにやって来ました。そこで2人は主イエスを引き止め、一緒に食事をすることを願いました。それに応えてくださり、主イエスはパンを取り賛美の祈りを唱え、それを分け始めます。食卓での一連のこの行為は当時、その家の主人、本来クレオパがすべきことでした。でも、どういうわけか主がすべてしてしまわれたのです。
もう1人の弟子がクレオパの妻であったなら、彼女が大急ぎで用意した食卓でしたが、主は彼女に対しても、「ここに座りなさい。この食卓は私があなたがたをもてなすのだから」とおっしゃるのです。「すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった」(31節)のです。そうです。主イエスの姿が見えなくなった。でもそれだけです。主イエスは彼らと共におられたのです。
主イエスが彼らに現われてくださった、その証拠に2人の弟子、この夫婦はすぐに立ちあがり、12キロの道のりを引き返しています。すでに夜なのに、疲れていたのに。休むこともせずエルサレムに戻って行きます。光の中を、暗い顔をして帰って来た彼らが、今度は真っ暗な夜道を喜びに溢れ、光り輝く顔をしながら急いでいるのです。
2014年に礼拝堂をリニューアルした時、「エマオへの道」という名の廊下を作りました。この日、弟子たちは「エマオの道」を歩き、食卓でパンが裂かれた時に主イエスだと分かった。ですから私たちも毎週、「エマオへの道」を通り、復活の主にお会いする思いで礼拝堂に入り、主が備えてくださる食卓を囲む交わりに導かれていくのです。
歴史の教会は聖餐を祝うごとに、この時の出来事を思い起こしてきました。目で見ることは出来ません。でも「イエスは生きておられる」のです! だからこそ彼らは明るく輝く顔で暗い夜道を引き返せたのです。
「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽せないすばらしい喜びに満ちあふれています。」 (Ⅰペトロ1:8)
お祈りします。

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復活と派遣

2018年4月1日
イースター礼拝
松本雅弘牧師
ハバクク書3章8~19節
マタイによる福音書28章1~20節

Ⅰ.イエスの死に圧倒されていた弟子たち

世界で最初の受難日、主の十字架の翌日の土曜日、またそれ以降、弟子たちは何を考え、何をしていたのでしょうか。主イエスの十字架の後、弟子たちを包む空気はこれまでと全く違っていたと思います。福音書を読んでも、はっきりとは伝えられていませんが、1つの手掛かりとして、天使が、「あの方は…、あなたがたより先にガリラヤに行かれる」(28:7)と語っていることに気づきます。
一連の厳しい出来事を経験した彼ら弟子たちは、ガリラヤに帰ろうとしていたのです。天使は、そうした彼らの思いを受けるように「あなたがたより先に」と語ったと理解できます。
では何故、ガリラヤなのでしょう。聖書を読む限り、この時の弟子たちは、復活の望みに生かされてガリラヤに行こうとしたのではありません。むしろその逆です。
普通の神経の持ち主でしたら、十字架の直後は何も考えられなかったに違いありません。弟子たちにとって、エルサレムは過ぎ越しの巡礼で訪れた場所、あくまでも滞在地に過ぎません。主イエスの十字架の死に出会って、〈戻るとすれば〉と、咄嗟に浮かんだのはガリラヤの風景だったでしょう。あのガリラヤの海、緑に囲まれた、美しく、自然豊かなあの土地、故郷ガリラヤです。ですから直感的に、〈ガリラヤに戻ろう、そこで一からやり直したい〉と思ったのではないでしょうか。ただ「やり直す」と言っても、すでに主イエスは死んでしまいました。ですからもっと以前、主イエスと出会う前まで遡ります。ペトロ、ヤコブ、ヨハネやアンデレは皆、元は猟師です。〈漁に戻るしかない〉、そう思って〈ガリラヤに帰ろう〉と考えたと思われます。
ある説教者が語っていました。「ここには、はっきりと1つの死の事実がある」と。彼ら弟子たちにとって、主イエスは死んでしまった。それが彼らを包み込む、決定的な出来事だったのです。

Ⅱ.圧倒的な力をふるう

「死んだら御終い」という物語
私を導いてくださった宣教師は「私は死ぬのが怖くありません」と胸を張って語りました。高校生だった私にとってその言葉は衝撃でした。「死んだら御終い」と思っていましたから。
科学万能の今の時代では、「死んだら御終い」と考えることが、よほど人間らしく合理的な考え方だと思われるのではないでしょうか。「健康至上主義」が花盛り、「アンチエイジング」などという考え方がありますが、それはひっくり返せば死の恐怖に怯える人間の姿です。
この時、弟子たちの心を支配していたのも同じ思いでした。そしてまた、今日の聖書箇所の冒頭に登場する2人のマリアもそうでした。彼女たちが、墓に主イエスを訪ねたのは、復活の主にお会いするためではなく、主イエスの遺体の前で思う存分嘆き、悲しみ、泣きたいだけ泣くためでした。
主イエスは、生前、復活の約束の言葉を語っていましたが、十字架の後に、主の約束のその言葉を口にしたのは、弟子たちやマリアたちではなく、皮肉なことに、イエスを十字架にかけた側の人々でした。彼らには、復活を否定する「動かざる証拠」として、イエスの遺体がありましたから、そこに番兵を配置します。遺体が盗まれでもして、「ほら、イエスの予告通り、復活した。だから墓が空っぽなのだ」となったら厄介だと思ったからです。
そのように、彼らは復活の約束を覚えてはいました。ただ正確に言えば、覚えてはいたが信じてはいなかったのです。「お墓が人生の終着駅」という物語に生きていたのです。
弟子たち、そして2人のマリアと同じです。〈主イエスは先に逝ってしまわれた。やがて、自分も死んでいく〉、そうした思いです。
そうした「死の物語」が私たちの心の奥深く、既に根付いてしまっているのです。
この物語に心が支配されている時、私たちは不安を覚えます。いつ死が訪れるのか分かりませんから…。10年先ですか、あるいは2、3年先ですか……。そうしたことを、いつでも考えていなければならないのです。
ある人は、そうした私たちの心を、「死に不意打ちされるのではないかと脅えている状態」と表現していました。明日にでも、死によって不意打ちをくらい、死んでしまうかもしれないという不安です。
これに対して聖書は、主イエス・キリストの復活を宣言します。不意打ちをくらわすのは死だけではなく、復活の主でもあると語るのです。
「あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ」(6節)。そして7節。「それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』」
これこそ聖書と歴史の教会が証言し続けてきたキリストの復活です。信者、未信者を問わず、私たちの心の奥深く埋め込まれている「死の怖さ」「死の絶対」「お墓が人生の終着駅」という物語に対する挑戦であり、それに取って変わるべき新しい喜びの物語でもあるのです。

Ⅲ.死の物語を書き換える

主イエスの復活の物語
復活の主が私たちを不意打ちするために、ガリラヤに先回りしていてくださると、天使は告げています。ガリラヤとは弟子たちにとっての日常です。私たちにとっての南林間のような場所、家庭や学校や、慣れた職場のようなところです。
今日の箇所では、この時すでに復活の主イエスご自身が2人のマリアに出会ってくださっています。ガリラヤに行く以前にです。そしてここでも、「ガリラヤに行ったら私に会える」と語っておられるのです。
彼女たちが主と出会ったのは、主が約束されたガリラヤではなく、今、墓場を出たばかりの所です。ある人の表現を使うならば、「正に死に取り囲まれている所から飛び出して来たばかりのところ」でした。「婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、」(8節)と書かれています。
彼女たち2人は、ついさっき、墓の中で経験した不思議な出来事に怖れを抱きつつ、一方、主イエスが生きておられるという、天使の言葉に、すでに喜びを感じながら走っていた、その時です。「すると、イエスが行く手に立っていて」(9節)と記されています。
原文を読むと、「すると」と訳されている言葉はもっと強い「見よ」、英語では「behold」という言葉が使われています。
「走って行った、すると見よ」、「見よ、イエスが行く手に立っていた」、「イエスが迎えに来られていた」という意味です。
この時、彼女たちの頭の中にあったのは、自分の経験した出来事を誰が信じてくれるだろうかという心配でした。そうした思いの中で走り始めました。すると突然、主イエスが現れ、彼女たちを迎えてくれたのです。仲間の弟子たちではありません。先ほどの天使でもない。復活の主イエスご自身でした。
そのお方が、誰よりも先に彼女たちを待ち構え、「おはよう」と言って出迎えてくださったのです。
「おはよう」の意味は「喜びなさい」です。こうして復活の主と出会った彼女たちは、主との出会いの喜び、そして、この喜びがガリラヤにおいては、みんなのものになる、という興奮に満たされたのです。
そして、天使からではなく直接、主イエスから預かった、「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに遭うことになる」という大切なメッセージを、仲間の弟子たちに伝えるために走ったのです。
この時、主イエスは弟子たちのことを「わたしの兄弟たち」と呼んでいるのです。私は、今回初めてそのことに気づかされ、〈本当にありがたい〉ことだと思わされました。

Ⅳ.「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」

このようにして、ガリラヤで弟子たち、いや兄弟姉妹と会ってくださった復活の主イエス・キリストが、彼ら「キリストの教会」に与えて下さった御言葉が、マタイの福音書の最後、28章18節以下に出てくるのです。
主イエスは3つの命令を語られました。そして、一方的に命令をなさるだけでなく、天地の一切の権能を授かっている主ご自身が、世の終わりまでいつも共にいてくださると約束されました。
この福音書を書いたマタイは、天使がイエス・キリストの誕生を告げた時、「『その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」(1:23)と書き始め、そして、最後に、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(28:20)という主の約束で締めくくっています。
「マタイ福音書は『神が共におられる』『キリストが共におられる』という2つの約束にサンドイッチされた福音書なのだ」と、ある牧師は言いました。正にその通りだと思います。
この約束は神を信じない人々にとっては、愚かな言葉でしょう。でも、愚かに思える言葉を疑いつつも信じ、主イエスの弟子になる決心をして歩み始める時、私たちの人生で、私たちの生きる世界で、何かが動き始めます。
「死んだら御終い」の物語は、復活という希望の物語に書き換えられ、「死は新しい命への旅立ち」となるのです。それ故に、天での再会の望みへと私たちは導かれるのです。
私たちは復活を信じ、「神は我々と共におられる」という約束と共に歩んで行きましょう。
お祈りします。

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新しくされてキリストに従う


2016年3月27日
イースター礼拝
松本雅弘牧師
詩編68編2~5節
ヨハネによる福音書21章9~25節

Ⅰ.ティベリアス湖畔にて

 人には思い出したくもない失敗が幾つかあると思います。この時のペトロもそうでした。3年間、生活を共にして導いてくださった主イエスさまを3度も否定してしまったことでした。
最初から、自他ともに認める弟子集団のリーダーとして歩んで来たペトロでしたが、この失敗によって〈もうダメ。自分はやっていけない〉、と感じていたことだと思います。
しかし、復活のイエスさまはそうしたペトロたちのために焼き魚とパンの朝食を用意し、冷たい体を温めるために火をおこし、大漁の経験へと導いて、弟子としての原点を思い出させていかれました。

Ⅱ.砕かれたペトロ

朝食を済ませた弟子たちの前で、イエスさまはペトロに対して、彼の本名、「ヨハネの子シモン」と呼びかけました。この呼びかけにペトロは不意を突かれたと思います。それは厳かな語りかけだったからです。そうした上で、「この人たち以上にわたしを愛しているか」と問われたのです。
この問いかけを、「この人たちが私のことを愛する以上に、あなたは私を愛しているか」という意味と取るならば、ペトロにとって、これは耳の痛い問いかけだったと思います。ペトロは、〈他の弟子と質がちがう。自分の方が上である〉と自信を持っていたに違いないのです。ですから、「たとえ他の者たちが主を捨てても、私は捨てません。何故なら、私は他の弟子たちのようではないからです」と信じて疑っていなかったでしょう。
でも現実はそうではありませんでした。彼は主の予告通り3度、「主を知らない」と言ってしまったのです。しかし、そうしたことをすべてご存じの上で、イエスさまは、ここで敢えて「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」とペトロに問いかけておられるのです。
問われたペトロは、心に痛いものを感じたことでしょう。でも同時に不思議と平安だったのではないかと私は思います。つまり、愛する主に隠すことなど何もない、もう全部知られている。という安心感です。いいことも悪いことも、成功も失敗も、すべて主は知り尽くしておられる。そうした上で、「ヨハネの子、シモン」と、真っ直ぐに、この者の目を見て問うておられるイエスさまです。言い換えれば、〈こんな自分をも相手にしてくださっている。だから私は、もうこのお方の前に背伸びすることも飾る必要もない。ありのままの自らを差し出していけばいい。そのままを差し出して行こう〉という平安です。
確かに主を否んだ、あの晩の出来事はペトロの高慢な鼻をへし折ったにちがいありません。ですからこの時のイエスさまの問いかけに対して、「わたしはあなたを愛します」と、はっきり言い切ることができませんでした。〈もしかしたらまた、躓くかもしれない〉という思いもあったかもしれない。そうした自分の弱さ、自信のなさが表れ、彼は、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」とだけ答えているのです。この時のペトロには、そこまでしか答えられなかったのでしょう。でも、この言葉こそが、背伸びしていない、自己卑下もしていない、そのような意味で等身大の自分の心を素直に正直に言い表した、ペトロの真実で精いっぱいの告白だったと思います。
そして私たちは、ここに試練を通して砕かれ、それ故に新しく変えられていったペトロの姿を発見するのです。自分の力ではなく、主の恵みにより頼んで行こうとするペトロの姿です。そして主は、この謙遜にさせられたペトロに、ご自分が愛する人々を託して行かれたのです。

Ⅲ.傷ついたペトロ

 復活の主とペトロのやり取りは3回繰り返されました。それは、3度ご自身を裏切ったペトロの罪を、1回ずつ丁寧に消し去って全く白くするように、交わりを回復し、彼の傷ついた心を癒していこうとされたイエスさまの愛の表れでもあります。3度否定したペトロをイエスさまは1度も否定なさらなかった。逆に3回、愛のみを確認されたのです。そして、再び牧会の務めを託し、弟子として従い続けるよう、再献身へと招かれました。私たちは、こうしたイエスさまとペトロの応答の中に、復活の主イエス・キリストの豊かな愛を発見するのではないでしょうか。
そうした上で「わたしに従いなさい」と招かれました。つまり、最後の最後に、主イエスさまがペトロに与えた命令は「従いなさい。新しくされた者として私に従いなさい」という招きの言葉だったのです。原文のギリシャ語を見ますと、この「従いなさい」とは、「従い続けなさい」とも訳すことの出来る言葉が使われています。つまり、「躓き倒れても、私はあなたを愛しているのだから。その愛は忍耐強く、情け深く、いらだたない愛、真実を喜び、忍び、信じ、望み、すべてに耐える愛、その愛をもってあなたを愛しているのだから大丈夫。私に従い続けなさい」と招かれたのです。

Ⅳ.新しくされてキリストに従う

 さて、これで終わるならばハッピーエンドなのですが、現実はもっと複雑です。ペトロが後ろを振り返ると、そこに、自発的にイエスに従い始めていた「イエスの愛しておられた弟子」、すなわちヨハネの姿がペトロの目に飛び込んで来たのです。
残念ながら、私たちも人の生き方が気になることがあります。その人の暮らしの様子。教会へのコミットの様子。その人たちの仕事や家族関係のことなど。気にし始めると、もうありとあらゆることが気になってしまうものです。そうした気になる人の歩みの中に、喜ばしいこと、キリストに従う姿を見れば、それをそのまま喜び、また自分にとって、信仰の模範とすればよいのですが、ここでペトロは、ヨハネのことを素直な気持ちで喜べなかったのです。
洗礼者ヨハネから洗礼を受けた直後のイエスさまが、荒野においてサタンの試みを受けたと同じように、新しくされたペトロが、再献身へと歩みを進めようとした途端に、サタンはペトロを誘惑してきたのです。
ヨハネの姿を見て、ぺトロの心の中に暗い思いが湧きあがって来たのです。そう言えば数週間前、ペトロはヨハネに出し抜かれた経験をしました。それは、イエスさまがエルサレム行きを決意し、表明された直後、ヨハネが兄弟ヤコブとひそかにイエスさまの所に行って、自分たち2人だけの出世の約束を取ろうとしたのです。あの時は、他の弟子たちと一緒になってペトロも怒りを露わにしました。自分も同じことを願っていたからです。
このようにイエスさまの弟子として、ずっとライバル的存在であったヨハネが、この時、また自分の後から、キリストに従ってやって来る。そうしたヨハネの姿が、ペトロの心を不自由にしたのです。
ペトロはほんの少し前に、イエスさまから、わが身に起こる殉教の預言の言葉を聞かされていました。「あなたは…、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」(21: 18)。神さまの栄光のための殉教の死を遂げるまで従うようにと、イエスさまに命じられているのです。そのことが心にあったのでしょう。ペトロは、「主よ、この人はどうなのですか」と尋ね、ヨハネも殉教するかどうかを知りたかったのかもしれません。
 ところが、復活の主イエスさまは、弟子としての分をわきまえることを説かれます。「あなたは、わたしに従いなさい」と。原文を見ますと、「あなた」という言葉が強調されています。「わたしがヨハネのためにどんな計画を持っていようが、その計画を知ることは、ペトロ、あなたの仕事ではない。あなたがすべきこと、それはヨハネと競争し合うのではなく、またヨハネに託されたことを羨ましく思うのでもなく、私があなたに与えた務めを引き受け、私を愛し、私に従って来なさい」と語られたのです。
 後に、ペトロは殉教の死を遂げます。そしてヨハネは、福音書、手紙、そして黙示録を記し、最後にパトモスに島流しになって召されて行きました。興味深いことにギリシャ語の「マルテュス」は「殉教者」とも「証人」とも訳せる言葉です。歴史の教会は、「ペトロは赤い殉教を遂げ、ヨハネは白い殉教を遂げた」と語りました。
ペトロとヨハネ、おのおの託された働きは異なりました。でも主の栄光を表わすために、主を愛し、従い通す歩み、すなわち、マルテュスとしての生涯を共に全うしたのです。
そして今も、ペトロとヨハネがお仕えした復活の主は、私たちと共に生きてくださり、私たちを通して、ご自分の栄光を現してくださいます。
神さまは、一人ひとりそれぞれに生きるべき命を与え、競争し合うことでなく、互いを認め合い、主を愛し、主に従うことを願っておられます。
今日はイースターの記念の礼拝です。私たちの罪を十字架の死で贖い、そして一方的な愛をもって愛し続けてくださる復活の主を、私たちも愛し続け、主に従い続ける歩みをさせていただきたいと願います。お祈りします。