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主日共同の礼拝説教

あわれみの主

和田一郎副牧師
ホセア書6章1-6節 、マタイによる福音書9章9-13節
2021年7月25日

Ⅰ.マタイの召命

今日の聖書箇所はマタイの召命の場面です。召命とは、神様によって呼び出されることです。マタイが徴税人として働いていた時に、イエス様に「わたしに従いなさい」と呼び出されたのです。つまり、マタイにその仕事を辞めて、わたしの弟子になりなさいと、突然イエス様は呼び掛けたのです。このマタイという人はマタイの福音書を書いたマタイのことです。ですから今日読んでいる「マタイの召命」の箇所は自分のことを書いています。マタイはこの出来事から何十年も経ってから、イエス様との出会いを書きました。マタイの証しと言ってもいい箇所です。この時マタイは徴税人として働いていました。この時代の徴税人という職業は、ユダヤ人の中で大変軽蔑されていました。ローマに納める税金に加えて、自分の取り分も多く懐に入れていました。ユダヤ人からは裏切り者として、締め出されていた人々です。でも、それでもいい、金が手に入るならそれでいい、そのように生きていた徴税人マタイに声をかけたのがイエス様でした。
今日の聖書箇所では「私に従いなさい」と言われ、「彼は立ち上がってイエスに従った」と簡単に書かれています。これだけのことしか聖書は伝えていません。それ故に劇的な印象を残しています。ですから、この場面をモチーフにして絵を描いた人が何人もいたようです。イタリアの画家カラバッジョが描いた「聖マタイの召命」という絵があります。
右端で、マタイに向かって指を指しているのがイエス様です。収税所で「わたしに従いなさい」そう口にした瞬間の絵です。この絵の中でマタイは誰でしょうか。私は中央で指を指している髭の男がマタイだと、ずっと思っていました。「えっ私ですか?」と言っているのかと思っていました。しかし、諸説あって最近では左端に座っている青年がマタイだとする説もあるようです。周りの男たちは、イエス様を見て驚いているにも関わらず、左端の男はじっと机の上のお金を見つめています。片方の手には、金入れの袋を握りしめて居座っている、あたかもお金にしか関心がないかのように見えます。そこにイエス様の側から光がこの男を照らし、その耳にイエス様の声が響いた。「わたしに従いなさい」。その瞬間、その声に、お金を数える手が止まったかのようです。この絵の数秒後何が起こったでしょう。そこに居座っていたマタイが立ち上がった。周りの人はさらに驚いた「まさか、この仕事を捨てて、イエスに従って行くとは」。
この箇所を読んで、人は疑問に思うかも知れません。たった一言で、自分の仕事を投げうってついていくだろうか。漁師だった他の弟子たちはイエス様が死なれた後に故郷に戻って漁師の仕事に戻りました。しかし、徴税人の仕事は一度辞めたら、簡単に戻れる仕事ではない。もしくは実はもっと言葉のやり取りがあったのだけれど、聖書は省略して書いたのだ、と言う人がいるかも知れません。しかし、わたしはここに書かれたやり取りを、そのまま受け入れたいと思います。これだけの会話であったと思うのです。それはなぜか?
イエス様の言葉には力があったからです。イエスの言葉には、人の運命を変える力があります。
無から有へ 悪から善へ 罪から救いへ、そして、闇から光へと変える力があるからです。私たちも同じように罪を抱えた人間であり、そのわたしたちが、罪の中いたとしても、イエス様は立ち止まり、見つめていてくださり、声をかけてくださる。その言葉には力があって、私たちにはそれで十分なのです。「わたしに従いなさい」。なんと力強く愛に裏打ちされた言葉でしょうか。

Ⅱ. 罪人の家で

さて、次の節からは食事の場面に移ります。それはマタイの家だと並行箇所ルカ福音書に書かれています。マタイはイエス様の弟子となることを喜びました。そして、自分の家で食事の準備をしました。そこでイエス様が、弟子たちと多くの徴税人と、罪人を招いて食事をしたのです。マタイだけでなく他の徴税人や罪人とされていた人々が、イエス様に招かれて食事をしていたのです。いわゆる社会の中で失格者とされていた人たちと、食事をしたということなのです。その様子を見ていたファリサイ派という権威ある人たちは、「なぜ、あなたがたの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と質問しました。これは質問というよりも批判です。ファリサイ派の人々は、決して悪人ではありません。むしろ、信仰熱心で真面目な人々です。真面目に生きている人たちが、自分たちが守ってきたものを守らない罪人たちと、喜んで食事をしているイエス様が許せなかったのです。ファリサイ派の人たちだけではなく、誰が見ても、「何でこんな人達と一緒に食事をするのだろう」と不審に思う人たち、怪しむ人たちがいたのです。

Ⅲ. スラム街で

この箇所から思い浮かぶ人物がいました。戦前戦後にキリスト教を広めて、さまざまな協同組合を日本に創設した賀川豊彦です。賀川が神戸のスラム街に移り住んで、貧しい人々の為に働いた姿と重なりました。
賀川は明治21年に徳島県で裕福な家に生まれました。キリスト教の伝道者になろうと決めて、東京の明治学院を卒業して、神戸神学校に通うことになりました。しかし、この時に病気にかかった事が、大きな転機となりました。「結核」にかかり危篤状態に陥ったのです。その頃の様子は賀川が自伝として書いた『死線を超えて』という小説に書かれています。死の宣告を受けたにもかかわらず、奇跡的に回復をするのです。生死をさまよう死線を超えて、賀川は残りの人生を、貧しい人たちの為に身を捧げることにしました。神戸のスラム街に住むと決めたのですが、学業がとても優秀だった賀川を周囲の仲間が何度も止めました。「あそこは君が行くところではない」。「とんでもない悪い連中がいる所だ」と諭すのですが、イエス様が罪人と呼ばれる人達の家に行って食事をしたように、賀川は神戸のスラム街で生活を始めました。
スラム街は想像以上にひどい場所でした。新参者の賀川には金がありそうだと、刃物を持って強請りに来る者、俺が守ってやると近づいては金を要求する者、家に帰ると布団や米が盗まれて壁には拳銃の弾の跡が残っているといったエピソードが次から次へと起こります。長屋に住む女たちは生きるために売春をしていましたし、賀川がもっとも嘆いたのは「赤ん坊殺し」です。望まれないで生まれた赤ん坊を、養育費と一緒に引き取るのですが、そのまま餓死させるということが日常的に行われていた。そのようなことがスラム街では普通にありました。彼らに良心がなかったのではないのです。強請りも盗みも、売春も赤ん坊殺しも、善悪ではない、どれも生きていくための手段でした。世間から見ればあってはならない事ばかりです。しかし、そんな事がありながらも賀川はスラムの生活がシックリ合ってきたというのです。賀川は比較的豊かな生活をしてきました。生きてきた中でスラム街の生活ほど、張り詰めた生活をしたことがなかったと。スラム街を歩いていると、小さいながらも皆生きるために努力している。生きようとする努力に少なからず賀川は心動かされたといいます。スラム街のすべての人を尊敬したとも言っています。たとえ彼らが、ことごとく人生の失敗者であるとしても、彼らの失敗にはそれぞれ尊い失敗の理由があることを発見して、賀川は彼らを尊敬しました。
やがて、スラムに住む子どもたちが賀川を「先生」と呼んで集まってきます。教会に来る者が出てきた。賀川の活動が新聞にも載って応援する人も増えていったのです。スラム街での経験は、その後の賀川の活躍の基盤になっていきました。彼は一旦アメリカに渡米した後、神戸で協同組合運動を始めました。生活クラブとかコープといった消費者協同組合を日本で創設したのです。またJAと呼んでいる農協も、企業の中にある労働組合も賀川の尽力で作られたものです。当時発言する力が乏しかった労働者、消費者、農業従事者たちを、組合という形で団結させたのです。
スラム街の住人たちの、生きづらさの真っただ中へ入って彼らと一緒に過ごすことは、イエス様が示した愛の姿です。イエス様は罪人を救うために、ご自身を低くしてくださり、この地上に来てくださいました。さらに罪人を救うためには、罪の真っただ中まで入っていかなければならなかったのです。

Ⅳ. あわれみの主

今日の聖書箇所に戻りますが、12節「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」とあります。ここで医者を必要としていたのはマタイです。マタイは丈夫な人などではない、お金にしがみつくしかない病人でした。しかし、そこに「わたしに従いなさい」というイエス様の言葉が耳に入ったのです。医者を必要としていたマタイの耳に憐れみ深い声が響き、心を動かしたのです。なぜなら、マタイは心のどこかで、それを求めていたからです。マタイは憐みを求める病人でした。
つづいて「私が求めるのは慈しみであって、いけにえではない」と言われました。イエス様に差し出す、いけにえなど必要ありません。この自分を憐れんでほしい、慈しんでほしいと、マタイは心の何処かで求めていたのです。通りかかったイエス様は、それを知って収税所にやって来た。偶然ではなく、うつむいて、お金ばかり見ていたマタイに向けて声を掛けてくださったのです。なぜなら「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と言われた通りです。

わたしたちも、マタイと同じように医者を必要とする者です。医者を必要とする罪人です。しかし幸いなことに、神の愛は私たちが罪人であっても、いや罪人であるが故に、憐みと慈しみに与れるということです。罪人であるが故に招かれている。
「わたしに従いなさい」。この言葉には人を変える力があります。人を動かす力がある。マタイは収税所に居座る罪人から、立ち上がって『マタイによる福音書』を書いた証し人になりました。私たちもこの一週間、求める人のただ中に入っていきたいと思うのです。それぞれの持ち場で、憐みの主を証しする者でありたいと願います。お祈りをいたします。

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祈りの力

2021年6月27日
詩編95編1-7
2テサロニケ3:17-18

1,はじめに

今日の聖書箇所は、テサロニケの信徒への手紙二の最後の箇所です。この箇所から「祈りの力」と「キリストの再臨」の二つの事について学びたいと思います。
まず祈りについて。パウロはいつも手紙の最初と最後に、祈りの言葉を記しています。今日の聖書箇所でも、パウロが祝福を祈る祈りをもって終わっています。あるクリスチャンの、祈りの人生の話しをしたいと思います。

2,「夕あり朝あり」

先日、伝道集会のノア会でクリスチャン実業家の話しをしました。波乱万丈な人生を、夫婦で祈り合いながら歩んだ人の話しをしました。それは明治時代、クリーニング事業を営んだ五十嵐憲二という人の話しで、作家、三浦綾子が「夕あり、朝あり」という本で紹介していました。五十嵐健治は明治10年新潟の生まれで貧しい家で育ちました。一攫千金の金持ちになることを夢見て、家を飛び出すのですが、どこに行っても仕事が長続きせずに、流れながれて北海道にたどり着きます。ところが騙されて開拓地の肉体労働をさせられる羽目になりました。奴隷のように逃げ出せない日々。このままでは死んでしまうと思い立ち、そこを逃げ出し歩いて小樽の町の宿屋にたどり着きます。まったくの無一文ですから、宿に入り翌朝になって「実はお金がない」と主人に言うのです。仕方がないから、宿代の代わりにしばらく宿で働くことになりました。その宿で出会ったのが聖書でした。しかし、聖書を広げてみてもまったくわからない「それなら二階に泊まっているお客さんに聞いてみるといいよ」と言われて紹介されたのが常連客の中島という人だったのです。それから憲二は毎日この人から聖書を学びます。そしてある日、宿の近くにある井戸の水で洗礼を受けました。この中島という人は「キリスト同信会」というブレザレン系の教会の信徒で、健治は生涯この同信会という教会で信仰を守っていくことになります。信仰をもってから五十嵐健治の人生が変わっていくのです。東京に出てきてから、この同信会の信徒たちとの交わりができ、結婚し、仕事の面からも信頼されるようになって「三越」という日本で初めてできた百貨店で勤めるのです。
ところが「三越」で10年働いたところで、仕事を辞める決意をするのです。自分を変えてくれた神様のことをもっと伝えたい、もっとキリスト教の伝道に当たりたいという思いがあったのです。それには務めているより自営業を営んだ方がいいと考えました。そこで選んだ仕事がクリーニング業でした。当時のクリーニング業は人がやりたがらない職業だったそうです。ところが仕事を始めると、外国には水を使わないクリーニングがあるというので、健治は研究に研究を重ねて日本で初めてドライクリーニングを始めるのです。その店の名前を「白洋舎」と名付けました。
会社の事業ですから良いことばかりではありません。会社乗っ取り事件が一番辛いことだったとありました。信頼していた責任者が社員の大半を連れて、別のクリーニング会社を始めたのです。健治はこの裏切り行為に怒って嘆いて泣きました。しかしそんな時、妻のヌイさんが「あなた、わたしたちは人には捨てられましたが、神には捨てられていませんね」と言われて、健治は「はっ」となって我に返ったといいます。聖書にある「自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい・・復讐は私のすること・・悪にまけることなく、善をもって悪に勝ちなさい」という、パウロがローマ書(12章19節)で語った言葉を読んで祈ったとありました。健治は奥さんと、裏切って向こうについた人たちのために真剣に祈ったというのです。自分の至らなさから、彼らを躓かせたことを神に詫びて祈った、すると心が少しづつ平安になっていった、平安になると残ってくれた社員が、神様が与えてくださった宝物のように思えてきた、そうして祈りの力によって立ち直っていったのです。そのきっかけは、一緒に祈りましょうといってくれた妻の存在です。人間祈ったからといって、すっかりと平安を取り戻せるというものではありません。それが人間というものです。しかし、当初の怒り嘆いていた時とは違うというのです。
そのように健治が白洋舍の事業を展開していくと、社員の中にも信仰者が増えていったそうです。本社の近くに教会を建てるなど、事業を通してキリストを伝える働きをしていきました。実はうちの教会に、白洋舎の本社に勤めていたという方がいて、晩年の五十嵐憲二を知っている信徒の方がいました。とっても素敵なジェントルマンでクリスマスには会社でクリスマス会があったことなどを話してくださいました。

3,祈りの力

五十嵐健治と奥さんの二人が、繰り返しやってくる試練に対して、祈っていた様子が印象的でした。特に人を赦すということは難しいことです。「汝の敵を愛せよ」と言われても、簡単にできることではありません。しかし、パウロの手紙を読んでいても、要するに「そのためにどれだけ祈っているのか?」と言うことだと思うのです。パウロは、本当にテサロニケの人々を愛していましたし、同時にとても心配していました。間違った信仰理解をしている人たちもいたからです。彼らに厳しい言葉で諭すこともありましたが、それ以上に愛をもって祈っていたのです。健治と奥さんも、思い通りにならない人を変えてやろうとか、ライバルの失敗を願っていたら、それは間違った敵と戦っているようなものです。ことを成してくださるのは神様ですし、戦う相手は自分の中にあるサタンです。なぜなら、許せないその人を、神様は愛しているだろうか?と考えれば、もちろん罪を犯していても神様は愛しているでしょう。そこで考えてみたいのです。自分は神様に愛されているだろうか? 愛される価値があるだろうか?義人はいない、一人もいない、私たちは罪人ですから、誰一人として、神の恵みを受けるに値しません。人を赦すことをしないで、自分だけ神の赦しを乞うことはできないでしょう。ただ人を赦すことは、とても難しいというのは事実です。だから祈りが必要なんです。一人で祈るのが難しければ、一緒に祈る人が必要です。健治は苦難にあうと、いつも奥さんの信仰に「はっ」として我に返る人でした。イエス様は、私たちのために祈ってくださっています。そして、私たち

が誰かのために祈ることを望んでおられます。
「私は信仰がなくならないように、あなたのために祈った。だから、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカによる福音書22章32節)

4,パウロの「キリストの再臨」理解

もう一つのテーマ「キリストの再臨」について。パウロは、この手紙で「再臨」のことを伝えようとしました。パウロは再臨の時をどのようにとらえていたのでしょうか。パウロは復活したイエス様出会って衝撃を受けました。パウロにとって復活はキリストの再臨を理解する基盤になっていきます。同時にパウロは旧約聖書に精通した人でした。旧約聖書に書かれていたメシアの到来という預言について熟知していたでしょう。たとえばエレミヤ書では「新しい契約」の預言の中で「その日が来る」という言葉が繰り返し述べられています。「その日」というのは、救い主であるイエス・キリストの到来と、さらに先にある終末の時に救いが完成することの、二つの段階の希望を指しています。復活のイエス様と出会ってしまったパウロは、まず旧約聖書の預言の視点から考えたと思うのです。イエス様の復活のできごとも、終末の再臨のできごとも、来たるべき終末の時代が、二つの段階で到来したと見ていたでしょう。つまり終末のできごとは、キリストの復活で既に「到来しました」し、将来キリストの再臨でも確実に「到来する」とパウロは理解していたのです。
N.Tライトという神学者は「第一の終末と、第二の終末の間に生きていることをパウロは自覚している」と説明していました。「第一の終末と、第二の終末の間」に、テサロニケの人々やパウロ、そして私たちもいるのです。ですから、パウロがこの手紙でテサロニケの人達に忠告したように「再臨の時がいつ来るのか?」と憶測するのは意味がないのです。すでに救いは来ていますし、将来必ず救いは完成するのですから、パウロは惑わされずに、今をしっかり生きることに目を向けさせたのです。それを確実にするものが祈りの力です。
5,小さな祈り
お祈りについて、以前、我が家の食事の祈りを、3歳の息子がする話しをしました。教えたわけでもないのに「今日も共にあることに、アーメンいただきます」と祈ると話しました。しかし、最近はこのお祈りもだんだん省略されてきて「今日もあることにアーメン」になってきました。しかし短くなると意味深くなるなと思いました。「今日もあることにアーメン」今日・・何があるのか?と。「命が」「恵が」「今日という日が」「家族が」「仲間が」そして「神様が」今日あります。「光あれ」と言われた神様が、今日この日のために「ここにあれ」と置いてくださったものは素晴らしいものです。うちの息子にとっては目の前の、ご飯があることにアーメンかも知れません。小さくて、当たり前のようにあるものです。それでもかけがえのない大切なものです。みなさんの前には今日、この日、何が「ある」でしょうか。パウロはこの手紙の中で再臨の希望を覚えつつ「今を生きる」ことを示しました。今日、聖なる者になるように生きる指針を伝えました。つまり「今日、神様によってあるものに感謝して祈る」そんな生活こそがパウロの教える、聖なる生活の指針です。小さなことに感謝できることは、生きる力を与えます。その祈りには力があります。今日あるものに、今日あることに感謝する、それは小さなことでも、祈りによって力あるものになります。最後にパウロの最後の祈りの言葉で、テサロニケの信徒への手紙を終わりましょう。18節「私たちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがた一同と共にありますように」お祈りいたします。

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きょうだいとなるために

和田一郎副牧師
詩編133編1-3節 、テサロニケの信徒への手紙二3章6-15節
2021年4月25日

今日の説教題は「きょうだいとなるために」です。もちろん教会の兄弟姉妹のことです。キリスト教会では信徒同士が兄、姉、兄弟、姉妹と呼ぶ伝統があります。神様を父と呼ぶことができて長男はイエス様です。それに続く兄弟姉妹が私たちで、これが神の家族です。今日はパウロが書いたテサロニケの信徒への手紙から、「きょうだいとなる」ことについて、考えていきたいと思います。

Ⅰ.「きょうだいたち」

6節「きょうだいたち」は、先月まで使っていた「新共同訳」では漢字で兄弟と書かれていましたが、新しい協会共同訳では平仮名で書かれています。テサロニケ教会の信徒は、男性も女性もいました。新しい聖書では現代の感覚として差別的であったり、不快に感じる表現が改められました。きょうだいの意味が男性を特定した箇所もあるので、そこには漢字で「兄弟」と書かれています。聖書は男性優位に書かれていると言われる方もいます。聖書の中の時代も、キリスト教会の伝統の中でも男性優位の文化があったことは否めないことだと思います。しかし、創世記において神様が人間を造られた時「男と女に創造された」(創世記1章27節)と、男女は同じように造られました。同じように「神のかたち」に造られました。その後、女が男の「助け手」として造られたとありますが、それは、男と女の主従関係を表しているのではありません。
カンバーランド長老教会には女性の長老も女性の牧師もいます。互いの賜物の違いを受け入れて、同等に扱われていくというのは、これからの時代に必要なことです。
6節にもどりますが、パウロは、テサロニケ教会には教えに従っていない人がいると指摘しています。イエス様が再び地上にやって来る再臨の時が、間もなくやって来ると信じて、コツコツと仕事をする必要がないと怠けた生活をしている人たちです。教会の経済を一部の人たちが負担を負って、間違った考え方から不公平を生んでいるとしたら問題です。パウロはここで厳しい言い方をしていますが、それには理由がありました。パウロがかつてテサロニケに滞在している時、テント作りの仕事をしながら宣教の働きをしていたのです。本来ならパウロのような伝道者は、経済的なサポートしてもらうことができました。イエス様も「働く者が食べ物を受けるのは当然である」(マタイによる福音書10章10節)と言いました。しかし、パウロがあえて働いていたのは、模範を示すためでした。働く尊さを知ってもらいたかったからです。テサロニケの手紙には「働く」ということが再三でてきます。10節に「働こうとしない者は、食べてはならない」という言葉があります。これは「働かざる者、食うべからず」という諺を生みました。
しかし、働く者は食べてよくて、働かない人は食べてはいけない、という意味ではありません。景気が悪くて仕事がない人や、健康の問題があって働けない人もいます。聖書に書かれている意味は、働けるのに働こうとしない人に向けてパウロは言っているのです。

Ⅱ.労働

働くことは信仰生活の中で重要なことです。創世記を見ると、人間に与えられた最初の仕事というのは、神様が創造し「良かった」とされた世界を治めることでした。
創世記1章28節「産めよ、増えよ、地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ」とあります。この箇所も以前の聖書では、「支配せよ」とありましたが「治めよ」と改められました。かつて人間が自然を自由に扱ってよいという解釈があって、自然破壊や動物の乱獲などが黙認されてきました。辞書を調べましたが、日本語の「治める」という言葉は「乱れているものを平定する」「整った状態にする」という意味合いが多くある言葉です。神様は天地を創造されましたが、その被造物を整った状態に治める働きを、人間に委ねたのが創世記1章28節の意味です。この箇所を「文化命令」とキリスト教会では呼んできました。神様からの命令ですから、神の代理人として治めることが私たち人間の仕事でした。続く仕事はエデンの園を耕し、守ること(創2: 15)、そして被造物に名前をつけること(創2:19)でした。名前を付ける仕事というのは、人間が被造物一つ一つを認めて、受け入れて、理解し治めることを意味します。名付け親になったことはあるでしょうか。名前を付けると責任を感じて見守ってあげようという気持ちが起こります。人間が名前を付けた動物を見守ることを意味します。
エデンの園を耕すことは種を蒔いて育てるためです、さらに「守る」とありますが、守ることは整った状態を維持することになります。支配することとは随分違う働きです。つまり、人間の労働はこの世界に秩序を与えて発展を助けること。それは昔の話ではありません。今の、私たちの仕事も同じです。地上を治めることは、神様の働きです。命を育てるのは神様の仕事であり、この神様の仕事に人間が招かれたのです。人間の労働は、本来神様がなさるはずの仕事を神様に代わって、させていただくという喜びに満ちたものです。
神様はこの仕事を一人の人間だけに、任せたのではなかったことが分かります。同じ神の「かたち」を持つ女を創り、二人が協力して使命を達成するようにされました。女は男と同じ神のかたちを持っています。男に従属させられては、女性の中の神のかたちに傷が付きます。互いの個性、賜物、人格を支配しては、神のかたちに傷がつく。それが、人が人を大切にする、隣人を愛することの根源的な意味ではないでしょうか。その基盤があって、働くことを通して人格的な交わりを育てていくことを神様は望んでおられます。
テサロニケの手紙にもどりますが、パウロは、自分から率先して働く姿を見せて、そのことを示しました。

Ⅲ.戒規

しかし、パウロが再三にわたって働くことを命じても、従わない者たちがいたようです。14節「もし、この手紙で私たちの言うことに従わない者があれば、その人とは関わり合わないように気をつけなさい」とあります。教会は神の家族だと言っても、秩序を整える必要があります。その時に用いられるのが「訓練規定」とか「教会戒規」というものです。カトリックでもプロテスタントの教会でも、秩序を保つための規定を設けています。カンバーランド長老教会では「訓練規定」と呼んでいて、助言から始まって、戒告、資格停止などがあるのです。しかし、罪を犯した人を処罰したり、追いだすことが目的ではありません。15節にあるように「その人を敵とは見なさず、きょうだいとして」とありますが、その人が悔い改めて、再びきょうだいになる事が最終目標です。このような対応をとる根拠というのがマタイによる福音書18章でイエス様が教えてくださった対応です。
「きょうだいがあなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところでとがめなさい。言うことを聞き入れたら、きょうだいを得たことになる」(マタイ18章15節)とあります。訓練規定は「言うことを聞き入れて、きょうだいを得る」ことが目的です。悔い改めを待ってくださったイエス様に倣って、きょうだいとなることが目的です。

Ⅳ. きょうだいとなるために

今回聖書箇所でパウロがしていることは、牧会のことだと思いました。
牧師の「牧」と教会の「会」で「牧会」と言います。辞書には「信徒の魂の配慮をし、信仰と生活を導くこと」とありました。パウロは、自ら仕事を実践して働く意義を示したり、間違った生活をしている人を戒めて、牧会しているのです。まさに創世記にあるように、支配ではなく教会を「治める」ということをしているのだと思いました。
かつて、私が神学校に行っている時に牧会について学んだことがありました。神学校は全寮制なのですが、ある学生が重大な規則違反をしたので退学処分になってしまいました。それは、牧師になるために送り出した両親や教会にとってもショックだったと思います。退学処分が決まった時に、寮生が全員集められて、大学の先生から説明がされました。規則違反をした学生が退学処分になったこと、本人は実家に帰ること、そして、帰った地元に大学の教員が行って、両親と教会の牧師に会って、今後のことを相談すると言ってました。私はとてもビックリしました。普通の大学でしたら、退学処分にしたら、それでおしまいです。それ以上は関わらないでしょう。しかし、キリスト教大学では、その後も何度か連絡をとっていました。そして寮でも2・3回そのことで集められて退学した生徒の為に祈りました。そこで先生が言ったのです。「なぜ、こうやってみんなに説明して祈っているのか考えて欲しい」と言ったのです。「君たちは、これから教会に仕えていく。牧師であったり宣教師であったり教会の働きに就いて行く。そのために「牧会するということを考えて欲しいと」言われたのです。その時感じたのは、この学校の先生たちは、学問を教えているのだけれど、それぞれ牧会しているのだなと思いました。それぞれのクラスで牧会マインドをもって教えている。普通の学校と違うと感じていたのは、そこなんだなと、分った気がしたのです。
今日の聖書箇所15節に「その人を敵とは見なさず、きょうだいとして諭してあげなさい」とあります。クリスチャンであっても、罪を犯してしまう時があります。しかし、同じ、神のかたちに造られた者です。
イエス・キリストが十字架で犠牲となってくださったゆえに、偶然ではなく私たちは兄弟姉妹となりました。牧会マインドをもって、きょうだいたちと励まし合っていきましょう。
お祈りいたします。

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キリストの忍耐

和田一郎副牧師
詩編86編11~17節
テサロニケの信徒への手紙二3章3~5節

2021年3月28日

はじめに

今月私たち夫婦は結婚7周年を迎えました。しかし、時々喧嘩にもなります。ほとんどの喧嘩がゆっくりしている妻に対して、私は「もっと早くもっと効率よく」とイライラして喧嘩になることが多いのです。また、3歳の息子はなんでも自分でやらないと気が済みません。夫婦の関係も子育ても、早く、効率よくということは当てはまらないと最近思いました。今日は皆さんとテサロニケの手紙から御言葉を分かち合っていきたいと思います。

Ⅰ.今を生きる

今日の聖書箇所3節でパウロは「しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます」と記しています。前の節でパウロは、自分たちが迫害を企てる悪人どもから守られるように祈ってください、と伝えました。そして、今日の箇所では、自分たちを守ってくださる神様は真実な方ですから、テサロニケの信徒たち、あなたがたのことも、必ず守ってくださる。そして、これまで自分が命じることをテサロニケの人々は現に実行しているし、これからも実行してくれると確信している。と言うのです。パウロがこれまで「命令してきたこと」とはいったい何でしょうか。
テサロニケの手紙は1と2があって、二つの手紙は間をおかずに続けて送られたと言われています。この中でパウロがテサロニケの人々に教えてきたことの一つは、再臨の正しい理解です。再臨は、いつかまたイエス・キリストが来られて、キリストの裁きを受けたのちに、キリストが神の国をこの地上に打ち建ててくださることです。それは私たちクリスチャンにとって喜ばしい時です。しかし、それが、いつ来るのかは分かりません。ところがテサロニケの人々の中には、再臨の時がいつ来るのかと気にしてばかりいて、問題になっていました。そんな彼らをパウロは戒めたのです。パウロは次のように教えました。
「あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、私たちは生きていると言える」(テサロニケの信徒への手紙一3章8節)と教えたのです。
彼らにパウロが命じたことは「今を生きる」ということです。いつ起こるか分からないことを気にして生きるのではなく、もっといい生活があるはずだと、今をおろそかにするのではない。再臨の希望を心に留めながら、今をどう生きるのかをパウロは示しました。
少し話が脇にそれるようですが、来週から使う「聖書協会共同訳」では、今の聖句は「私たちは今、安心しています」と訳されていて「生きる」という言葉が抜けていました。しかしギリシャ語の原文では「生きる」という言葉があるので、新共同訳の「今、私たちは生きている」という訳の方が原文に忠実だと思います。パウロがこのテサロニケの手紙で教えていることは、再臨の理解をしっかり説明したうえで、今をしっかり生きるということです。
「メメントモリ」という言葉があります。「死を覚えよ」という意味です。命に限りがあることを心にとめて、今を生きることに目を向ける言葉だそうです。パウロはこの手紙の中で、再臨の時を心にとめて、今を生きることを勧めています。それを「聖なる者となる」とか「主に倣う者になる」と表現してきました。今をどのように生きるのかという具体的な教えが、みなさんもよく耳にする、テサロニケ第一の手紙5章の言葉です。
「兄弟たち、あなたがたに勧めます。怠けている者たちを戒めなさい。気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(テサロニケの信徒への手紙一5章14-18節)。
このように、今を生きることをパウロは教えているのです。今私たちは生きている。キリストの命を生きています。それはキリストの復活の命であり、永遠の命に与って生きることを意味します。生けるイエス様と今、共に生きるということです。
「生きているのは、もはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられる」(ガラテヤの信徒への手紙2章20節)。それが、今日の聖書箇所4節で、パウロがテサロニケに人々に命じてきたことの意味です。これはキリストの復活を理解するうえでも、クリスチャンとしての自覚を考える時にも、そして福音という良い報せの意味を知るうえでも大切なことです。

Ⅱ.キリストの忍耐

続いて、今日の聖書箇所5節で「神の愛」と「キリストの忍耐」とを悟りなさいとパウロは結んでいます。これはイエス様をまだ信じていない人を、信じて救われるように待っているという忍耐です。キリストの忍耐について、パウロはローマ書で次のようにのべていました。
「滅びることになっていた怒りの器を、大いなる寛容をもって耐え忍ばれた・・・」
(ローマの信徒への手紙9章22節聖書協会共同訳)
とありました。パウロは、イエス・キリストをまだ信じていない不信仰な人たちを「大いなる寛容をもって耐え忍ばれ」ているというのです。それがキリストの忍耐です。イエス様が話された「ブドウ園の労働者と主人」の話が、このことをよく表していると思いました。

Ⅲ.ブドウ園の主人の忍耐

あるブドウ園の主人が、農園で働く労働者を雇います。最初は夜明け行って一日1デナリオンで雇います。次に9時に広場に行くと、まだ人がいたので雇います。さらに同じ条件で12時、3時と広場に行って雇った。最後に夕方5時ころにまた行くと、まだ人がいた。主人は、この人たちもブドウ園に送り込んだ。夕方になって主人は、最後に来た者から順番に報酬を払うように命じた。5時から働いた人に1デナリオンが支払われた。途中から来た人にも、朝一番から働いていた人にも同じ1デナリオンを払いました。当然のようにクレームが出ました。早朝からフルに働いた人は「何で最後に少ししか働いていない、彼らと同じ報酬なのだ」と言います。けれども、主人は約束を破っていません。「友よ、あなたは私と1デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。」という話です。
気前の良い主人は、神様に譬えられていて、神様が与えてくださる恵は、働く時間の長さや、仕事の質で測ることをなさらないということです。信仰生活が50年であろうと、数日間の信仰生活であっても神様の恵は同じです。
洗礼を受けたばかりの頃の私は、どう考えても不平等だと思えて理解できませんでした。しかし、それだけこの話は、人間的な価値観と神様の価値観が違うという典型的な話だと思います。私が思うには、ブドウ園の主人は朝一番で仕事を探している人全員に来てほしかったのだと思います。でも呼びかけに応じた人は一部の人だったのです、ですが主人はまた広場に行きました。一日に何度も「ブドウ園で働かないか?」と呼びかけに行ったのです。もしかしたら、呼びかけたのに応じないで様子を見ている人も、いたのではないかと思うのです。そんな人もいるのを承知で、主人はまた呼びかけに行った。しかし、主人は「何でまだ来ないんだ!」とイライラして我慢して呼びかけに行ったのではない。大いなる寛容をもって耐え忍ばれて呼びかけに行った。そして最後に、気前良く支払いをしてくださる、それが神の忍耐です。
いつものブドウ園の労働者のたとえ話を、ちょっと違った解釈からお話をしましたが、これは自分の経験からも思わされます。私は小さい時から親と一緒に教会に行く機会はありましたが、決して自分から教会に行くことはしなかった。呼びかけに応じなかったのです。社会人になってから信仰を持つことができました。それまでイエス様は本当に忍耐してくださったのだなと思います。キリストの忍耐によって生かされている。その寛容な忍耐に今とても感謝しております。
先週、長年教会学校の奉仕をされている姉妹と話しをする機会がありました。その姉妹は、教会付属のみどり幼稚園の先生もされていたそうです。その卒園生にずっとクリスマスカードを送っていると聞きました。最初の生徒さんは、今60歳を過ぎたと聞いて驚きました。今も毎年、聖書のみ言葉が書かれたカードを送っているそうです。中には信仰をもっていない人もいて「先生が送ってくれたカードの御言葉と同じ言葉が、近くの教会に張り出されていました。それで久しぶりに聖書を開きました」というお便りが来たそうです。信仰をもつか持たないかは分かりませんが、ひたすら何十年も御言葉付きのカードを送っている。その姉妹は「いつになったら信仰をもってくれるのかな?」とイライラしてカードを送っているのではないのです。「自分は本当に恵まれている」と話していました。
その姉妹の話と、ブドウ園の主人が呼びかけ続けていたこと、神様が再臨の時まで、寛容な忍耐をもって救いに招き続けている、忍耐の意味が分かるような気がしました。
パウロは、そのキリストの寛容な忍耐を悟りなさいとテサロニケに人々に伝えています。迫害など、いろいろと問題があって宣教が進まなくても、キリストは寛容に忍耐してくださるから、焦らずに、しっかり今を生きて福音を伝えなさいと教えているのです。
神様は、悪をもって悪に報いてしまう、私たちのことを知ってくださいます。弱い人を支えられない、いつも喜ぶことができない、祈ることができない、感謝を忘れてしまう私たちの弱さを知っていてくださいます。そのように今を生きるということができない、私たちの欠けを知っていて、それでも今も寛容をもって忍んでくださっています。神の愛、キリストの忍耐を悟り、今、与えられている中で、生きていきたいと思うのです。
お祈りをいたします。

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主日共同の礼拝説教

共に生きる

和田一郎副牧師
ルツ記2章1-4節、テサロニケの信徒への手紙二3章1、2節
2021年2月28日

Ⅰ. コリントでの困難な状況

今日の聖書箇所のはじめに「終わりに」とパウロは記しています。パウロがテサロニケの教会の人々に宛てた手紙も、終わりに近づいています。これまでパウロはテサロニケ教会に向けた手紙の中で、神様に喜ばれる聖なる生活について、この手紙の中で教えてきました。まだ、できたばかりのテサロニケ教会は、ユダヤ人たちに迫害されることもあったのですが、パウロは手紙を通して彼らを励まし続けていました。しかし、実はパウロも困難な状況の中にいたのです。パウロはアテネという学問の盛んな町で宣教をしましたが、そこで教会を形成することはできませんでした。次にたどり着いたコリントの町は、腐敗と繁栄が入り混じった大きな町でしたが、このコリントの町でもユダヤ人による妨害があったのです。ある夜、パウロは幻の中で神様の言葉を聞きます「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる」(使徒言行録18章10)。苦難の中にいるパウロには、このような励ましの言葉が必要でした。多くの人々を信仰に導き、励ましてきたパウロ自身も、実は励ましと支えを必要としていたのです。
そこで今日の聖書箇所3章1節で、パウロは求めるのです。「兄弟たち、わたしたちのために祈ってください。主の言葉が、あなたがたのところでそうであったように、速やかに宣べ伝えられ、あがめられるように」。テサロニケにパウロが滞在したのは、たった3週間程であったと言われています。そこで福音を信じた信仰者たちは、パウロが去った後もテサロニケで教会を形成したのです。テサロニケ教会でそうであったように、パウロが今滞在しているコリントでも速やかに福音が宣べ伝えられるように、祈って欲しいという祈りの要請です。しかし、それは簡単なことではない。テサロニケの町でそうであったように、ここコリントでもパウロの宣教活動を妨害するのはユダヤ人でした。しかし、考えてみますと、イエス様もパウロもユダヤ人です。なぜ、パウロが行く先々でユダヤ人たちの妨害を受けたのでしょうか。

Ⅱ. ユダヤ人

新約聖書の時代、ユダヤには多数の信仰グループが存在しました。ファリサイ派やサドカイ派などの分派がたくさんありました。しかし、彼らの信仰は旧約聖書に記されている本来の信仰からは、それぞれ逸れてしまって、偏った解釈のもとで信仰を守っていました。多くのユダヤ人はユダヤ人以外の民族を「異邦人」と呼んで、人間として低くみなしていたのです。しかし、イエス様は、ユダヤ人が救いには与れないと決めつけていた異邦人にも救いがあると説いたので、彼らとの間で緊張が生まれました。そして、十字架の贖いによって、それが決定的になりました。すべての人々に救いの道が開かれたのです。パウロは、その救いの道を福音として広めたのです。特に異邦人宣教のために、復活したイエス様から召命を受けて、諸外国の異邦人伝道の働きにつきました。ですから異邦人に神様の祝福などはあり得ない、としていたユダヤ人から攻撃の的となったのです。同じユダヤ人、同じ唯一の父なる神様を信仰していたが故に、その理解の違いからパウロは行く先々でユダヤ人の妨害にあったのです。今日の聖書箇所の2節に「道に外れた悪人ども」とは、ユダヤ人のことであり、「すべての人に信仰があるわけではないのです」というのも、イエス・キリストを救い主であると信じる信仰を、すべてのユダヤ人がもっているわけではないとパウロは説明しているわけです。だから、「祈ってください」自分の働きには祈りが必要なのだと、祈りの要請をするのです。

Ⅲ. 祈ること、共に生きること

今日の箇所は「祈ってください」という、相手にお祈りをお願いしている箇所なのですが、パウロが祈りの要請をしている箇所は、他の手紙でも多く見ることができます。
「“霊”が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、」(ローマ書15:30)。「わたしがしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈ってください」(コロサイ4章4節)。パウロは相手のためにいつも祈る人ですし、「祈って欲しい」と求める人です。
ボンヘッファーという神学者は「キリスト者は、日ごとに共に生活すべき人たちである・・・すべてのキリスト者の共同生活の核心とも言うべき点は・・・その成員相互のとりなしの祈りによって生きるのであり、それがなければその交わりは壊れてしまう」(『共に生きる生活』)。つまり、互いに祈り合って生きる日ごとの生活が、キリスト者をキリスト者たらしめると言っているのです。ひとつの教会に繋がる信徒同士が、互いに祈り、祈られる、それがキリストにあって「共に生きる」ということなのです。
今日お読みした、旧約聖書ルツ記の箇所は、ルツという女性が姑のナオミと二人でベツレヘムにやってきた時の話です。やもめになって先行きに不安のある女性二人が、その町にやって来ました。嫁のルツは、ある畑に行って落穂を拾わせてもらおうと思いました。収穫をしている他人の畑に行って、落ちている麦の穂を拾わせてもらう。貧しい二人が食べていくには、この方法しかありませんでした。そこに畑の主人がやってきて、作業をしていた農夫たちとあいさつをするのです。主人が「主があなたたちと共におられますように」と言うと、彼らは「主があなたを祝福してくださいますように」と挨拶を返しました。執り成しの祈りが、そのまま挨拶になったような、温かい信仰共同体の様子を見ることができます。その温かい信仰共同体の中に入ることができたナオミとルツは、神の祝福を得ました。神様において結ばれた信仰共同体においては、信仰によって「共に生きる」という、恵に満たされた生活があります。
テサロニケの手紙に戻りますが、互いに祈り合うといっても、パウロのように「自分のために祈って欲しい」と、なかなか言えない思いもあると思うのです。「誰かのために祈りましょう」とは言えても、「私のために祈って欲しい」と口に出して言えない人というのは多いように思います。日本人は、人にお願いごとをするのを遠慮する文化があります。相手に心配させたくないですし、困っていることを人に打ち明けることをはばかる思いがあると思うのです。しかし、今日の聖書箇所から、パウロはそのような遠慮をする文化から一歩踏み込んで「祈って欲しい」と祈り合う、キリストにある交わりの奥深さを勧めているのです。
わたしは、亡くなった母の言葉で大切にしていることがあります。母が病気で入院している時、亡くなる数か月前のことだと思います。母は自分が天に召されて葬儀を行う時に、誰に何を依頼すべきか、リストにして紙に記してありました。葬儀の司式をする牧師先生、オルガンの奏楽者、控室での食事の支度をお願いする近所の方々などです。その紙を私に渡して「人にお願いごとをするのも、大切なコミュニケーションなのよ」と言いました。私は言われた通りに、皆さんにお願いをしました。そして、そのことをずっと大切にしてきました。母の名前は頼子です。「神様に依り頼む人」という意味をこめて「頼む子」と付けられたそうです。それで私も自分の息子に、人を信頼して、人に頼り頼られて育って欲しいので「頼人」と名付けました。人と祈り祈られる人になって欲しい、神様に信頼して依り頼む人になって欲しいと思いました。
パウロは、「自分のために祈ってくれなくても大丈夫」などと言うことはありませんでした。むしろ「祈って欲しい」「祈ってください」と何度も依頼しました。それは祈りを通して生み出される、力を信じていたからです。

Ⅳ. 祈ってください

パウロの手紙を読んでいると、パウロの祈りの要請は、その相手や目的も多様であることに気づきます。ある時は「あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません」(ローマ書 12章14)と祈るのです。先ほども話ましたがパウロはことごとくユダヤ人に迫害を受けてきたのです。その「ユダヤ人の祝福を祈ってください」と、相手に求めているのです。ある時は「夫婦は互いのために祈ってください」(一コリ7:4-5)と求めますし、弟子のテモテには、「王や政治家のために祈ってください」(一テモ2:1-2)と祈りを求めています。さらにパウロは言うのです、祈りというのは、その人の内にある「霊が祈っている」(一コリ 14:14)。そして、祈る人は「祈りによって聖なるものになる」と告げています(一テモ4:5)。わたしたちキリスト者は、祈り祈られる関係において、聖なるものとされていきます。
コロナ渦の中で互いに会うことが難しい状況があります。このような状況で「祈ってください」というのは、神様の呼びかけではないでしょうか。私たちが遠慮から一歩踏み出して、祈りを求めることは、信頼されている喜びを相手に生み出します。そうした愛の良いわざを行うことは、神の栄光を表すことになるでしょう。それを祈り合うことを通して、求められているのではないでしょうか。
先日、教会の仲間が引っ越しをするので、お手伝いをしました。小さい車に荷物を詰め込んで、教会のみなさんと荷物を運んだのです。荷物を運び終わって「これから友人の新しい生活が始まるのだな」と思いました。一緒に手伝っていた人から「祈ってください」と言われたので私はそこで祈りました。無事に引っ越しができたことと、新しい生活を祝福してくださいと祈りました。ついさっきまで空っぽで何もなかった部屋に、家具が運ばれて、最後に皆さんと祈った時、そこに息吹が吹き込まれたように思いました。イエス様は、「わたしの家は、祈りの家」だとおっしゃいました。友人のその家はイエス・キリストにある、聖なる住み家になるのだと思いました。「兄弟たち、わたしたちのために祈ってください」。祈ることを通して、神の栄光を表していきましょう。
お祈りしましょう。