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主日共同の礼拝説教

豊かに蒔く人

和田一郎副牧師
エレミヤ書32章6-17節
コリントの信徒への手紙二9章6-15節
2022年9月25日

Ⅰ. はじめに

わたしの家の周りに土がむき出しになっている所があったので、土をならして種を蒔きました。地面を覆ってくれる葉の種を蒔いたのです。均等になるようにパラパラ蒔いたつもりでも、芽が出てくると、結構マダラになりました。しかし成長していくにつれて芽がでなかった所にも葉が増え広がって、やがて均一にキレイに覆われていきました。種を蒔いたあとの広がり方は、自分の意思とは関係なく、周りの草木と調和して、いろんな所に増えてます。育ててくださるのは神様の摂理だと思いました。

Ⅱ. パウロの支援活動

今日の聖書箇所には、種の蒔き方が書かれています。といっても植物の種ではありません。慈善活動に献金することを「種蒔き」と語っているのです。
9章の小見出しの所には、「エルサレムの信徒のための献金」とあります。「エルサレムの信徒」というのは、イエス様の弟子であったペトロやヨハネたちがいるエルサレム教会の人達のことです。エルサレム教会は、キリスト教会として最初に誕生した教会でした。しかし、使徒言行録に書かれている通り、そこはユダヤ教の中心地でもありましたから、ユダヤ人たちから激しい迫害を受けるようになったのです。また、飢饉の影響もあって生活が困窮しました。そのようなエルサレム教会のために、パウロは各地の教会で献金を集めてエルサレム教会を支援しようという運動を始めたのです。パウロは第一のコリントへの手紙でもエルサレム教会への支援献金の呼びかけをしましたし、この第二の手紙でも8章から、そのことを伝えていて、今日の聖書箇所まで熱心に訴えているのです。
ここで私たちが注目したいのは、コリント教会の人々にとって、エルサレム教会の人というのは、会ったこともない、知らない人々だったということです。私たちはペトロやヨハネを知っています。しかし、コリントはギリシャにあり、エルサレムは遠く離れたユダヤです。会ったこともない、名前も知らない人々を、同じキリストの教会に連なっているという、ただその一つのゆえに、相手を支えようとしている。パウロが行っていた献金活動とはそういうものだったのです。
教会の中で献金の話しになると「なんだ教会もお金かよ」と思われるかも知れません。とくに今、日本では統一教会のお金のことが取り沙汰されていますから「宗教はやっぱりお金か?」と思われてしまったら残念です。しかし、聖書にはお金に関わる話しが沢山でてきます。なぜならお金の扱い方一つで信仰が豊かにもなりますし、大きな躓きにもなるからです。そして、お金の扱い方においても神様の御心が聖書にしっかりと書かれているからです。

Ⅲ. 豊かに蒔く

今日の聖書箇所には「お金」とか「献金」とは本文に書かれてないので分かりにくいのですが、6節に「惜しんで僅かに蒔く者は、僅かに刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取るのです」とあります。これはエルサレム教会への献金を捧げることを「蒔く」と表現しているのです。しかし、パウロはお金のことだからと遠回しに表現しているのではありません。宣教支援献金について「蒔く」と表現したパウロの言葉には意味があります。つまり、支援献金というのは決してお金を失うことではなくて、どこかで芽を出して実を結ぶからです。神の働き人を支援するということは、種を蒔くようなもので、献金をした人の思惑を超えて芽を出し、増え広がるからです。ですから「種を蒔く」とは比喩的に聞こえますが、こちらの方が真意に近いのです。パウロは第一コリントの手紙でも、「私が植え、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させてくださったのは神です」(1コリ 3:6)とも言いました。支援献金というのは、まさに誰かが種を蒔くのですが、その働きを成長させてくださるのは、神様であって、その成果は、想定外ですし計り知れないものがあるのです。
そして、パウロは「豊かに蒔く者は、豊かに刈り取る」と言ってますが、豊かというのは金額が大きいということではありません。「豊か」は原文の言葉では「賛美する」とか「祝福する」とも訳される言葉です。賛美したり、祝福するような心で喜んで献金するということです。出し惜しむということがない、心の在り方を言ってるのです。一方で「僅かに蒔く者」という言葉も、金額が小さいことではなくて、出し惜しむような心の在り方を指しているのです。勿論、パウロは無理をしてそのような気持ちで捧げなさいと言っているのではありません。10節にあるように「蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたに種を備えて、それを増やし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます」と説明しています。「種と食べるパンを備えてくださる方」それは神様です。
私たちは誰かに献金するにしても、それを備えてくださるのは、あくまでも神様ですね。そして、献金した先で、その成果が増え広がるのも神様の働きです。それは献金をした人には計り知れないことですが、神の視点からすれば「義」とされて「増し加えて」くださるというのです。私たちは支援した献金が、どのような成果を発揮したかを気に掛ける必要はありません。祈りと同じです。それが、いつ、どのような形で実を結ぶかは神様の領域です。神様の時があるのです。そして必ず何らかの実を結ぶことになるはずです。その神様に対する信頼がしっかりしたものであれば、捧げることにも豊かに蒔くことができる。ですから7節「各自、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです」。神様の愛と正義と力を信じて、豊かに種を蒔く者を、神様は愛してくださるのです。
私たちは信徒宣教者の働きや、海外の宣教師のために献金をします。先日締め切りましたが、スペインにあるカンバーランド教会が行っているウクライナ避難民支援の活動に献金をしました。この教会の皆さんから集められた献金は、現地でどのように実を結ぶのか。勿論、報告は然るべき形で成されるのですが、そういった献金が、どのような形で実を結ぶかは計り知れないものです。しかし、必ず神様が用いて下さるから、私たちは会ったこともない、顔を知らない仲間の働きの為に、喜んで献金できるのですね。

Ⅳ. お金に対する神の御心

聖書にはお金に関わる話が沢山あると言いました。神様の御心に適ったお金の扱い方をイエス様はあるたとえ話で教えてくださいました。それがルカ福音書にある「愚かな金持ち」のたとえです。
あるところに、お金持ちが畑を持っていました。その年は豊作になって『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』というほど、大豊作だったのです。彼は考えました。『こうしよう。今ある倉を壊して、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や蓄えを全部しまい込もう。そして自分にこう言ってやるのだ。この先何年もの蓄えができたぞ。さあ安心して、食べて飲んで楽しめ』。しかし、神様はその人に言われた。『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意したものは、一体誰のものになるのか。』
自分のために富を積んでも、神のために豊かにならない者はこのとおりだ」(ルカ 12:13-21)。
この愚かな金持ちは、豊かに種を蒔く人とは正反対の人です。自分の財産を自分だけで抱えて込んでいる人です。神様はお金だけではなくて、時間や能力や大切な家族なども、自分だけで抱え込んでいることを良しとしません。それらは自分で作って得たものではない、神様から与えられたお金であり、時間であり、能力であったり、家族も神様から与えられたものです。「タラントンのたとえ」でも、与えられた自分の賜物を上手に用いてて増やした人を神は喜び、与えられた賜物を土に埋めて用いなかった人を叱りました。神様の視点から見ればお金も賜物も時間なども同じです。それらを豊かに蒔く者は、神様に喜ばれ、豊かに刈り取ることができるのです。
エルサレム教会の、設立した当初のお金の用いられ方が使徒言行録に書かれています。「信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、使徒たちの足元に置き、必要に応じて、おのおのに分配されたからである」(使徒4:34,35)。教会に貧しい人がいなかったのは、裕福な人の財産を分け合っていたからだとあるのです。これは一見すると共産主義のようなコミュニティに見えますが、そうではなくて、信徒たちは自分の財産を持ちつつ、それをいつでも困った人に自主的に分け与えていたのです。
エレミヤ書には預言者エレミヤがバビロン軍に占領されてしまったアナトトという土地を購入する話があります。エレミヤは神様の御心に従って土地に投資をしたのです。なぜならその土地は神様がやがて必ず回復してくださると信じたからです。聖書に書かれたお金に関する神様の御心というのは、お金を惜しんでしまい込むのではなく、必要に応じて蒔いていくというものです。そして相応しいところにお金が落ちていくのは神様の計画であり御心でしょう。
これは聖書を基盤とした指針ですが、実態経済においても同じことが言えるそうです。かつて、スペインなどが世界の覇権を握った大航海時代がありました。それらの国が没落したのは、植民地で鉱山開発を第一に考えて、金や銀を確保することが国を豊かにすると誤解したからだという話しを聞きました。世界中に植民地を増やし、金や銀を貯め込んだのですが、そうすれば当然、金銀の価値は下がります。そして、勤勉に働いて産業を興すことを怠ったことから国は衰退していった。しかし、そうではなく自由な貿易でお互いの資源やお金を生かせば、結果として社会全体に適切な資源配分が成されることを「神の見えざる手」と経済学者のアダム・スミスは言いました。お金を抱え込むことから生かす事に、神様の御心が現れるのではないでしょうか。
パウロの働きに対して、エルサレム教会の人々も、献金をする側の人たちも、神の恵み深さを知ったのではないでしょうか。12節「この奉仕の業は、聖なる者たちの欠乏を補うだけでなく、神への多くの感謝で満ち溢れるものになるからです」。支援するという奉仕はお金を失うことではなくて、種を蒔くような喜びがあるのです。そして神を崇めることに繋がります。それこそが豊かな刈り取りの実です。
お祈りをいたします。

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新しい人

和田一郎副牧師
申命記6章4-15節
エフェソの信徒への手紙4章17―32節
2022年8月28日

Ⅰ. いとも簡単に変わる世界

8月は原爆投下の日や終戦記念日がある月ですので、戦争の悲惨さを振り返る月でもあります。今年は終戦から77年が経ちました。この77年間というのは、ひとえに平和を願う年月であったと思います。戦争に負けたから戦争に勝てる国にしようと思った人は少ないでしょう。戦争という悲惨な出来事がない世界を日本だけではなくて世界中が切望していたと思うのです。インターネットを始めとする新しい科学技術の発達が、国境を越えて世界を繋ぐ平和な社会を作っているのではないか?そんな期待が、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻によって、簡単に壊されてしまった思いであります。この戦争によって、私たちの生活にも影響が出てきました。思えば2年前から続いているコロナ感染も、私たちの生活を変えました。私たちの礼拝、集会の在り方も、これほどの変化を見たことはありません。「いとも簡単に世界は変わってしまう」。そのことを目の当たりにしているのではないでしょうか?また病気やケガをすることで生活が一変するということがあります。病気一つで、いとも簡単に自分の生活は変わります。大切な人を失った時も同様であるでしょう。
しかし、それは今の時代に限ったことではありません。キリスト教会は2千年の間「いとも簡単に変わる世界」を乗り越えてきました。東日本大震災、二度の世界大戦を乗り越えてきました。宗教改革やパウロが宣教していた時代にあったローマ帝国の迫害も乗り越えてきたのです。パウロがエフェソに手紙を送ったのは、ローマの監獄の中にいた時だとされています。
ですから少し前までは、パウロも自由に地中海周辺の国々を旅して宣教していた。しかし、今は監獄の中に閉じ込められている。ローマ帝国のキリスト教に対する政策がどのようになっていくのか分からない、先の見えない世の中で、パウロは手紙を書きました。私たちも今、同じこの手紙を読みながら、いとも簡単に変わってしまう世界に生きていますが、パウロが私たちに伝えたいメッセージは「真理はイエスの内にある」(21節)ということです。その真理に従って生きることを24節で「神にかたどって造られた新しい人を着なさい」と生きる指針を与えています。「神にかたどって造られた」とあるように、私たち人間、特にイエス様との出会いによって変えられた者は、神に似た性質をもっています。それは「新しい人」というアイデンティティとなっていて、「新しい人」というアイデンティティをもって生きなさいという教えです。「新しい人を着る」という生き方がある。それは時代がどのように変化しても、キリストによって「新しい人」とされた、人の在り方を、パウロは何よりも勧めているのです。

Ⅱ. 「古い生き方」と「新しい生き方」

今日の聖書箇所のはじめ17節の見出しには「古い生き方を捨てる」とあります。古い生き方は神を信じない生き方です。神ではなく自分中心の生き方をパウロは「古い生き方」と呼んでいます。一方で25節の見出しには「新しい生き方」とあります。これがキリストに従い「新しい人」というアイデンティティをもつ人の具体的な生き方を示しています。
この25節以降に書かれた生き方を、私たちはできるであろうか?と問われているのです。おもに4つのことについてパウロは勧めています。25節「偽りを捨て、一人一人が隣人に真実を語りなさい」。28節「必要としている人に分け与えることができるようになりなさい」。29節「その人を造り上げるために必要な 善い言葉を語りなさい」。32節「互いに赦し合いなさい」ということです。特に赦し合うというのは本当に難しいことですが、イエス様が十字架に架かって死んでくださった目的が、私たちを赦すためだったのですから、これに倣って、赦されているのだから赦すことは、新しい人の生き方の中心と言ってもいい大切なことです。「真実を語る」「分け与える」「善い言葉を語る」「互いに赦し合う」。これらは、いとも簡単に変わってしまうような世界を生きていて、先が見えない世の中だと思えたとしても、足元のこと、つまりキリスト者としてのアイデンティティをしっかり持つことこそが、教会をしっかりと建て上げ、世の中で光を放っていくことであると勧めているのです。ところで、パウロのいう「新しい人を着る」という「新しい人」とはどんな人だと言えるのでしょうか。

Ⅲ. ちいろば先生が出会った「新しい人」

私はかつて20年以上、会社務めをしておりましたが、牧師という働きについて祈っていた時に、よく読んでいた本が榎本保郎牧師の生涯を綴った「ちいろば先生物語」という三浦綾子の本でした。「ちいろば」というのは小さいロバのことです。イエス様がエルサレムに入城した時に乗っていた小さい子ロバのようにイエス様に仕える者でありたいというので、榎本先生は「ちいろば先生」と呼ばれ親しまれた人です。榎本先生も、第二次世界大戦で出征して帰って来た人ですから、いとも簡単に世の中の価値観が変わってしまった時代の中で、生きる目的を失っていた人でした。戦争に出征するまでは信仰を持っていなかった、つまり今日の聖書箇所でいう「古い人」でした。しかし、戦争を通して「新しい人」に生まれ変わったのです。榎本先生が生まれ育った淡路島にいた少年時代は軍国少年だったそうです。お国のために役に立ちたいと熱心な少年でした。戦争が始まると満州に出征するのです。そこで、同じ部隊の戦友で奥村という男と出会います。この奥村は剣道は部隊で一番、勉強も幹部候補生の試験で千人以上いる受験生の中で1番の成績でした。しかし、面接で宗教を聞かれた時に正直にクリスチャンだと答えたので35番に落とされた人でした。キリスト教は敵国の宗教ということで認められなかったのです。しかし、榎本青年は、この奥村という戦友が文武に秀でた人格者でしたが、クリスチャンだと正直に言ったために1番から35番に下がった、そのことが次第に重大なことに思われてきたというのです。戦地で二人が別れる時に、奥村が「どこにいてもおれは貴様が救われることを祈っている」と告げました。当時の榎本青年は軍国青年でヤソ嫌い、つまりキリスト教をうさん臭いと思っていたので「俺は神様に救うてもらうような悪者やあらへん。俺は正しい男や、悪いことができない男や」と答えた。奥村は「またいつか会った時、貴様は同じことをいうやろか」榎本は「言うとも、俺は大日本帝国軍人として恥ずかしくなく生き、恥ずかしくなく死ぬ」と断言した。それでも奥村は「貴様にもおれの言葉が必ず思い当たる日が来る。神よ赦し給えと叫ぶ日が来る」とはっきり言って別れたのです。戦争が終わって帰国した時、榎本青年は虚しい思いで過ごしていました。「結局、おれは満州でつまらんことをして生きていた。恥ずかしいことをして生きていた。胸を張って威張れることは何一つせんかった」と思えて、奥村の言葉が忘れられなくなっていたのです。
また、終戦を迎えた時に榎本青年は満州にいました。満州には200万人とも言われる日本人がいました。1930年代から終戦の年まで、日本は中国を侵略し続け、中国人にむごいことをし続けたのです。敗戦国となった日本人は、満州から一斉に引き揚げなければならなくなった。侵略されて苦しんでいた中国人が仕返しをしてくるかも知れない。そのような命がけの引き揚げの中で、軍人も民間人もコロ島という港町に行って、帰国するための船を待たなければならなかった。榎本青年も帰国するための船を待っていました。船が来るまで数か月待たされる人もいた。しかし、その間の食糧はすべて現地の中国人が提供したのです。100万人を超える人たちが食べる食料は膨大です。その時榎本青年は当時中国の指導者だった蒋介石の言葉を現地のラジオで聞いたと言うのです。
「恨みを報いるために恨みをもってなさず、恩をもってなすべし。日本人の生命財産に危害を加える者は厳罰に処す」という言葉でした。「恩をもってなすべし」の恩というのは恩寵という意味です。神の恵み「グレイス」を、かつては恩寵という言葉で表していました。恨みではなく恵み、つまり見返りを求めない、与える心で日本人に接するように命じたのです。誰かが蒋介石はキリスト教徒だと言っていたことを榎本青年は思い出した。戦友だった奥村もクリスチャン、蒋介石もクリスチャン。終戦後に帰国し、生きる目的を失った榎本青年の心に浮かんだのはキリスト者の生き様でした。榎本保郎にとって彼らは「神にかたどって造られた、新しい人」を着た人でした。
今日のパウロの勧めの言葉25節「真実を語りなさい」とあります。戦友だった奥村は幹部候補生の面接試験で、正直に自分がクリスチャンであることを語りました。真実を語るというのは、ただ単に正直に話すということではなくて、神の御心に適った言葉を語るということですね。奥村は戦地においてもキリスト者としての姿勢を崩しませんでした。榎本青年は満州で、恥ずべきことをしたと振り返りました。状況がそうだったのです、時代がそうだった。今でも時代がそうだから、と時代に合わせる風潮があるかと思います。しかし、その時代の風潮に真理はありません。真理はキリストにあって、キリストを証しする者の生き方というのは、神の御心に適った真実を語るということです。その言葉は人を励ましたり、人の生き方を変える力があります。榎本青年は奥村の真実な言葉に触れて、生きる目的を見つけたのです。
28節以降にある、分け与えること、善い言葉を語ること、互いに赦し合うこと。満州からの命がけの引き揚げの時、榎本青年が聞いた蒋介石の言葉は、「恨みではなく、恩寵という恵みをもってなすべし」という言葉でした。「日本人の生命財産に危害を加える者は厳罰に処す」という言葉の中に「分け合うこと」「赦しの心」が盛り込まれていて、キリストの教えが現れているのではないでしょうか。戦争が終わって77年が過ぎました。今、中国や日本は互いに赦し合うことや、互いに分け与えるといったことから、ほど遠い歩み方をしているように見えます。この先も、いとも簡単に生活が変わってしまうことがあるかも知れない。しかし、私たちはどのように在るべきかを選べる自由があります。どのような時でも、古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着て生きていきたいと思うのです。
21節「あなたがたは、真理はイエスの内にある、とキリストについて聞き、キリストにおいて教えられたはずです」。
お祈りをいたします。

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心を広げて

和田一郎副牧師
詩編119編25-32節
コリントの信徒への手紙二6章1-13節
2022年7月31日

Ⅰ. コリントの教会

先日、ある女性からご自分で書いた本を頂きました。その題名を見て思わず笑顔がでました。題名が『わたし五十歳です』とあったからです。女性が自分の年齢を題名にして本を出すとは、ユニークで素敵な方だなと思いました。キャリアコンサルタントの仕事で自衛隊の講習会に招かれた出来事が書かれていました。自衛官ばかりが並んでいる教室の講壇に初めて立つという緊張感の中で、「わたし五十歳です」と自己紹介をすると、会場の空気が和らいだそうです。大抵の女性が隠したがる年齢を、最初にポンっと心を開いて言われると、聞いた方も心がほっとしてしまいますね。
今日の説教題は、「心を広げて」としました。パウロはアジア・ヨーロッパの各地で、文化も価値観も違う人たちとどう向き合ったのか?わたしは心を開いて語るから、あなた達も心を開いて向き合って欲しい。それがパウロの宣教の姿勢でした。
コリントは現在のギリシアにあり、当時はローマ帝国の中でも有数の大都市でした。人種的にも多種多様な人達がいました。また、ありとあらゆる悪の温床であったと言われています。性的な不品行は日常茶飯事で、いくつもの異教の礼拝所がありました。ですから、唯一の神を伝えようとするパウロの苦労は絶えませんでした。さらに福音信仰をもっていても、それを捻じ曲げて教える者たちがいて、コリント教会は分裂状態に陥っていました。その教会に第一の手紙を送り、手紙を送ったことで、何とか立ち返る兆しが見えてきた。そのことにパウロは多いに慰められたと、書いた手紙が今日のコリントの信徒への手紙二です。

Ⅱ. 使徒としてのパウロ

しかし、それでもまだ、コリント教会の中には間違った信仰理解をする人がいました。パウロは忠告します。1節「私たちはまた、神と共に働く者として勧めます。神の恵みをいたずらに受けてはなりません」と言うのです。神の恵みを「いたずらに」ではなく誠実に受けなければならないと。せっかく真の福音がコリントに届いたのです。「今こそ、恵みの時、今こそ、救いの日」。キリストの十字架によって救いの道が開かれた、その恵みの時は、いつか先のことではなくて「今こそ」その時だと、パウロはキリストが再臨されることを意識しながら、間違った教えに惑わされている時ではない、「今こそ」正しい教えを受けいれるように忠告しているのです。そしてパウロは自分自身が何者であるかを伝えます。
4節後半「大いなる忍耐・・・苦難、困窮、行き詰まりにあっても、鞭打ち、投獄、騒乱、労苦、不眠、空腹にあって」きたと告白します。これらパウロの波乱に満ちた宣教の働きは、普通の人なら辞めています。せっかく命をかけて神様の働き人となって仕えているのに苦難の連続、非難の的です。しかしパウロは6節にあるように「純潔、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛によって・・・そうしています」。つまり、どんな苦難があっても「使徒」としての働きをやっているのだと証ししているのです。なぜなら当時、パウロは本当の使徒ではないと、パウロの使徒としての権威を汚す人たちがいたのです。使徒というのは特別な人です。イエス様が直接指名して、復活したイエス様に出会い、それを証しする人とされています。パウロは、かつてクリスチャンに敵対する迫害者でしたが、ダマスコへ向かう途上で、復活されたイエス様に出会い、「わたしの名を運ぶために、わたしが選んだ器である」(使徒9:15)と告げられたのです。パウロは使徒などではないと言う声に対して、7節「真理の言葉と神の力によって」使徒としての働きを果たしているのですと明言しています。その働きはどんな時でも変わりはありません。8-10節「栄誉を受けるときも、侮辱を受けるときも、不評を買うときも、好評を博するときにも、そうしているのです。私たちは人を欺いているようでいて、真実であり、人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかけているようでいて、こうして生きており、懲らしめを受けているようでいて、殺されず、悲しんでいるようでいて、常に喜び、貧しいようでいて、多くの人を富ませ、何も持たないようでいて、すべてのものを所有しています」。
パウロは人を欺いていると罵られた、しかし、それは真実でした。パウロを殺そうとした人が幾人もいたでしょう。しかし、こうして生きている。パウロは資産と呼べるものなど、何も持っていなかったでしょう。しかし、必要なものは全て満たされていた。それは、どんな金持ちであっても、政治家やローマ皇帝であっても得られない、命をかけるに値するものです。信頼できる信仰の友と、信頼できる唯一の神がいる。そして何よりも人からの価値ではなく、唯一の神から、お前は私を迫害する者ではなく、私のために苦難を引き受ける働きをするようにと召しを受けた。使徒とされた。それは「真理の言葉、神の力によって」与えられている働きなのだ。パウロという、ひとりの人間の思いや力によるものではなく、神の業がこの身に起こっているのだと、力強く宣言するのです。だから、パウロは分かって欲しかったのです。コリントの信徒たちに、これまでパウロがしてきたことです。11節「コリントの人たち、私たちはあなたがたに率直に語り、心を広く開きました」。パウロは誰に対しても、どの教会に対しても、自分のことを率直に語り、心を広く開いて接してきたのです。

Ⅲ. 心を開いてほしい

フィリピの教会に対しては、次のように語っています。「私は生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義に関しては非の打ちどころのない者でした。しかし、私にとって利益であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。」(フィリピ3:5-7)。自分が生まれた部族や、何者であるかについてさらけ出したのです。クリスチャンに対しては迫害者であったという恥ずべき事実も正直に明かします。ファリサイ派の中ではエリートでした。しかし、そのように誇っていた過去をキリストの故に捨てたのです。今は過去の名誉を屑だと考えている。そのように自分の歩んだ道のりを、さらけ出して心を開きました。
自分が心を開くことによって、相手にも心を開いて欲しい。なぜならば、心を開くということは、自分の心の中に、神様を受けいれるために必要なことだからですね。礼拝では「罪の告白の祈り」があります。人には言えない自分の罪を、神様の前に明らかにするのです。心の中にあるものをさらけ出して、赤裸々にして神様に聞いていただくのが罪の告白です。勿論、心を閉ざしていても神様は心の中もお見通しです。しかし、神様の御心は自分の罪を自ら差し出して欲しいのです。エデンの園で罪を犯したアダムとエバが、木の間に隠れていたように、自分の心の中を隠してもらいたくないのです。「心を開く」それが神様への信頼の証しです。心を開くところに、神様との関係が作られるからです。
「私の声を聞いて扉を開くならば、私は中に入って、その人と共に食事をし、彼もまた私と共に食事をするであろう」(黙示録3:20)。
わたしたちが心を開くなら、主は入ってきて共に食事をしてくださるのです。
人間はアダムとエバのように葉っぱで身を隠そうとしたいのです。罪ある人間が身を隠そうとするのを見て、神様が示してくださったのがキリストの十字架の愛です。
パウロは心を開いていましたが、相手のコリント教会の人達は違ったのです。12節「私たちは、あなたがたを広い心で受け入れていますが、あなたがたのほうが自分で心を狭めているのです」。偽教師たちの教えに惑わされて、パウロのことを疑って心を閉ざしてしまっている。
コリントの教会は問題が山積していました。心を開いてパウロのことを受けいれる余裕がなかったのかも知れません。困難の中にある時に心を閉ざすというのは人間の防衛本能なのかも知れませんね。塞ぎ込んだ心を開かせてくれるのは何だろうか?それはやはり、キリストの愛、アガペの愛ではないかと思います。

Ⅳ. キリストの愛が心を開く

かつての「大草原の小さな家」という番組の中で「オルガの靴」というエピソードがあるのです。次女のローラにはオルガという友だちがいました。彼女は生まれつき片足が短くて足を引きずっていたのです。ローラは父親のチャールズに相談しました。オルガの足のことをどうにか出来ないか?父のチャールズは靴に細工を加えたら普通に歩けるのではないか?とオルガの父親の所へ提案しに行くのですね。「オルガの靴を作らせてもらえないか?」と。しかし「放っておいてくれ。オルガの足は生まれつきだ、運命に逆らう気はない」と。オルガを守れるのは自分だけだと思っていました。愛する娘がいじめられないように、家の中にいなさいと学校に行かせることにも反対だった。オルガの父は世間にひがんでいた。心を閉ざしていたのです。
しかし一緒に住むお婆さんは息子が間違っていると分かっていました。オルガには友だちが必要だと。息子には内緒でオルガの靴を作り直して欲しいと、持って行ったのです。ところがそれを察したオルガの父は、チャールズの家にやって来るのです。「余計なことをするなと言っただろう」と取っ組み合いになってしまった。その時、外から子ども達が遊んでいる笑い声が聞こえてきました。オルガの笑い声も聞こえる。何とオルガが厚底にした靴を履いて、みんなと同じように走り回って遊んでいるではないか?足のことでイジメられているどころか、友達と走り回る娘の姿を、初めて見た父は、自分はバカだったと、ひがんでいた自分を悔い改めて、娘を抱きしめるのですね。
世の中にある不条理にぶつかったり、他人との信頼関係が難しくなると、心を閉ざしてしまう。それは人間の防衛本能かも知れません。しかし、人は独りでは生きていけない、人が成長するためには、鉄が鉄によって磨かれるように、人はその友によって磨かれる。心を閉ざしていたオルガの父の心を開かせたのは、お婆さんやインガルス一家の愛。キリストの愛に触れた時、人は変えられていきます。
11-13節「コリントの人たち、私たちはあなたがたに率直に語り、心を広く開きました。私たちはあなたがたを広い心で受け入れていますが、あなたがたのほうが自分で心を狭めているのです。子どもに話すように言いますが、あなたがたも同じように心を広くしてください」。
お祈りをいたします。

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一つのからだの民となる

和田一郎副牧師
創世記2章20-24節
テモテへの手紙一3章14-16節
2022年7月24日

Ⅰ. テモテへの手紙

テモテはパウロ弟子として宣教の働きをした人でしたが、パウロの同労者として頼りにされていた人物です。この二人が出会ったのは、テモテが生まれ育ったリストラという町(現在のトルコ共和国)でした。テモテの父親はギリシャ人でした。しかし、祖母と母はユダヤ人であったので、幼い時から旧約聖書の教育を受けていました。パウロの手紙の中に「あなたは、年が若いからといって、誰からも軽んじられてはなりません」という言葉があるので、まだ未熟で頼りない伝道者のような印象を持ちますが、パウロの伝道旅行に同行したり、パウロが去った後の教会に留まって働きを続けたり、パウロの代理人として諸教会に派遣されることもありました。また、パウロの手紙の中で何度も共同執筆者として名前がありますので、パウロにとって信頼できる人物であったのでしょう。そのテモテがエフェソ教会のリーダーとして働いていた時に、パウロが書いた手紙です。
パウロは「神の家でどう振る舞うべきかを知ってもらうため」にこの手紙を書きました。「神の家」つまり教会の働きについて、どのように振る舞うべきなのかを知らせるためです。エフェソ教会にも、偽教師と言われる、真の福音とは異なった教えを広める人達がいたからです。とくに3章は教会における役割と資格といった教会形成について教えています。

Ⅱ. 神の家、神の教会

15節でパウロは「神の家でどう振る舞うべきかを知ってもらうためです。神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会です」と言っています。「神の家」の「家」は英語だとhouse ではなくてhouseholdと訳されていましたから、「家庭、所帯」とも訳される言葉です。「神の家庭・神の所帯」といったニュアンスです。パウロは他の手紙の中で、教会は手や口や耳のように、人の個性に応じて役割がある。長所もあれば欠点もある、その欠点のように思われる弱い部分も必要なのだ、弱い部分もあって、それこそが神の家族、神の家庭、神の所帯、キリストのからだなる教会と述べたのです。私が牧師になる為に東京基督教大学(TCU)に行っている時にお世話になった旧約聖書学の先生が言っておられました。「教会の働きは一人で成功するより、二人で失敗した方が良い」。つまり、一人で成功して得たものより、二人で失敗して得たものに価値があるという意味です。それは成功を最終目的としていないのです。成功するというdoing ではなくbeing です。成功、失敗という結果ではなく、そこに至る人の在り方を求めているからです。
それはスポーツで例えれば、勝敗よりもプレースタイルを求められているということです。スポーツは勝負です、でもプレースタイルはいろいろあります。
ある野球チームの話しです。エースで4番を打つイワオ君が主軸のチームです。そこに新しくヨシイエ監督が就任しました。監督の方針は全員野球です。全員というのはベンチにいる選手も含めて全員で戦うというのです。そのチームは部員が18人でした。キャプテンは疑問を感じました。エースで4番を打つイワオ君を中心としたレギュラーだけなら必ず勝てる。しかし、ベンチにいる9人も試合に出すと難しいだろう、特にマルオ君はキャッチボールも下手な選手なので、彼まで出したら勝てないじゃないか?しかし、ヨシイエ監督の方針は変わりません。それまでの練習はレギュラーの9人を中心としていました。他の9人は練習の手伝いばかりでした。しかし練習をしてみると補欠だった9人も、守備は上手いとか、バッティングだけはいい選手がいることが分かったのです。しかし、問題はマルオ君でした。打つのも守るのも下手だったのでチーム最大のウィークポイントでした。ある日からマルオ君は練習に来なくなりました。なぜなら自分がいない方が試合に勝てると思ったからです。チームのメンバーも「本人がそれでいいなら…」と思っていました。ところがヨシイエ監督が言いました。「マルオもチームの一人じゃなかったのか?それでチーム全員とは言えないだろう。18番目の弱い選手が去ったら、次は17番目、16番目の者が去っていくことになる。それは全員でやることとは違うだろう」と言ったのです。キャプテンは困りました。実はマルオ君が練習に来なくなってから、次に下手くそな17番目の選手の欠点が、目立つようになっていたからです。ヨシイエ監督の言うチーム全員という意味を、チームのみんなも考え始めた。そこで発言したのがエースで4番のイワオでした。「マルオは足が速いんじゃない?」チームのみんなが驚きました?「マルオにバントを教えれば、俊足を生かせるよ」。キャプテンはマルオの家に行って話ました。「監督はチーム全員で勝つと言っている。俺たちもそのプレースタイルで勝つことを考えた。お前がいなかったら全員にならない。チームに戻ってくれ」と。戻って来たマルオに、お前は早い足を生かすように練習しろと役割を伝えたのです。マルオ君にバントや走塁を教えたのは、エースのイワオでした。イワオは自分がプレーすることだけではなく、いつの間にか、教える賜物があることを自分の中で見つけました。それを見て、周りの選手たちも影響されて、選手同士で教え合ったり、相手の賜物を見つける力を高めていったのでチームの結束力、チームの戦力は各段に増していきました。チームで一番下手くそだと思っていたマルオの存在を通して、チームが強くなっていったのです。
このチームがどこまで勝ち進んだのかは分かりません。もしかしたら初戦敗退になったかも知れない。しかし、どんな成績を残したとしても大切な何かを残せるのは、チームの在り方によって決まります。この野球チームは、パウロの教えるキリスト教会の在り方を示しています。パウロは第1コリント12章で、教会は一つの体、多くの部分からなっている。体の中で他よりも弱く見える部分が、かえって必要なのだとパウロは言いました。「神は劣っている部分をかえって尊いものとし、体を一つにまとめ上げてくださいました」(コリントの信徒への手紙一12章24節)。
パウロは劣っている部分を尊いものとして扱いなさいと言いました。チームで一番下手くそなマルオ君を必要な存在としたように、求めているのが教会です。それを一つの体として成長させて下さるのが神様です。今日の箇所15節でパウロは「神の家でどう振る舞うべきかを知ってもらうためです」と書いているのです。結果よりも、どう振る舞うべきか、プレースタイルを求めている、それが「神の家」「神の教会」です。
先程のヨシイエ監督のチームとは反対に、ある限られた出来る人が、役割を抱えるのは、全員野球という教会のプレースタイルではないのです。なぜならば、役割の無い人は去って行くのです。教会はただの「仲良し倶楽部」ではなくてアガペの愛で繋がる共同体です。好き嫌いで繋がる「Like」ではなく「Love」の関係。それが「一人で成功するより、二人で失敗した方が良い」という言葉の真意ですね。

Ⅲ. 敬虔の秘儀

日本人は、信仰というと神と自分との内面的な関係だと認識する人が多くいると思うのです。私は時々仏教の話しをしますが、その教えも自分自身の内面の救いのこと、信仰とは個人的なものだと捉えています。ですから「教会」という、人が集まることと信仰を区別しているようにも思うのです。神様と自分との関係が大切だから、教会に集まる意味が薄くなっていく。
私が東京基督教大学の学生の時、丸山忠孝先生が内村鑑三の本を下さいました。無教会主義というグループを形成した人の本です。内村は「なぜ教会が必要でないのか?」と聞かれて「教会を見ればいい」と言ってました。信徒の取り合いや、牧師や信徒の不正があるではないか?と、教会不要論を掲げたのです。内村は、「ふたつのJ」の狭間で悩んだ人だと思います。「ジーザス」と「ジャパン」イエス・キリストを愛する思いと、日本という国を愛する思い。教会がなくても、自己の内面において神との関係を保つことができるという、日本人の信仰観を現わしていると思いました。
しかし、パウロが手紙で示した信仰というのは、15節で「神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会」と言ったのです。真理の柱、つまりキリストを信じる信仰の柱であり土台であるのは、生ける神の教会だと言ったのです。それは隣人が在って自分が在る、神が在って自分が在る、神が在って隣人が在る、その三つの関係性の中で自分を見極め、高めていただくという働きです。
続いてパウロは16節で「まぎれもなく偉大なのは、敬虔の秘義です」と言ってるのです。「敬虔な信仰生活へと導く」それが教会だと言ったのです。教会における立ち居振る舞い、プレースタイル、beingを通して敬虔な者へと変えられていく、それは教会の中で、教会によって、教会のために人々が造り変えられること、それは神秘的な教会の秘儀なのですね。
先程野球のチームに例えましたが、教会という集まりは、スポーツチームの集まりや、会社や学校のような人の集まりとは違います。
16節後半「キリストは肉において現れ/霊において義とされ」とあります。肉と霊です。キリストが人間であり神であるように、キリストの体である教会も肉であり霊である。人の集まりであって霊的な共同体であるのです。キリストに倣って奉仕する、祈り合う、学んだり、交わりをする、それらを通してキリストに似た敬虔な者へと変えてくださるのは神様です。霊的な力によって成長させられるのです。その神秘的な秘儀を、パウロはエフェソの手紙では、結婚にたとえました。
「私たちはキリストの体の一部なのです。『こういうわけで、人は父母を離れて妻と結ばれ、二人は一体となる』この秘義は偉大です。私はキリストと教会とを指して言っているのです」(エフェソ5:30-32)。これは、創世記にある、結婚を意味する御言葉の引用ですが、パウロはこの言葉を用いて「私は、キリストと教会とを指して言っているのです」と、教会の秘儀について語ったのです。キリストは花婿、教会は花嫁。キリストと教会は一体であるという霊的存在です。パウロは15節で「生ける神の教会」と言ったように教会は生きています。キリストが人であり、神であるように、教会も人間の集りであって、霊的な共同体です。神の霊は、教会の中で、教会によって、教会のために人々を造り変える力があります。教会を通して、日々あらたに造り変えていただきましょう。
お祈りをします。

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主日共同の礼拝説教

神の計画

和田一郎副牧師
サムエル記下7章8-17節
使徒言行録13章13-25節
2022年7月10日

Ⅰ. パウロの説教

先週の聖書箇所から、パウロとバルナバがアンティオキア教会から、異邦人伝道の宣教者として送り出された出来事を通して、聖霊の働きによって宣教の働きが始まったことを分かち合いました。この13章からサウロからパウロという呼び名が使われています。名前を変えたのではないのです。パウロは名前を使い分けていたようです。使徒言行録を書いた著者ルカは、ユダヤ人として描写する時はヘブル語名サウロと書き、異邦人伝道者として描写する時はパウロと書いたと言われてます。ヘブル語名のサウロという名前をユダヤ人が聞けば、イスラエル最初の王サウルと同じ名前なので、パウロはベニヤミン族の正真正銘のユダヤ人だと分かります。ギリシャ語名のパウロは当時ごく普通の名前であったそうです。ギリシャ語やラテン語を使う地域の人たちにとっては馴染みやすい名前であったようです。
14節、パウロたち一行は次の宣教地である、ピシディア州のアンティオキアに到着して、まず出向いたのが「会堂」でした。「会堂」と書かれている箇所は、原文にはシナゴーグと書かれていす。シナゴーグは、ユダヤ教の礼拝をする場所ですが、現在のキリスト教会の原型となりました。パウロたちは異邦人宣教のために送り出されたのに、なぜユダヤ人のいるシナゴーグに行ったのかというと、パウロは「…福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力」(ローマ書1章16節)と考えていましたから、まずユダヤ人に伝えてから、次に異邦人へ伝えようと考えたのです。当時のユダヤ人というのは3分の2が祖国以外の諸外国に住んでいたと言われています。紀元前500年頃起こったバビロン捕囚を通して、ユダヤ人たちは世界中に散っていたのです。今日の聖書箇所でもパウロたちはシナゴーグに行って礼拝を捧げていました。
パウロは会堂で説教をする機会を得ました。まずイスラエルの歴史から話し始めます。歴史を通してパウロが伝えようとしているのは、イスラエルの民に対する神様の導きです。神様がイスラエルの民の歴史を常に守り導いてこられたことを振り返っているのです。17節「…神はわたしたちの先祖を選び出してくださった」、そしてエジプトで「強大なものとしてくださった」エジプトから「導き出し…荒れ野で彼らの行いを耐え忍」んでくださった。さらに約束の地カナンへと導き入れて下さったことを振り返っているのです。さらに、カナンの地でイスラエル王国をたてて下さり、ダビデを王の位につけ神は宣言した『私はエッサイの子ダビデを見いだした。彼は私の心に適う者で、私の思うところをすべて行う』(22節)。これがダビデ契約です。神様はこの「ダビデ契約」という約束に従って、ダビデの子孫から救い主イエス様を送ってくださったのだと述べました。さらに、パウロはこのイエス・キリストを人間は十字架に架けて、三日後に復活をされたのは、旧約聖書の預言の成就なのだと、旧約聖書の言葉を引用ました、そして最後に次の言葉で締めくくります。38、39節「だから、兄弟たち、この方による罪の赦しが告げ知らされたことを知っていただきたい。そして、モーセの律法では義とされえなかったあらゆることから解放され、信じる者は皆、この方によって義とされるのです」。
このシナゴーグにいたのは、ほとんどがユダヤ人です。つまり旧約聖書しか信じていないユダヤ教徒の人達に、「この方」つまり「イエス・キリストによる罪の赦しが告げ知らされたことを知っていただきたい」と、福音を力強く語ったのです。ユダヤ人たちは律法を中心とした信仰生活をしていました。人が罪を犯さないために律法を守らなければならない。律法に従っていれば罪を犯すことはないと考えていた。しかし、パウロの説教はイエス・キリストによらなければ罪の赦しは成されないと宣言したのです。38節に「この方による罪の赦し」とあり、39節には「信じる者は皆、この方によって義とされる」と。義とされるというのは、キリストによって罪赦されると述べたのです。
このパウロの説教の内容は、当時のユダヤ人の罪意識とは、随分違うものであったのではないでしょうか。自分が犯してしまう罪というものは律法によってコントロールできるもの、自分の力で何とかできるものだと考えている人が多かった。ユダヤ教にもさまざまな宗派があって一括りにすることはできませんが、しかし律法を生活の中心にしてい人たちは、律法を守ることによって罪を防ぐことができる、もしくは赦される、律法によって罪をコントロールできると考えていたのです。それは他人事ではなくて、現代の私たちも、善い行いをすることによって、自分は罪を犯すような者ではないという思いがあるのではないでしょうか。38節にあるパウロの言葉「この方による罪の赦し」と言われても、その「罪」の対象は、自分ではなくて他の人だと感じる人が多いのではないでしょうか。

Ⅱ. 日本人の「罪」意識

パウロがイスラエルの歴史を振り返ったように、私たちも日本の歴史を振り返ってみたいと思うのです。 日本で長く続いた武家社会は日本人の精神性に影響を残したと思います。武士が社会を実効支配するようになったのは鎌倉時代からです。また同じく日本人の精神性に影響を与えた仏教も、この鎌倉時代に起こった鎌倉仏教と呼ばれる法然や親鸞たちの仏教が今も影響を残しています。
今、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が放送されています。見ていて人が無残に死ぬ場面、もしくは虚しく殺される場面が多くて辛く感じてしまうのです。その反面あの殺伐とした時代をよく表現していると思いました。源頼朝は、自分のために命がけで戦ってくれた家臣や親族たちを疑ったり、恐れたり、時には見せしめの為に次から次へと人を殺してしまう。戦さだけではなくて、度重なる飢饉があって人の死が身近にある時代でした。しかし、当時の坂東武士の一人、熊谷直実(くまがい なおざね)は、義経と共に一ノ谷の戦いで、大いに名をあげたのですが、熊谷直実は平敦盛という、自分の息子と同じぐらいの年頃であった若者を殺してしまった。その罪の意識をもった熊谷は、武士の道を捨てて仏の道へと出家するのです。
あのような時代であっても人の命を取ってしまった罪の意識、自分の罪に悩む人がいたのです。また、熊谷が出家した先が、法然だったのです。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」と、善人が救われるのだから、悪人であっても救われる、と説いたのは法然の教えでした。若者を殺してしまった熊谷が、人はだれでも悪人であり、そういう人こそが、信仰によって救われると教えた法然の教えに、すがるような思いで救いを求めたのです。ある研究者が言うには、「悪人」という言葉を聞いて、ドキッとして自分のことだと思う人が鎌倉時代は多かったというのです。戦のために人を殺し、食べ物の為に命をとるというのが日常にあった時代、「自分は悪人だ」と思う人が多かった、だから、法然や親鸞のような「悪人こそが救われる」という教えに、多くの人が救いを求めたというのです。今の時代の私たちは「悪人」「罪人」と言われても、「それは自分ではなくて他の人でしょ」と素通りしてしまう時代です。実はあの荒んだ時代の方が罪の意識に敏感であったのではないでしょうか。源頼朝が死んだ後、政治の実権を握っていくのは北条政子です。その北条政子も、法然に何度も手紙を書いて、教えを願ったと言われています。政権を握るまでに多くの命が奪われた、その権力の中心にいた人にとっても、法然の、「悪人こそ救われる」という教えが必要であったというのは、あの時代の人たちは現代人よりも、自分の罪の意識に向き合う心を持っていたのかも知れません。

Ⅲ. 人間の罪の問題

パウロは始めて訪れた町の会堂に入り、ユダヤ人たちに向けて説教しました。38節「だから、兄弟たち、この方による罪の赦しが告げ知らされたことを知っていただきたい」と。イエス・キリストを信じさえすれば罪が赦されると、パウロは力強く語ったのです。キリストを救い主と信じる信仰さえあれば救われる。16世紀の宗教改革者ルターは、パウロの教えを「信仰のみ」という言葉で整理しました。罪の赦しはキリストを信じる「信仰のみ」だとされて、プロテスタント教会の福音理解の中心となっています。
でもちょっと待ってください。信じるという信仰のみと言いながら、パウロは人を愛することを求めていますし、「いつも善を行うように努めなさい」(1テサロニケ5:15)と聖なるきよい生き方を求めている。「信仰のみ」と言いながら、どうして追加して人を愛すること、善を行うことを求めるのか。実はパウロ自身が宣教しながら直面したのは、信仰をもったクリスチャンたちが、再び罪を犯してしまう現実でした。信仰をもったはずなのに、罪を繰り返す現実です。だったらキリストを信じる信仰をもつ意味がないじゃないかと思えてしまうのです。
しかし、罪がなくなるのが「信仰」ではありません。勿論、キリストの十字架による贖いによって、生まれてからずっと抱えてきた罪はなくなりました。しかし、信仰をもったからといって罪を犯さない人間に変わったわけではないのです。信仰で自分の罪を抑え込んだり、コントロールできるものではない。パウロは言いました「正しい者はいない。一人もいない。」(ローマ書 3:10)。信仰をもっても罪は犯してしまう。イエス様は、生れつき目の見えない人と会った時、弟子たちに「誰が罪を犯したのですか」と聞かれて、誰の罪でもない「神の業がこの人に現れるためである」と言われた。罪の原因よりも目的を示された。私たちは善を行おうとしても罪を犯してしまいます。それを分かっておられる神様が、自分の力ではなく、頼るべき人に心を向けさせようとされるのです。愛そうとしても愛せない罪深い自分に、いったい自分の力だけで何ができるというのか。人を愛そうとしても善を行おうとしても壁にぶつかる。それを分かっていて神様はイエス様をお与えになったのです。この自分が罪人であることを自覚して、赦しを求めるところに「神の業が現れる」のです。わたしたちが罪人であるが故に、悪人であるが故に、自分の力に頼らずイエス様を信じる信仰によって最善へと導いてくださいます。パウロの説教の核心は、39節「信じる者は皆、この方によって義とされる」。この方は、私たちの罪のために十字架で死なれました。三日後に復活され、今も生きておられ罪人である私たちを愛してくださっています。この方に依り頼んで歩んでいきましょう。
お祈りいたします。