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主日共同の礼拝説教

豊かに蒔く人

和田一郎副牧師
エレミヤ書32章6-17節
コリントの信徒への手紙二9章6-15節
2022年9月25日

Ⅰ. はじめに

わたしの家の周りに土がむき出しになっている所があったので、土をならして種を蒔きました。地面を覆ってくれる葉の種を蒔いたのです。均等になるようにパラパラ蒔いたつもりでも、芽が出てくると、結構マダラになりました。しかし成長していくにつれて芽がでなかった所にも葉が増え広がって、やがて均一にキレイに覆われていきました。種を蒔いたあとの広がり方は、自分の意思とは関係なく、周りの草木と調和して、いろんな所に増えてます。育ててくださるのは神様の摂理だと思いました。

Ⅱ. パウロの支援活動

今日の聖書箇所には、種の蒔き方が書かれています。といっても植物の種ではありません。慈善活動に献金することを「種蒔き」と語っているのです。
9章の小見出しの所には、「エルサレムの信徒のための献金」とあります。「エルサレムの信徒」というのは、イエス様の弟子であったペトロやヨハネたちがいるエルサレム教会の人達のことです。エルサレム教会は、キリスト教会として最初に誕生した教会でした。しかし、使徒言行録に書かれている通り、そこはユダヤ教の中心地でもありましたから、ユダヤ人たちから激しい迫害を受けるようになったのです。また、飢饉の影響もあって生活が困窮しました。そのようなエルサレム教会のために、パウロは各地の教会で献金を集めてエルサレム教会を支援しようという運動を始めたのです。パウロは第一のコリントへの手紙でもエルサレム教会への支援献金の呼びかけをしましたし、この第二の手紙でも8章から、そのことを伝えていて、今日の聖書箇所まで熱心に訴えているのです。
ここで私たちが注目したいのは、コリント教会の人々にとって、エルサレム教会の人というのは、会ったこともない、知らない人々だったということです。私たちはペトロやヨハネを知っています。しかし、コリントはギリシャにあり、エルサレムは遠く離れたユダヤです。会ったこともない、名前も知らない人々を、同じキリストの教会に連なっているという、ただその一つのゆえに、相手を支えようとしている。パウロが行っていた献金活動とはそういうものだったのです。
教会の中で献金の話しになると「なんだ教会もお金かよ」と思われるかも知れません。とくに今、日本では統一教会のお金のことが取り沙汰されていますから「宗教はやっぱりお金か?」と思われてしまったら残念です。しかし、聖書にはお金に関わる話しが沢山でてきます。なぜならお金の扱い方一つで信仰が豊かにもなりますし、大きな躓きにもなるからです。そして、お金の扱い方においても神様の御心が聖書にしっかりと書かれているからです。

Ⅲ. 豊かに蒔く

今日の聖書箇所には「お金」とか「献金」とは本文に書かれてないので分かりにくいのですが、6節に「惜しんで僅かに蒔く者は、僅かに刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取るのです」とあります。これはエルサレム教会への献金を捧げることを「蒔く」と表現しているのです。しかし、パウロはお金のことだからと遠回しに表現しているのではありません。宣教支援献金について「蒔く」と表現したパウロの言葉には意味があります。つまり、支援献金というのは決してお金を失うことではなくて、どこかで芽を出して実を結ぶからです。神の働き人を支援するということは、種を蒔くようなもので、献金をした人の思惑を超えて芽を出し、増え広がるからです。ですから「種を蒔く」とは比喩的に聞こえますが、こちらの方が真意に近いのです。パウロは第一コリントの手紙でも、「私が植え、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させてくださったのは神です」(1コリ 3:6)とも言いました。支援献金というのは、まさに誰かが種を蒔くのですが、その働きを成長させてくださるのは、神様であって、その成果は、想定外ですし計り知れないものがあるのです。
そして、パウロは「豊かに蒔く者は、豊かに刈り取る」と言ってますが、豊かというのは金額が大きいということではありません。「豊か」は原文の言葉では「賛美する」とか「祝福する」とも訳される言葉です。賛美したり、祝福するような心で喜んで献金するということです。出し惜しむということがない、心の在り方を言ってるのです。一方で「僅かに蒔く者」という言葉も、金額が小さいことではなくて、出し惜しむような心の在り方を指しているのです。勿論、パウロは無理をしてそのような気持ちで捧げなさいと言っているのではありません。10節にあるように「蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたに種を備えて、それを増やし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます」と説明しています。「種と食べるパンを備えてくださる方」それは神様です。
私たちは誰かに献金するにしても、それを備えてくださるのは、あくまでも神様ですね。そして、献金した先で、その成果が増え広がるのも神様の働きです。それは献金をした人には計り知れないことですが、神の視点からすれば「義」とされて「増し加えて」くださるというのです。私たちは支援した献金が、どのような成果を発揮したかを気に掛ける必要はありません。祈りと同じです。それが、いつ、どのような形で実を結ぶかは神様の領域です。神様の時があるのです。そして必ず何らかの実を結ぶことになるはずです。その神様に対する信頼がしっかりしたものであれば、捧げることにも豊かに蒔くことができる。ですから7節「各自、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです」。神様の愛と正義と力を信じて、豊かに種を蒔く者を、神様は愛してくださるのです。
私たちは信徒宣教者の働きや、海外の宣教師のために献金をします。先日締め切りましたが、スペインにあるカンバーランド教会が行っているウクライナ避難民支援の活動に献金をしました。この教会の皆さんから集められた献金は、現地でどのように実を結ぶのか。勿論、報告は然るべき形で成されるのですが、そういった献金が、どのような形で実を結ぶかは計り知れないものです。しかし、必ず神様が用いて下さるから、私たちは会ったこともない、顔を知らない仲間の働きの為に、喜んで献金できるのですね。

Ⅳ. お金に対する神の御心

聖書にはお金に関わる話が沢山あると言いました。神様の御心に適ったお金の扱い方をイエス様はあるたとえ話で教えてくださいました。それがルカ福音書にある「愚かな金持ち」のたとえです。
あるところに、お金持ちが畑を持っていました。その年は豊作になって『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』というほど、大豊作だったのです。彼は考えました。『こうしよう。今ある倉を壊して、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や蓄えを全部しまい込もう。そして自分にこう言ってやるのだ。この先何年もの蓄えができたぞ。さあ安心して、食べて飲んで楽しめ』。しかし、神様はその人に言われた。『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意したものは、一体誰のものになるのか。』
自分のために富を積んでも、神のために豊かにならない者はこのとおりだ」(ルカ 12:13-21)。
この愚かな金持ちは、豊かに種を蒔く人とは正反対の人です。自分の財産を自分だけで抱えて込んでいる人です。神様はお金だけではなくて、時間や能力や大切な家族なども、自分だけで抱え込んでいることを良しとしません。それらは自分で作って得たものではない、神様から与えられたお金であり、時間であり、能力であったり、家族も神様から与えられたものです。「タラントンのたとえ」でも、与えられた自分の賜物を上手に用いてて増やした人を神は喜び、与えられた賜物を土に埋めて用いなかった人を叱りました。神様の視点から見ればお金も賜物も時間なども同じです。それらを豊かに蒔く者は、神様に喜ばれ、豊かに刈り取ることができるのです。
エルサレム教会の、設立した当初のお金の用いられ方が使徒言行録に書かれています。「信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、使徒たちの足元に置き、必要に応じて、おのおのに分配されたからである」(使徒4:34,35)。教会に貧しい人がいなかったのは、裕福な人の財産を分け合っていたからだとあるのです。これは一見すると共産主義のようなコミュニティに見えますが、そうではなくて、信徒たちは自分の財産を持ちつつ、それをいつでも困った人に自主的に分け与えていたのです。
エレミヤ書には預言者エレミヤがバビロン軍に占領されてしまったアナトトという土地を購入する話があります。エレミヤは神様の御心に従って土地に投資をしたのです。なぜならその土地は神様がやがて必ず回復してくださると信じたからです。聖書に書かれたお金に関する神様の御心というのは、お金を惜しんでしまい込むのではなく、必要に応じて蒔いていくというものです。そして相応しいところにお金が落ちていくのは神様の計画であり御心でしょう。
これは聖書を基盤とした指針ですが、実態経済においても同じことが言えるそうです。かつて、スペインなどが世界の覇権を握った大航海時代がありました。それらの国が没落したのは、植民地で鉱山開発を第一に考えて、金や銀を確保することが国を豊かにすると誤解したからだという話しを聞きました。世界中に植民地を増やし、金や銀を貯め込んだのですが、そうすれば当然、金銀の価値は下がります。そして、勤勉に働いて産業を興すことを怠ったことから国は衰退していった。しかし、そうではなく自由な貿易でお互いの資源やお金を生かせば、結果として社会全体に適切な資源配分が成されることを「神の見えざる手」と経済学者のアダム・スミスは言いました。お金を抱え込むことから生かす事に、神様の御心が現れるのではないでしょうか。
パウロの働きに対して、エルサレム教会の人々も、献金をする側の人たちも、神の恵み深さを知ったのではないでしょうか。12節「この奉仕の業は、聖なる者たちの欠乏を補うだけでなく、神への多くの感謝で満ち溢れるものになるからです」。支援するという奉仕はお金を失うことではなくて、種を蒔くような喜びがあるのです。そして神を崇めることに繋がります。それこそが豊かな刈り取りの実です。
お祈りをいたします。

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主日共同の礼拝説教 敬老感謝礼拝

キリストと共に旅する喜び―敬老感謝礼拝

松本雅弘牧師
イザヤ書46章3-4節
ペトロの手紙一2章1-12節
2022年9月18日

Ⅰ. 敬老感謝礼拝とは

聖書は、私たち一人一人が、天国を目指した旅人であると教えています。ただ、ともすると目まぐるしく移り行く現代社会の中、時として教会もそうした波に飲み込まれることもあるかもしれませんが、しかしここ二年半は、コロナに見舞われ、否が応でも立ち止まらざるを得ない経験をしています。
そのような私たちにとって、聖書が教える、「私たちは旅人である」というメタファーはとても大切なことを気づかせてくれるのではないかと思うのです。その一つが、旅とは「行くべきところ」であり、場合によっては「帰るべきところ」と言い換えることが出来るかもしれません。
以前、日銀の総裁を務めた速水優さんが退任の記者会見で取材した記者が、「私にとって、この小柄な老人は、日銀総裁としてよりもキリスト者として強く記憶された。そして速水さんを取材すればするほど、『帰るべきところ』をもつ人なのだと感じ入ることになる」。速水さんのことを「帰るべきところを持つ人」と表現したことが、私の心に残りました。「帰るべきところ」というのは、神の御前ということでしょう。速水さんの総裁室には小部屋があって、そこに聖書が置かれ、難しい決断をする時に、そこに入って祈りを捧げたと言われます。そこ、すなわち神の御前が、速水さんにとって「帰るべきところ」だったのでしょう。でも、そのことをもっと膨らませて考えるならば、天の御国、と表現してもよいかもしれません。

Ⅱ. 旅人であり寄留者である私たち

使徒ペトロは、「愛する人たち、あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから…」(新共同訳による)と語り、私たちが、この地上にあっては、旅人であり仮住まい、寄留者である事実を思い起こさせています。では、私たちが天国を目指す旅人である、あるいは旅人としての私たち、ということはどういうことなのでしょう。
今年六月に、総会に参加した際、帰国直前のPCR検査で妻がコロナに罹患しているのが判明し、その後、私もコロナに罹ってしまいました。教会の皆さんにご心配をおかけしましたが、およそ二週間遅れで戻って来ることができました。帰って来てから妻とよく話しますが、帰るところがあるから旅は楽しいのだ、と。逆に行く先が分からなくてどこかに連れていかれるとしたら、本当に心配です。でも南林間に住まいがあるから、安心してアメリカでも、どこにでも行くことが出来る。そしてコロナに罹っても、ここに戻って来れると思うから、静かに療養できたと思います。
旅人とは、旅先に居る者、目的地を目指して途上に居る者ということでしょう。言い換えれば、この地上は、あくまでも「旅先」であるという理解です。
何十年、一つのところに住んだとしても、それは旅先であることに変りはない。本当の自分の故郷は天であり、この地上にあっては、あくまでも「仮住まいの身」、別の訳の聖書では「寄留者」であるという理解です。さらに、聖書によれば、主なる神さまは、旅の途上にあって人生の四季折々の喜びを備え、楽しませてくださるお方です。
先日、妻と驚いたのですが、だれも教えてもいない、誰も呼びかけてもいないのに、ちょうどこの時期になりますと、牧師館の庭に彼岸花がツツツツッツーと伸びて花を咲かせる。六月に、サンフランシスコのホテルに隔離されていた時、日本人教会の方が、ピンク色の紫陽花を花瓶に入れて持って来てくれましたが、それを眺めながら、南林間の牧師館に咲く紫陽花のことを本当に懐かしく思い出していました。
私たちの人生は旅ですから、超特急列車に飛び乗ってただ目的地に向かって突っ走るだけではありません。周りの風景を楽しみ、そこで出会わせていただいた人々と同伴する。時には同じ経験を分かち合うような、極めて人間らしい生き方です。
何十年も牧師である夫を支え教会のために尽くしてきた、ある牧師夫人が、若い牧師夫人たちが集う修養会で、「人生の四季折々を楽しむように」と熱く語っている講演を聴いたことがあります。子どもが小さい時、なかなか子育てを楽しむことができません。ただ過ぎ去ることだけを願う。新幹線にでも乗って、あっという間にそこを通過して、目的地に少しでも早く到着することだけを願う。でも、少し旅をしてきた者にとっての実感はどうだろう?〈もっと、ゆっくり、その時、その時を味わえばよかった〉〈あの時が本当に懐かしかった〉としみじみ思い起こすものだ、と語っていました。
人生は「旅」ですから、当然、目的地があります。ただそこに行くのにスピードを競っているのではない。その人その人のペースがある。一人ひとりの誕生日が違うように、一人ひとりの旅のペースもそれぞれなのです。ただ、今朝も覚えておきたいのですが、私たちの旅には、最良の同伴者である主イエスが共に旅をして下さっているという事実です。そのことをはっきりと語っているのが、今日の旧約聖書の朗読箇所、イザヤ書の御言葉なのではないでしょうか。これは、本当に慰めの言葉です。疲れて歩けなくなっても大丈夫。「私が背負う」と約束しておられるのです。私たちに向かって主なる神さまは、「母の胎を出た時から私に担われている者/腹を出た時から私に運ばれている者よ」と呼びかけておられる。
「あなたがたが年老いるまで、私は神。/あなたがたが白髪になるまで、私は背負う。/私が造った。私が担おう。/私が背負って、救い出そう。」
勿論、実際には様々な人々の手を借りたり、介護されたりしてて支えられるのですが、そうした人々を遣わし、時宜にかなった様々な出来事や事柄を通し、神さまは最後の最後まで旅を導きますよ、と約束しておられる。ですから私たちは、そのお方に背負ってもらえばいい。まだ歩けるときは、イエスさまの後に従えばいい。そのお方に繋がりながら導いていただければいい。そのお方に励まされ慰めていただきながら旅を続けるのです。

Ⅲ. 「空手(くうしゅ)」

何年か前ですが、敬老感謝の祝いの歳を迎えた教会員の方から、「空手」と書いて「くうしゅ」と題された詩をいただきました。
《空手》
“いつだったか、何でだったか忘れたけど、この言葉を耳にし、また目にした。この言葉が心に残った。読んで字のごとしで手には何もない。「から」である。改めで、どういう意味なんだろう、と考えてた。
私の聞き取り違いか、見違いか分からないけれど、〈そうか〉と納得した。
それは、人は何も持たずに生まれてきた。そして、何も持たずに死んで行く、ということのようだ。
長年生きて来て、世の中の様々なしがらみに汚されてきた。その生涯が長ければ長いほど、身についたしがらみは大きい。
知恵や知識、名誉、知名度、財産、そうしたしがらみを脱ぎ捨ててはじめてかの地に迎えられる。
これこそ「浄化」と言えるのかもしれない。「浄化」されて初めて人は安らかになる。
この言葉と前後してまた新しい言葉が目に入った。「70歳からのひとり暮らし・・遠藤順子」のなかに「70歳すぎたら、おつりの人生」とあった。おつりの人生とは余分なおまけの人生という意味ではない。70歳という長い歳月を、自然から、動植物から恵みを受け、たくさんの人々に支えられ、守られて生きて来た。
70歳を機におつりの人生をどう送ればよいのだろうか。物を買った時、余計に払ったらおつりを返してもらうでしょう。人から与えられた分と人に与えた分の差額をおつりとしてお返しすることです。
誕生から今までどれほど多くのものを与えられて来たことだろう。それに比べて人に与えたことが何と少ないことかと思い知らされる。おつりとはボランティアとして社会に愛のお返しをすること。肉体的に働くことだけではない、ゆっくりと相手の話を聞くこともある。食事を共にすることも、手紙を送ることも、そうしているうちに自分も年を重ねて動けなくなる時がくる。
返しそびれたおつりはたくさん残っているかもしれないが、残りは残りで、その時はその分を周りに甘えるのも返すおつりかもしれない。そして、生涯のすべてを神に感謝して祈りの生活で終わる。こんな老いの生き方はどうだろう。一つひとつお返しして、身に付いているものを脱いで軽くなって、綺麗になってかの地に行きたいものである。“
この方が、最初に出合った「空手(くうしゅ)」という言葉、そして次に遠藤順子さんの「おつりの人生論」を頼りに、今一度、「与えられたもの」に目を留めることによって、その「与えられたもの」を与えてくださった恵みの神さまへの感謝と祈りへと導かれていきたい、という思いが伝わってきました。

Ⅳ. 同伴者・主イエスと歩む旅

冒頭でご紹介した速水さんですが、退任記者会見で、「キリスト教に関係のない方にとっては、何言っているんだ、という話かもしれないが」、と前置きをした上で次のようなことを語られました。
“イザヤ書という中に、『怖れるな、我は汝と共にある』という言葉がある。『主、共にいます』ということ。これが一つであり、神さまはいつでも私のそばに付いていてくれている。
二つ目は、「主、我を愛す」、これは、幼稚園の時に歌った歌だが、神さまは私を愛してくれているということ。
三つ目はやはり、「主、全てを知りたまう」、神さまは、どんなことがあっても全てのことを知っており、全てを知った上で正しい判断を行い、正しい事をやっていれば、神さまは守って下さるということ。そういう極めて単純な信仰を持って、事にあたって来たつもりだ。“
そして、この時、この話を聞いた記者が、説教の冒頭で紹介した言葉、「私にとって、この小柄な老人は、日銀総裁としてよりもキリスト者として強く記憶された。そして速水さんを取材すればするほど、『帰るべきところ』をもつ人なのだと感じ入ることになる」としみじみと語ったとおりです。「帰るべきところを持つ人」、私の心に残った表現です。
速水さんは、この分厚い聖書を執務室に置き、大切な決断をする時に読み、また手を置き祈られたと思いますが、つねに三つのことを覚えながら過ごしたと証ししています。第一は「主、共にいます」、第二は「主、我を愛す」、そして三つ目は、「主、全てを知りたまう」。この証しを聞いて以来、私も小さな手帳に、この三つを書き留め、時々、手帳を開いては、確認しながら毎日過ごしています。
「主、共にいます」、「主、我を愛す」、そして「主、全てを知りたまう」。このお方が、私たちの人生の旅を導き、ご自身が造ったがゆえに、担い、背負い、救ってくださる。この恵みの中に、今、私たちが生かされていることを覚えつつ、とくに一つの区切りとして75歳を迎えられた方々の上に、主からの祝福を祈り求めたいと思います。
お祈りします。

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主日共同の礼拝説教

主のからだなる教会

松本雅弘牧師
詩編69編6-19節
ヨハネによる福音書2章13-22節
2022年9月11日

Ⅰ.憤る主イエス

「ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。」(13)
当時、都エルサレムには見事な神殿がありました。ご存じのようにエルサレムの神殿はユダヤ人にとっての心の拠り所でした。
この日、主イエスは神殿に入り、まず目にされたものが、「牛や羊や鳩を売る者たちと両替人たち」の姿でした。すると突然、「縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し」、鳩を売る者たちに向かって、「それをここから持って行け。私の父の家を商売の家としてはならない」と言われたのです(15,16)。
さて、当時、エルサレム神殿では犠牲の動物をささげるのが習慣でした。巡礼者の多くは、遠くはるばる自分の故郷から動物を引いてくることはできません。傷ついた動物を捧げることが許されません。ですからそこで供え物にする動物、また捧げもの用の様々な品物を調達することはごく自然なことでしたし、巡礼者のために、そうした物品を扱う店も必要でした。しかも神殿ではユダヤの通貨しか通用しませんでしたから、それぞれの地域のお金を両替する人もいたわけです。そうした巡礼者の足元を見、高値を吹っ掛ける商売人もいました。巡礼は信仰に促されての旅でしたから、特に貧しい人たちにとっては、旅費を工面するだけでも大変なことだったと思います。
ところが、こうした状況を知りながらも見て見ぬ振りをする。いや、人々の弱みに付け込み、背後で金もうけをしていたのが当時の宗教家たち、すなわち祭司であり、律法学者でした。この時、主イエスによって追い出された商売人や両替人は、いわば宗教家たちの縄張りの中で仕事をさせてもらい、裏ではしっかりとつながっていた。主イエスは、そうした仕組みを一瞬のうちに見て取り、神さまそっちのけで、金もうけに躍起になっている、そうした空気一色の神殿。いったい神さまはどこにおられるのか、いやどこに押しやられたのか、そうした状態を、主は瞬時に受け止めたのだと思います。
ここで主イエスが憤られた理由、憤りの矛先が少なくとも二つあったと思います。一つは、神殿が汚されている。言い方を変えるならば、神が神として敬われていない。そして、もう一つは、この神殿においてさえ、貧しい人々、立場の弱い人々が虐げられている。そうした人々の犠牲の上にあぐらをかき、甘い汁を吸っている人々がいたということです。
ですから怒りが爆発した。本当の愛というものは、時に怒りとして爆発するほどの情熱を内に秘めているものであることを知らされるのです。

Ⅱ.「あなたの家を思う熱情が私を食い尽くす」

さて、こうした主イエスの姿を目の当たりにした弟子たちの反応が出て来ます。「弟子たちは、『あなたの家を思う熱情が私を食い尽くす』と書いてあるのを思い出した」(17)。ここに「~と書いてあるのを思い出した」と福音書記者ヨハネは伝えています。どこにこのような言葉が書かれているかを調べてみますと、詩編69編10節です。「あなたの家を思う熱情が私を食い尽くし/あなたをそしる者のそしりが/私の上に降りかかっています。」
つまり、主イエスは、神殿を神の家と受け止めておられた。その神の家に対する熱い思い、神の正義に対する熱い思い、と言い換えてもよいのではないかと思いますが、そうした思いが「宮清め」の行動となって現れたのでしょう。
ところで、ヨハネ福音書は全体で21章から成り立っています。使徒ヨハネは21章分の紙面を割いて、主イエスの教え、お働き、様々な御業を伝えています。主イエスのご生涯はおよそ三十三年間、その内、公生涯は僅か三年ほどです。この後、ヨハネ福音書を読み進めて行きますと、福音書のちょうど中間地点の第12章から受難週が始まる。つまりヨハネは紙面の半分を十字架に至る、受難の一週間に割いるのです。
今日の箇所に戻りますが、真剣に神殿を清める、主イエスのお姿を目撃した弟子たちが、詩編69編10節の御言葉を思い出したのだと書かれていますが、続く22節を見ますと、「イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた」とありますので、もしかしたら、詩編の、この言葉を思い出したのも、主イエスの受難と復活の後だったかもしれません。

Ⅲ. 「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」

さて、今度は怒ったユダヤ人たちは、「しるしを見せろ」と主イエスに迫っています。すると主イエスは彼らに向かい、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」とお語りになったのです。呆れたユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、三日で建て直すと言うのか」と語ったのだ、とヨハネは伝えています。
さて、この箇所を理解する上で、参考になる出来事がマタイ福音書24章に出て来ます。主イエスの弟子たちの目に神殿がどのような景色として映っていたかを物語るやり取りが出て来ます。「イエスが神殿の境内を出て行かれるとき、弟子たちが近寄って来て、イエスに神殿の建物を指さした。」(マタイ24:1)とあります。口語訳聖書では「イエスの注意を促した」と訳していました。実は、弟子たちの行動には一つの伏線があった。直前にお語りになった主イエスの言葉が弟子たちの心に引っかかっていたからです。「見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる」という主の言葉でした(マタイ23:38)。この言葉が弟子たちの心に刺さったままだった。
ですから、神殿の境内を主イエスと一緒に出て行こうとした時、彼らの目の前には、実に壮麗で荘厳な、それも木造ではなく石造りです。何十年も何百年も崩れずに立ち続ける建造物で「永遠の神の住まい」に相応しい堅固な建物です。その神殿が「見捨てられる」と予告されたのです。ですから、〈こんな立派な神殿なのに、本当にそうなの?!〉と「主よ、よく見てください。よく御覧になってください」と注意を促したわけです。
いかがでしょう。主イエスの弟子たちですら、そう受けとめていていたとすれば、ある種の神殿信仰を持って、神殿を誇っていた当時のユダヤ人たちが、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」(ヨハネ2:19)という主イエスの言葉を耳にしたら、激怒しても仕方ないと思います。

Ⅳ. 主のからだなる教会

 

さて、もう一度、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」という主イエスの言葉を考えてみたいと思います。実はヒントになるのが21節と22節の記述です。「イエスはご自分の体である神殿のことを言われたのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。」
主イエスは、私たちの罪によって破壊されようとした神と人間とが交わる場を、三日で建て直すことを約束なさっている。そうです。十字架と復活でしょう。
19節で、「神殿を壊してみよ」という主の言葉を、この十字架と復活というキリストの御業と重ねて読むならば、「あなたは、この私を殺すであろう。そうするがよい」という意味の言葉になって響いてくるように思います。ただ「殺せるなら、殺してみろ」と開き直っておられるのではない。ある人の言葉を使えば、この時すでに主イエス・キリストは十字架の死を見据えておられた、覚悟しておられたのです。
ですから、19節の後半の言葉、「三日で建て直してみせる」というのは、イースターの出来事の予告、すなわち、復活です。先ほどの22節、「イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた」ということです。
そう言えば、主イエスが十字架の上で苦しんでおられる時、「そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスを罵って言った。『おやおや、神殿を壊し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。』」(マルコ15:29,30)と嘲笑した、と福音書は伝えています。十字架上の主イエスを「神殿を壊し、三日で建てる者」と呼んでいるのです。
たぶん、今日、御一緒に読んだ、この出来事が起こった時に、神殿の境内で語った主の言葉が、後に主イエスを馬鹿にする言葉として伝えられ、使われていたのではないか。しかし、私たちの主イエス・キリストは、そうした嘲りの言葉を、苦しみの絶頂であったであろう十字架の上で、しっかりと聞き、受けとめつつ、ご自身が実際に語った通りに実現してくださった。成就してくださった。その尊い御業を通して、キリストの体なる教会が、主イエスの十字架の贖いと三日の後の復活によって新しく始められた。
使徒パウロは、「あなたがたは神の神殿であり、神の霊が自分の内に住んでいることを知らないのですか。」(Ⅰコリント3:16)と語っています。主の体なる教会を建て上げるために、主は体を張って、いや命を捨てて、贖い取ってくださった。主に心からなる感謝をもって、共に賛美を捧げたいと願います。
お祈りします。

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主日共同の礼拝説教

カナの婚礼

松本雅弘牧師
コヘレトの言葉3章1-2節、11節
ヨハネによる福音書2章1-12節
2022年9月4日

Ⅰ. カナの婚礼

今日お読みしました聖書の箇所は、その公けの生涯の初めに、イエスさまがなさった奇跡、「カナの婚礼における奇跡の出来事」を伝えています。
場所はガリラヤの「カナ」という村です。名前が紹介されていませんが、若い二人の結婚式がおこなわれました。そこで主イエスが水をぶどう酒に変え、二人の人生の門出を祝福された。そしてメシアとしての最初のしるしを行なわれました。
当時ユダヤでは、結婚の祝いが一、二週間続いたと言われています。多くの人が祝福に訪れ、心のこもった料理とぶどう酒が振舞われたそうです。
そのところに主イエスの母親マリアがいました。イエスさまと弟子たちは「招かれた客」であったのに対し、マリアは台所に入って切り盛りする裏方さんです。この誕生したばかりのカップルはあまり裕福ではなかったのでしょう。マリアをはじめとする奉仕者たちは、最小限度の予算を最大限に生かして準備する必要がありました。ところが、計算違いか初めから足りなかったのか、ぶどう酒が底をついてしまうという緊急事態発生です。
こうした中、いち早く動いたのがマリアでした。〈あの子なら、どうにかしてくれるにちがいない。〉そう思って、息子イエスに助けを求めたのです。母親として極めて自然な感情に導かれるように、すでに何人かの弟子たちを引き連れ宣教を始めていた息子イエスが、自らがメシアであることを公言する時が来ているのではないか。いや、一日も早く、そのことを公言して欲しい、そう思って、母親マリアは、息子の背をそっと押すように、「ぶどう酒がありません」、「さあ、どうぞ御業を」と息子に水を向けたのでしょう。
そうした母親マリアの思いを主イエスは見抜いたのでしょう。「女よ、私とどんな関わりがあるのです。私の時はまだ来ていません。」こうお答えになったのです。
さて、息子のこの言葉をマリアは冷静に受け止めた。息子を信頼し「この方が言いつけるとおりにしてください」と召し使いたちに伝えています。その結果ぶどう酒の奇跡が起こったのです。

Ⅱ. 御業という「しるし」が示す主イエスと出会う

ところで、ヨハネ福音書の専門家たちは、福音書を記した使徒ヨハネは、カナでの、この婚礼の出来事を通して、主イエスご自身こそが、私たちにとっての「最高のぶどう酒」であることを伝えたかったのではないかと語っています。その証拠に11節、「イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。」とあります。ここに「しるし」という言葉が出て来ますが、実はこの言葉、ヨハネ福音書で特徴的な言葉で、この後、何度も出て来ます。「しるし」とは何かと言えば、別の何かを指し示すものです。しかもヨハネ福音書の場合、その「しるし」が指し示しているものは、信仰によってしか見極めることのできないもののようなのです。
ここに登場するほとんどの人は、ぶどう酒そのものに満足し、その「しるし」が指し示すお方を見失っているのです。実は「しるし」が指し示すお方に気づいた人たちがいました。9節、「水を汲んだ召し使いたちは知っていた」。そして11節、「イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。」そうです。彼らがどのように気づいたか、それは主イエスが語られたとおりに、語られた御言葉を実践して行った時に気づかされた。水がぶどう酒に変わるという出来事に遭遇し、その原因が主イエスご自身にあることを知った。つまり主イエスご自身に触れ、そのお方の弟子となったのです。
そう言えば、この後、公生涯の締めくくりの場面、最後の晩餐の席上で主イエスは、こんなことをお語りになりました。「あなたがたが豊かに実を結び、私の弟子となるなら、それによって、私の父は栄光をお受けになる。」(ヨハネ15:8)
御言葉を聞くだけの者から、御言葉に従って生きる弟子となることで、父なる神さまは栄光をお受けになる、というのです。

Ⅲ. 最後に問われること

先週、教会員の方の葬礼拝で、中川博道という神父さんのこんな証しをご紹介しました。
中川先生が若かった頃、教会の青年会の奉仕で、墓所の清掃に出かけたそうです。そうしますと、同行した宣教師の司祭が、火葬場の見えるその場所で、「あなたたちには、この町の人々が、この火葬場に向かって一列になって順番待ちをしているのが見えますか」とぎょっとするような質問をしたそうです。中川青年は戸惑ってしまったのですが、宣教師はさらに続けてこう言ったそうです。「そうでしょう。この町の人たちは亡くなると、この火葬場で焼かれるのですから、本人は意識していないかもしれませんが、皆ここに向かって行列をして順番待ちをしているのです。『人生とは火葬場への待合室です』」。そして最後にこう締めくくられた。
「私たちが煙突から煙となって昇っていくとき、神の前に心一つで出ることになります。そのとき、どんな広大な土地や財産を所有していても、名声も美貌も才能の何一つ持っていかれません。そのとき、神は『あなたは何をもっていましたか』とも、『何をしましたか』とも聞くことなく、ただ、『あなたは誰ですか』と尋ねられるに違いありません」。
中川先生は、「これは青年時代に私の心に深く撃ち込まれた、くさびのようなもので、人生を考える上で決して外すことのできない一つの起点となった」と結んでおられました。
何でこの話を紹介したかと言いますと、私たちが主イエスに出会う。様々な恵みという「しるし」が指し示す主イエスに出会うことで何が起こるのかというと、そのお方に愛されている自分自身と出会う。自分は誰なのかを発見する。牧師をして来て、毎日、聖書を読み祈る中で、この中川先生の言葉は真実だと思うのです。

Ⅳ. 主の弟子、神の子として歩んでいく

ヘブライ人への手紙9章27節に、「人間には、ただ一度死ぬことと、その後裁きを受けることが定まっているように、」と教えられている。先ほどの神父さんの言葉を使えば、「私たちが煙突から煙となって昇っていくとき、神の前に心一つで出ることになります」ということでしょう。
私たちはその事実を、「そこからこられて、生きている者と死んでいる者とをさばかれます」と「使徒信条」をもって告白します。いわゆる「最後の審判」のことです。
最後の審判の席で、キリストが私たちに問うのは、「あなたは何をもっていましたか」でも「何をしましたか」でもない、「あなたは誰ですか」と問われる。
何故なら、私が持っているものも、あるいはしたことも、突き詰めていけばすべて出どころは恵み深い神さまに至る。そうした一つひとつの事柄や出来事は、神さまを指し示す「しるし」であり、その神さまにとって、私たちはそのお方の愛する子である、ということが最終的に問われるのではないでしょうか。審判席に着座されるお方は裁き主であると共に救い主なるお方ですから。
ですから、先ほどのヘブライ人の手紙の続きにはこう書かれているのです。
「人間には、ただ一度死ぬことと、その後裁きを受けることが定まっているように、キリストもまた、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、救いをもたらすために、ご自分を待ち望んでいる人々に現れてくださるのです」(ヘブライ9:27-28)
今日はこの後、聖餐に与りますが、私は学生の頃、ちょうど聖餐式の礼拝で、司式の牧師が「よく自分を吟味した上で聖餐にあずかるように」と式文を読み上げた後、聖餐に与る資格がないと考え、回って来たパンとぶどうを取らなかったことがありました。
でも、その後、それは恐るべき誤解であると教会で教えていただきました。そのような罪深い私だからこそ、主イエスの十字架が必要だったのです。不誠実な歩みをしてしまったことを悔い改めた上で、なお私の赦される道はここにしかない、という信仰を持って、聖餐にあずかるのです。
ですから、私たちは、シミも傷も一切ないキリストという真っ白な衣を身に帯びて、最後、主イエス・キリストの御前に立つわけです。そして、長老教会の「信仰問答書/カテキズム」にあるように、「あなたは誰ですか」と問われたならば、「私は神さまの子どもです」と答え、「神さまの子どもであるとはどういうことですか」と尋ねられたのならば、「私が、私を愛してくださる神さまのものだということです。」と感謝をもって答えることが許されている。そして今この時から、この恵みに与っていることを、五感で味わえるようにと聖餐を与えて下さっている。
すべての恵みの源である、主イエス・キリストを信じ、そのお方の弟子として歩んでいきましょう。また主イエスの父なる神の愛する子どもとして生かされていることを、心から喜んで、この一週間、過ごしていきたいと願います。
お祈りします。

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主日共同の礼拝説教

新しい人

和田一郎副牧師
申命記6章4-15節
エフェソの信徒への手紙4章17―32節
2022年8月28日

Ⅰ. いとも簡単に変わる世界

8月は原爆投下の日や終戦記念日がある月ですので、戦争の悲惨さを振り返る月でもあります。今年は終戦から77年が経ちました。この77年間というのは、ひとえに平和を願う年月であったと思います。戦争に負けたから戦争に勝てる国にしようと思った人は少ないでしょう。戦争という悲惨な出来事がない世界を日本だけではなくて世界中が切望していたと思うのです。インターネットを始めとする新しい科学技術の発達が、国境を越えて世界を繋ぐ平和な社会を作っているのではないか?そんな期待が、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻によって、簡単に壊されてしまった思いであります。この戦争によって、私たちの生活にも影響が出てきました。思えば2年前から続いているコロナ感染も、私たちの生活を変えました。私たちの礼拝、集会の在り方も、これほどの変化を見たことはありません。「いとも簡単に世界は変わってしまう」。そのことを目の当たりにしているのではないでしょうか?また病気やケガをすることで生活が一変するということがあります。病気一つで、いとも簡単に自分の生活は変わります。大切な人を失った時も同様であるでしょう。
しかし、それは今の時代に限ったことではありません。キリスト教会は2千年の間「いとも簡単に変わる世界」を乗り越えてきました。東日本大震災、二度の世界大戦を乗り越えてきました。宗教改革やパウロが宣教していた時代にあったローマ帝国の迫害も乗り越えてきたのです。パウロがエフェソに手紙を送ったのは、ローマの監獄の中にいた時だとされています。
ですから少し前までは、パウロも自由に地中海周辺の国々を旅して宣教していた。しかし、今は監獄の中に閉じ込められている。ローマ帝国のキリスト教に対する政策がどのようになっていくのか分からない、先の見えない世の中で、パウロは手紙を書きました。私たちも今、同じこの手紙を読みながら、いとも簡単に変わってしまう世界に生きていますが、パウロが私たちに伝えたいメッセージは「真理はイエスの内にある」(21節)ということです。その真理に従って生きることを24節で「神にかたどって造られた新しい人を着なさい」と生きる指針を与えています。「神にかたどって造られた」とあるように、私たち人間、特にイエス様との出会いによって変えられた者は、神に似た性質をもっています。それは「新しい人」というアイデンティティとなっていて、「新しい人」というアイデンティティをもって生きなさいという教えです。「新しい人を着る」という生き方がある。それは時代がどのように変化しても、キリストによって「新しい人」とされた、人の在り方を、パウロは何よりも勧めているのです。

Ⅱ. 「古い生き方」と「新しい生き方」

今日の聖書箇所のはじめ17節の見出しには「古い生き方を捨てる」とあります。古い生き方は神を信じない生き方です。神ではなく自分中心の生き方をパウロは「古い生き方」と呼んでいます。一方で25節の見出しには「新しい生き方」とあります。これがキリストに従い「新しい人」というアイデンティティをもつ人の具体的な生き方を示しています。
この25節以降に書かれた生き方を、私たちはできるであろうか?と問われているのです。おもに4つのことについてパウロは勧めています。25節「偽りを捨て、一人一人が隣人に真実を語りなさい」。28節「必要としている人に分け与えることができるようになりなさい」。29節「その人を造り上げるために必要な 善い言葉を語りなさい」。32節「互いに赦し合いなさい」ということです。特に赦し合うというのは本当に難しいことですが、イエス様が十字架に架かって死んでくださった目的が、私たちを赦すためだったのですから、これに倣って、赦されているのだから赦すことは、新しい人の生き方の中心と言ってもいい大切なことです。「真実を語る」「分け与える」「善い言葉を語る」「互いに赦し合う」。これらは、いとも簡単に変わってしまうような世界を生きていて、先が見えない世の中だと思えたとしても、足元のこと、つまりキリスト者としてのアイデンティティをしっかり持つことこそが、教会をしっかりと建て上げ、世の中で光を放っていくことであると勧めているのです。ところで、パウロのいう「新しい人を着る」という「新しい人」とはどんな人だと言えるのでしょうか。

Ⅲ. ちいろば先生が出会った「新しい人」

私はかつて20年以上、会社務めをしておりましたが、牧師という働きについて祈っていた時に、よく読んでいた本が榎本保郎牧師の生涯を綴った「ちいろば先生物語」という三浦綾子の本でした。「ちいろば」というのは小さいロバのことです。イエス様がエルサレムに入城した時に乗っていた小さい子ロバのようにイエス様に仕える者でありたいというので、榎本先生は「ちいろば先生」と呼ばれ親しまれた人です。榎本先生も、第二次世界大戦で出征して帰って来た人ですから、いとも簡単に世の中の価値観が変わってしまった時代の中で、生きる目的を失っていた人でした。戦争に出征するまでは信仰を持っていなかった、つまり今日の聖書箇所でいう「古い人」でした。しかし、戦争を通して「新しい人」に生まれ変わったのです。榎本先生が生まれ育った淡路島にいた少年時代は軍国少年だったそうです。お国のために役に立ちたいと熱心な少年でした。戦争が始まると満州に出征するのです。そこで、同じ部隊の戦友で奥村という男と出会います。この奥村は剣道は部隊で一番、勉強も幹部候補生の試験で千人以上いる受験生の中で1番の成績でした。しかし、面接で宗教を聞かれた時に正直にクリスチャンだと答えたので35番に落とされた人でした。キリスト教は敵国の宗教ということで認められなかったのです。しかし、榎本青年は、この奥村という戦友が文武に秀でた人格者でしたが、クリスチャンだと正直に言ったために1番から35番に下がった、そのことが次第に重大なことに思われてきたというのです。戦地で二人が別れる時に、奥村が「どこにいてもおれは貴様が救われることを祈っている」と告げました。当時の榎本青年は軍国青年でヤソ嫌い、つまりキリスト教をうさん臭いと思っていたので「俺は神様に救うてもらうような悪者やあらへん。俺は正しい男や、悪いことができない男や」と答えた。奥村は「またいつか会った時、貴様は同じことをいうやろか」榎本は「言うとも、俺は大日本帝国軍人として恥ずかしくなく生き、恥ずかしくなく死ぬ」と断言した。それでも奥村は「貴様にもおれの言葉が必ず思い当たる日が来る。神よ赦し給えと叫ぶ日が来る」とはっきり言って別れたのです。戦争が終わって帰国した時、榎本青年は虚しい思いで過ごしていました。「結局、おれは満州でつまらんことをして生きていた。恥ずかしいことをして生きていた。胸を張って威張れることは何一つせんかった」と思えて、奥村の言葉が忘れられなくなっていたのです。
また、終戦を迎えた時に榎本青年は満州にいました。満州には200万人とも言われる日本人がいました。1930年代から終戦の年まで、日本は中国を侵略し続け、中国人にむごいことをし続けたのです。敗戦国となった日本人は、満州から一斉に引き揚げなければならなくなった。侵略されて苦しんでいた中国人が仕返しをしてくるかも知れない。そのような命がけの引き揚げの中で、軍人も民間人もコロ島という港町に行って、帰国するための船を待たなければならなかった。榎本青年も帰国するための船を待っていました。船が来るまで数か月待たされる人もいた。しかし、その間の食糧はすべて現地の中国人が提供したのです。100万人を超える人たちが食べる食料は膨大です。その時榎本青年は当時中国の指導者だった蒋介石の言葉を現地のラジオで聞いたと言うのです。
「恨みを報いるために恨みをもってなさず、恩をもってなすべし。日本人の生命財産に危害を加える者は厳罰に処す」という言葉でした。「恩をもってなすべし」の恩というのは恩寵という意味です。神の恵み「グレイス」を、かつては恩寵という言葉で表していました。恨みではなく恵み、つまり見返りを求めない、与える心で日本人に接するように命じたのです。誰かが蒋介石はキリスト教徒だと言っていたことを榎本青年は思い出した。戦友だった奥村もクリスチャン、蒋介石もクリスチャン。終戦後に帰国し、生きる目的を失った榎本青年の心に浮かんだのはキリスト者の生き様でした。榎本保郎にとって彼らは「神にかたどって造られた、新しい人」を着た人でした。
今日のパウロの勧めの言葉25節「真実を語りなさい」とあります。戦友だった奥村は幹部候補生の面接試験で、正直に自分がクリスチャンであることを語りました。真実を語るというのは、ただ単に正直に話すということではなくて、神の御心に適った言葉を語るということですね。奥村は戦地においてもキリスト者としての姿勢を崩しませんでした。榎本青年は満州で、恥ずべきことをしたと振り返りました。状況がそうだったのです、時代がそうだった。今でも時代がそうだから、と時代に合わせる風潮があるかと思います。しかし、その時代の風潮に真理はありません。真理はキリストにあって、キリストを証しする者の生き方というのは、神の御心に適った真実を語るということです。その言葉は人を励ましたり、人の生き方を変える力があります。榎本青年は奥村の真実な言葉に触れて、生きる目的を見つけたのです。
28節以降にある、分け与えること、善い言葉を語ること、互いに赦し合うこと。満州からの命がけの引き揚げの時、榎本青年が聞いた蒋介石の言葉は、「恨みではなく、恩寵という恵みをもってなすべし」という言葉でした。「日本人の生命財産に危害を加える者は厳罰に処す」という言葉の中に「分け合うこと」「赦しの心」が盛り込まれていて、キリストの教えが現れているのではないでしょうか。戦争が終わって77年が過ぎました。今、中国や日本は互いに赦し合うことや、互いに分け与えるといったことから、ほど遠い歩み方をしているように見えます。この先も、いとも簡単に生活が変わってしまうことがあるかも知れない。しかし、私たちはどのように在るべきかを選べる自由があります。どのような時でも、古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着て生きていきたいと思うのです。
21節「あなたがたは、真理はイエスの内にある、とキリストについて聞き、キリストにおいて教えられたはずです」。
お祈りをいたします。