カテゴリー
主日共同の礼拝説教

岩の上に家を建てる


2016年5月1日
松本雅弘牧師
詩編62編2~13節
マタイによる福音書7章24~29節

Ⅰ.復習

 今日の聖書の箇所は「山上の説教」の結論部分の教えです。今日はここから、岩の上に人生の家を建てることについてご一緒に考えてみたいと思います。

Ⅱ.2つの生き方

 ここでイエスさまは2つの生き方を比較検討します。砂の上に家を建てるような生き方と、岩の上に家を建てるような生き方です。その2つの生き方に共通する点があります。当たり前のことですが、「自分の家を建てた」ということです。
そうして2つ目の共通点が起こります。それぞれの家に「雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかか」りました。ところが、その結末が正反対なのです。片方はびくともしない。ところが片方は倒れた。しかもその「倒れ方がひどかった」のです。どこが違うかと言えば、それは「土台」でした。
ここでイエスさまは、私たちの一度限りの人生を、家を建てることにたとえてお話されました。そして賢い人は岩の上に人生設計する人であり、逆に愚かな人とは、砂の上に人生という家を建てる人のことだと語っています。
いかがでしょう。イエスさまはこの「山上の説教」の締めくくりに当たって言われます。私たちの人生という家が建っている土台、つまり普段は目に見えないこの土台が、何か起こる時に物を言うのだと。そして、この「岩を土台として家を建てる生き方」とは、具体的には「わたしのこれらの言葉を聞いて行う」ことなのだと、イエスさまは言われるのです。

Ⅲ.ベン・ジェイコブとジョン・ウーデン

 この4月から「エクササイズ」の2年目が始まりました。2年目の学びの内容は何かと言えば、まさに、「わたしのこれらの言葉を聞いて行う」生活、つまり、「山上の説教」を土台とした生活を身につけることにあるのです。
この学びの最初に出てくるお話が、ベン・ジェイコブとジョン・ウーデンという名の2人の実在の人物の物語でした。この2人は幾つもの共通点を持っていました。共に1910年生まれ、そして25歳から社会で働き始めます。そして2人ともある意味で成功を収める働きをするのです。ところが、その最後のところで、ジェイコブはとても孤独で寂しい老後を迎え、もう一方のウーデンは人々から慕われる晩年を過ごしたことが紹介されていました。
 もう少し2人のお話を続けます。ジェイコブは、25歳で働き始めるのですが、なんとその年に、日本円で年俸1億円の所得を得ます。その後もビジネスで成功をおさめ、彼の会社には実に多くの従業員が働きました。さらに彼は、居住していた州の中で高額所得番付のトップになったのです。一方、私生活においては、3度の結婚をします。当初、彼はそれを失敗だとは考えていませんでした。美しい女性が現れるとその女性を自分の妻とすることこそ、人生における成功と考えていたからです。その結婚生活で1人の娘を授かります。ビジネスで成功を収め、一緒に生活したい女性と生活を共にする。やりたい放題の生活を送ってきました。
ところが、75歳になった今、高齢者施設で暮らすジェイコブは、本当に惨めでした。財産はたくさんありました。使いきれないほどのお金を持っていました。でも、家族からも相手にされず、一人娘も彼には近寄らず、周りからは煙たがられ、疎んじられ、結局、訪ねて来る友人もなく、老人ホームの中で本当に寂しい人生を送ることになったのです。
彼は成功を手に入れたと思っていたのですが、でもその成功の定義、成功の意味するところが間違っていたことに気づき始めていました。
 さて、もう1人の人物、ウーデンも1910年生まれで、25歳の時に社会で働き始めますが、その時、つまり25歳の時に、自分の人生をキリストの教えに従って建て上げて行こうと決心したというのです。つまり、彼にとっての成功は、ビジネスで成功すること、高額所得者リストに名前を連ねること、好きな女性と好きなように暮らすことではなく、神さまが願うようなウーデンになること、それを人生における成功、人生のゴールと決めたのです。
彼も、この世的に見て成功者でありました。UCLAバスケットボールチームの伝説のコーチと呼ばれる成功を収めるわけです。しかし、それ以上に、彼は、自分が面倒を見た若者たちに、イエスさまの山上の説教に従って生きる生き方が、実は、本当の意味での成功を手に入れる秘訣なのだ、と説き続けていきました。
私生活においては、53年間、妻のネリーさんと連れ添い、愛し続けました。そのネリーさんに先立たれましたが、75歳、すなわち人生の最期のステージにあって、彼は、イエスさまとの再会、そして先に天国への引っ越しをしたネリーさんとの再会を楽しみにしながら暮らしているのです。だからと言って、天国の待合室にただ座っているだけの生活か、と言えば決してそうではありません。彼のところには、常に教え子たちが入れ替わり立ち代わり、彼を慕って訪ねてきていました。ウーデンは、そうした日々を送っていたのです。
 ジェイコブもウーデンも同じ年に生まれ、同じ年に働き始め、それぞれの仕事において成功を収めるのですが、その最後のところで、ジェイコブは巨万の富を築いたにもかかわらず孤独で寂しい老後の時を過ごし、もう片方のウーデンは人々から慕われ、また将来への希望をもって晩年を過ごしているのです。
その違いは何でしょう。今日の聖書で語られるイエスさまの教えによるならば、人生の土台にかかっているというのです。イエスさまの言葉を聞いて行うかどうか、ということです。私は改めて、自分が75歳になった時、ウーデンのようでありたいと切に願わされたことでした。

Ⅳ.私たちの責任

キリストの言葉、聖書という岩を土台として私たちの人生設計をしていくのか、それとも別のものを頼りに生活の安定を図るのか、私たち1人ひとりに、選択すべきこととして示されます。どちらを選択するのか、それは私たちの側の責任です。私は、先ほどお話しした2人の例でいえば、ウーデンのようでありたいと思います。そして、イエスさまも岩を土台とする生き方を選び取るようにと切に勧めているのです。
 キリストの言葉を土台として選ぶことをしなかったジェイコブの、その後のことに触れて終わりにしたいと思います。
ジェイコブは、本当に幸いなことに晩年になってイエス・キリストを信じ、そのお方に従って生きる決心をしたのです。つまり、岩を土台とする生き方を選び直したのです。88歳で召されるまでの13年間、クリスチャンになって彼は本当に変えられた人生を送りました。仲たがいしていた一人娘とも和解することが出来たのです。娘は「晩年の父は、別人のようになって過ごした」と言いました。
ジェイコブにとっての最初の75年間は、確かに世間の物差しでは成功を収めた人の生き方に見えました。しかし、本人にとっては、焦りや不安、敵意や怒りで心が休まる暇もないような、暗い人生の終わりの時を過ごすことになっていたのです。
放蕩息子であったその彼が、75歳になった時に、ようやく父なる神さまのもとに立ち返ることができたのです。神さまのもとに立ち返った彼にとって、地上での最後の13年間こそ、何物にも代えられない神さまに祝された本当に豊かな人生となったのです。何故でしょう? それは、キリストに出会い、キリストの言葉を土台として生きたからです。
「エクササイズ」のテキストでも触れていますが、ジェイコブのような生き方を知らされる時、キリストを信じるのに遅すぎることはないということに、改めて気づかされます。
召されるまでの13年という年月は、88年の生涯の中のほんの僅かな期間だったかもしれません。しかし、永遠というスパンで考えるならば、75年も13年もあまり変わらないのではないかと思います。キリストの言葉を土台として生きることへと導かれた時間の豊かさは、決して、遅すぎること、短すぎることなどないからです。
私たちは過去を変えることはできません。やったことをやらなかったことにすることは出来ないのです。けれでも、これからのことについて、これからどう生きるかについては、私たちの選択にかかっているのです。その選択の結果によって、どのようにでも変わり得るわけですから。
イエスさまは、権威をもって言われます。「賢い方の生き方を選び取りなさい。わたしのこれらの言葉を聞くだけであってはならない。聞いて行う者になりなさい。その人こそ、岩の上に家を建てた賢い人なのだ」と。お祈りいたします。

カテゴリー
主日共同の礼拝説教 歓迎礼拝

あまりにも真面目すぎて


2016年4月24日 春の歓迎礼拝
松本雅弘牧師
ルカによる福音書15章25~32節

Ⅰ.弟息子の帰還

 今年の春の歓迎礼拝ではルカによる福音書15章の「放蕩息子のたとえ話」をご一緒に読んでいます。先週は父親の遺産を持って出て行った弟息子が、お金を使い果たし、どん底まで落ちたところで父親のことを思い出し、悔い改めて戻って来たお話しでした。父親は息子が帰ってきたことを本当に喜び、その喜びを、皆で分かち合おうと宴会まで催すわけです。
そこに仕事から帰ってきたのが、今日の主人公の兄息子でした。今日は、この兄息子にスポットライトを当ててみたいと思います。

Ⅱ.兄息子の不満

 兄息子は弟の帰還を祝う宴の最中に帰って来たようです。家の近くまで来ると普段と様子が違います。ところで、ここを読んだ時に、1つ不思議に思うことがあります。兄息子は家の近くで音楽や踊りのざわめきを耳にするまで何も知らなかったということです。
確かに、弟は前触れもなく突然帰って来ました。でも、たとえそうであっても祝宴が始まる時には誰かが兄を呼びに行ってもいいはずです。ところが誰もそうしていませんし、事実、兄は弟の帰還の事実を全く知りませんでした。
話を戻しますが、家の近くまで来ますと普段と様子が違っていて、「音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた」と、このたとえ話は語ります。聖書によれば、このお兄さんは、賑わいの原因を知らないだけでなく、わざわざ僕(しもべ)を家の外まで呼び寄せて問いたださなければ、何が起こっているのか、知ることが出来なかったようです。
問われた僕は出来事の成り行きを、かいつまんで説明しました。説明し始めた僕は、弟息子の帰還を喜んでもらえると思って兄息子に報告したのだと思います。ところが僕がひと言、「弟さんが帰って来られました」と言った途端に兄の顔色がサァーと変化したのです。気遣いの行き届く僕は普段から弟に対して良い感情を持っていない「兄の性格」を思い出し、すぐに声のトーンを落として、「無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです」と、「事実」だけを報告したのです。
するとどうでしょう。これを聞いた兄息子は怒って家に入ろうとしません。自分の殻に閉じこもってしまい、そのようにして無言の抗議を父親に対してしたわけです。
私はこのたとえ話を読むたびに、弟息子よりもこのお兄さんの方に共感を覚える自分を発見します。正直、このお兄さんが気の毒に思います。これまでの経緯を知っている者にとって、この時の「お祝い」は、弟にとっては、全くふさわしくないものでした。弟の今後のことを考えても、決してふさわしいことだとは思えないからです。弟息子は父親に反抗して自ら墓穴を掘ったのです。まさに自業自得です。
当時のユダヤ教からすれば法律違反を犯したわけですから、それなりの償いがあって初めて迎えられるべきであって、祝宴どころの騒ぎではないのです。
ところがどうでしょう? 子どもの前で正しく義なる存在でなければならないはずのユダヤの父親なのに、身上を食いつぶして帰って来た息子を、懲らしめもせずに迎え入れ、責任も取らせずに祝宴を設けているのです。父親の神経を疑いたくなる。それが、この時の兄息子の心境だったのではないかと思います。
兄は言いました。「あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる」。この言葉には、この時のお兄さんの収まらない怒りが現れています。注意して読めば、お兄さんは「自分の弟」の事を「わたしの弟」とは言っていません。「あなたの・あの息子」と呼んでいます。口が裂けても「わたしの弟」とは言いたくなかった。自分とは全く関係の無いように、人を突き放すような言い方をしています。父親に対する怒りと、弟に対する軽蔑が込められています。
もう1つ、「娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来る」という言葉を見ると、兄の弟に対する憎しみの大きさが、もっと伝わって来るように思います。弟が、娼婦と一緒にいたかどうか、この時のお兄さんは知っていたのでしょうか? 確かに13節からすれば、そうだったかも知れません。しかし、これは一方的な兄の邪推であり、決めつけでしょう。実際に見ても聞いてもいないわけですから。弟の帰還を認めようとしない、いや、認めたくないという、弟に心を閉ざしている兄息子の気持ちが、このように言葉の端々に現れてくるのです。

Ⅲ.父親の愛情

 では、このようなお兄さんに対する父親の振る舞いに注目したいと思います。第1に、父親はまたもや家の外に出てこなければならなかったということです。父親はつい先ほどまで、来る日も来る日も弟息子が家出して行った方角を眺めては、彼の帰りを待っていました。弟のために何度も、いや何百回、何千回と父親は外に出たのです。そして今、どうでしょう。物凄い勢いで憤る兄息子の言葉の前で、祝宴どころではない、愛する「もう一人の息子」のために、ふたたび戸惑い、苦しむ父親が家の外に立っています。
第2に、父親は怒り狂う兄息子に対して、「子よ」と語りかけている点に注意したいと思います。「放蕩息子」と呼ばれる弟息子に対して父親は変わらずに「お父さん」であり続けました。それと全く同じように、嫉妬と怒りで荒れ狂う兄に対しても同様に「お父さん」であり続けているのです。
ちょうど、無くなった銀貨1枚を必死になって捜し求めた女性の手の中に同じく尊い9枚の残りの銀貨が握られていたように、怒りの納まらない兄息子もまた、この父親とっては愛する息子、大切な宝のような存在なのです。ですから、「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに見つかったのだ」と語りかけているのです。
「あなたの・あの息子」と吐き捨てるように言った兄息子の言葉に父親は深く傷ついたことだと思います。でも怒りゆえに烈しい言葉を発してしまった兄息子に対して「お前の・あの弟」と優しく投げ返しています。自分の方から関係を絶ち、殻に閉じこもろうとする兄息子をなだめるために、必死になって外に飛び出す父親の姿は、まさに、弟を遠くから見つけて走り寄った、あの時の真剣な父親の姿と重ならないでしょうか。
 そして第3に、父親の最後の言葉に注目したいと思うのです。「祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」
この父親の言葉は、私たちと共に在ること、私たちの存在自体を喜びとされる神さまの恵みを、何物にも勝って告げているのではないでしょうか。

Ⅳ.あまりにも真面目すぎて―もう一人の放蕩息子

私たちはここで大切な事実に目が開かれます。それは常に父親の近くにいたはずの兄息子の方が、もしかしたら遠い国に出かけて行った弟息子よりもはるかに遠く離れていたのかもしれないということです。実は、兄息子も「もう一人の放蕩息子」だったという事実です。
思い出していただきたいのですが、このたとえを聞いていた人々はファリサイ派の人々や律法学者たちです。ここで「このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません」という兄息子の言葉が紹介されていますが、これはまさに、彼らファリサイ人、律法学者の「自信」を表す発言とダブって聞こえます。
でも現実はどうでしょう。ファリサイ派の人々も律法学者たちも、人のことはとやかく言うのですが本当の意味で自分自身の心の中に喜びや満足、平安がなかったのではないでしょうか。
彼らは本当に真面目だったと思います。でも、そうした生き方を保つために、困難な事、責任を負うべきことを遠ざけ、間違いのないような手堅い所だけを行う生き方を選びとっていきました。
人の目を気にし、徴税人や罪人と言われていた人々に近づかない。何故でしょう? 汚れた者と言われたくないからです。彼らの表面的には品行方正な生き方は、神さまに対する愛、隣人に対する愛からではなく、「世間が自分をどう見ているか」という恐れから来るものでした。後ろ指をさされないように、人から批判されないように。つまり真に畏れるべきお方を畏れない結果、神さまでも何でもない、人々の目を気にする生き方しかできなくなっていたのです。
私たちはどうでしょう? これまで読んできた3つのたとえ話に当てはめるならば、安全な場所に残された99匹の羊、女性の手の中にある9枚の銀貨、そして今日の兄息子かもしれません。
洗礼を受け礼拝には来ていますが、いつしか心に喜びを失い、信仰生活が義務のようにしか思えなくなり、心の中が怒りや憤り、不平不満で満ちているとするならば、まさしく私たち自身がこの時の兄息子なのかもしれません。一見正しく立派に見える兄息子も、実は父親から遠く離れていた、もう1人の放蕩息子だったのです。
この後、兄息子がお父さんの招きに応じて家の中に入ったのかどうか、それは分かりませんが、私たちは、「祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか」という招きに応え、ぜひ神さまのふところに飛び込んで行きたいと思うのです。お祈りします。

カテゴリー
主日共同の礼拝説教 歓迎礼拝

決してあきらめない


2016年4月17日
春の歓迎礼拝
松本雅弘牧師
ルカによる福音書15章11~24節

Ⅰ.はじめに

 今日、お読みした聖書箇所に付けられた新共同訳聖書の小見出しには「放蕩息子のたとえ」と書かれています。でもこの話を注意深く読んでみますと、単に「放蕩息子」と呼ばれる弟息子の物語ではなくて、むしろその息子の父親の物語であり、その父親によってたとえられる神さまの愛についての物語であると思います。では、さっそく今日のたとえ話を詳しく見ていきましょう。

Ⅱ.息子を思い続ける父親

 たとえ話の最初を見ると、弟息子が父親の元気なうちに遺産を分けて欲しいと願い出たことを伝えています。「遺産」ですから、普通は父親の死後に相続されるものです。
この時代のユダヤの法律では、父親が元気なうちは、子どもは、財産について一切権利主張をすることは許されないと定められていましたから、見方によればこの息子は法律違反を犯していることになります。
 こうした息子の要求に対して、ここに登場する父親はその要求通りに財産を分けてやってしまうのです。そして財産を譲り受けた息子はすぐにそれを換金し、お金だけが物を言う「遠い国」に行ってしまったのです。
残された父親は何を考えたでしょうか。きっと後悔したのではないでしょうか。財産を要求されても、頑とした態度でそれを許さなければ、息子を失わなくて済んだのではないだろうか。あの場面で、息子にこう言っておけばよかった、ああすればよかった、と悔やんだと思います。しかし、このたとえ話のお父さんは全く動こうとしていないのです。
なぜ、ここまでなすがままにさせておくのでしょうか? 
私はそのところに父親の苦しみがあったのではないかと思います。親なら誰もが多少の経験を持つのではないでしょうか。「気持ちの無い」息子を力ずくで連れかえって来たとしても、すでに息子の心は父親から遠く離れてしまっている。ですから、きっと、また出て行ってしまうでしょう。父親には、どうすることもできないことが分かっていたのです。
子どもに対して、すべての権限を持つはずのユダヤの父親です。その父親が、息子と心通わせる事が出来ずに、無力さの中に立ち尽くしている状態が、この時のお父さんの姿だったのです。
父親としては、息子の心に向かって叫び続けることしかできない、メッセージを送り続けることしかできないのです。
本当にやるせないほどの激しい苛立ち、悲しみ、そして身を焦がすような苦しみがあったように思います。これがこの時のお父さんの心だったのではないでしょうか。

Ⅲ.放蕩息子の悔い改め

 次に息子の方に目を移してみたいと思います。彼は何もかも使い果たしてしまいます。実際、彼はどん底に落ちてしまいました。ところが、そんな中、本当に幸いなことですが、彼は「我に返った」のです。
彼は「祝福に満ちた父親の家を思い起こすこと」によって我に返ったのです。このことは私たちに大切なことを教えています。
貧しさや悲しみが人間を神さまに立ち返らせるのではない。時として、それは人の心をもっと頑なにさせたりするでしょう。けれども、この息子は、落ちぶれ果て、どん底の状態にあっても、そこで父親のことを思い出せたのです。そして、この時、彼は初めて悔い改めることができました。つまり方向転換をして父の元に帰る心へと導かれていったというのです。
 もう一度、父親にスポットライトを当ててみましょう。息子がどん底まで落ち、父親を思い出して悔い改めを決意した時、父親の方はどうしていたでしょうか。聖書には、「まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけ」た、と出て来ます。
私はこの言葉を読むたびに感動を覚えるのです。このお父さんは息子が家を出て行った日からこの時まで、息子の帰りを信じ、家出して行った方角をいつも見ていたのだと思います。来る日も来る日も外に立っていました。
今、「私は、この言葉を読むたびに感動を覚える」と申しましたが、何が私に感動を与えるかと言えば、息子が父親のことを思い出す、それより前に、実は、息子のことを一時も忘れることのない父親がいたのです。父親は、どうしようもない息子のことをいつも思い続けていたというのです。
あなたに対して、神さまはこのようなお方なのですよと、この時、イエスさまは教えてくださったのです。

Ⅳ.決してあきらめず、思い続けてくださるお方

私たちが自分をどのような者として受け止めているか、このことが私たちの生き方と大きく関係していると言われます。いわゆる、専門の言葉で「アイデンティティー」ということですが、これはとても大切なことです。
私が、神さまをどのようなお方として信じているか。そして同時に、私自身が、神さまからどのような者として知られているか。このことを心の深いところで、しっかりと受け止めることによって、私たちの生き方は確実に変わるのです。
こんな話がありました。アメリカのアリゾナ州フェニックスという町で、1つのセミナーが行われました。その集会には、大きな会社の経営者が800人あまり参加していました。講師は、有名な人間関係学の専門家であり、ビジネス書『ソロモン王の箴言』の著者であるゲリー・スモーリーでした。
彼は、バイオリンを手にとって皆に見せました。それはとても古く、ネックの部分が折れていて、弦がぶら下がっている、ひどいバイオリンでした。
スモーリーはそのバイオリンを、皆が見えるように、高く掲げ、そして聴衆に向かって「このバイオリン、いくらすると思いますか?」と尋ねたそうです。
 そうしましたら、そこにいた経営者たちのほとんどは、笑いながら、「せいぜい2~3千円でしょう」と答えました。
その時、スモーリーは、バイオリンの内側を覗き込み、そこに書かれている文字を大きな声で読み上げました。「1723年アントニオ・ストラディバリウス」
「アントニオ・ストラディバリウスのバイオリン」は、現在、世界に600本程しか残っておらず、値段は3億円から高いものですと30億円もするそうです。
聴衆が、そのバイオリンの価値に気づいた後で、スモーリーは、改めてそのバイオリンを取り上げ、最前列に座っているセミナー参加者に手渡しました。そのバイオリンを手にした人、そしてまた、それを見ていた人も、その価値を知りましたから、周囲の人々は息を呑んで見守り、手渡された人は、本当に大事に宝物を扱うようにしながら、そのバイオリンをまじまじと眺めたそうです。そのバイオリン自体は何も変化しなかったにもかかわらず、です。
いかがでしょう。私たちの周りの人たちが、私たちを見て、色々なことを言うかもしれません。「せいぜい、2、3千円くらいの価値でしょう」とか・・・。
でも、それは私たちの本当の価値を知らない者が言うことです。でも神さまは違います。神さまは、あなたを御覧になって、「あなたは高価で貴い。私はあなたを愛している」と語ってくださるのです。それだからこそ、今日のたとえ話に出てきた父親のように、息子の帰りを待ち続けてくださるのです。
バイオリンの本当の価値に気づいた時、セミナーに参加した人々の、その扱いが変わったように、私たちも、そこまでしてこの私を捜し続けてくださる神さまを知る時に、自分自身の見方が、それまでとはまったく違ったものになるのです。
神さまは、皆さんを捜しておられます。「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう」(ヨハネ黙示録3:20)と言われます。
私たちの心には扉があるのです。でも、内側にしか「取っ手」がついていません。イエスさまは外に立って、私の心の扉をトントン、トントンと、叩いておられるのです。
私たちの意志を無視して、強引に力ずくで入ることはなさいません。私たちの人格を、私たちの心を大切にしておられるからです。
でも、その声に気づいて戸を開ける時、そのお方は、私たちの人生の同伴者になってくださり、私の助け主となってくださるのです。
ぜひ、主のみ声に応えていただきたいと願います。お祈りします。

カテゴリー
ファミリーチャペル 主日共同の礼拝説教 歓迎礼拝

そのままの姿で


2016年4月10日
春の歓迎礼拝
松本雅弘牧師
詩編90編1~12節
ルカによる福音書15章8~10節

Ⅰ.はじめに―「生涯の日を正しく数えるように教えてください」

今日、お読みしました旧約聖書の言葉の中に、「あなたは眠りの中に人を漂わせ 朝が来れば、人は草のように移ろいます。朝が来れば花を咲かせ、やがて移ろい 夕べにはしおれ、枯れて行きます」(詩編90:5~6)とあります。私たちの人生を、瞬く間に飛び去っていくものとして表現しています。つまり「人生のはかなさ」をしみじみと歌っているのです。
さらに詩人は、「人生はため息のように消えうせます。人生の年月は70年程のものです。健やかな人が80年…」とあり、「移ろいやすい」だけではなく、「ため息のように」あっという間に過ぎ去っていく。この感覚が詩人モーセの実感でした。
こんなお話を聞くと、「教会に行って、励まされて帰って来たいと思ったのに、牧師さんは急に暗い話をし出した」と思われるかもしれませんが、もう少しご辛抱いただきたいと思います。
あっという間に過ぎてしまう人生ですので、詩人は真剣になって神さまに祈っているのです。その祈りの言葉は、「生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように」というものです。
それこそ「ため息のように」過ぎ去ってしまう人生の日々を、主にあって1日1日大切に過ごしていきたい。今日、この日を、どのように受け止め、どのように生きるかを教えてください、という祈りです。そして、この祈りに応えてくれているのが、この聖書の中に出てくる様々な教え、イエスさまの教えです。
少し前置きが長くなりましたが、私たちの人生の日を正しく数えることができるように、今日も、イエスさまの教えに心の耳を傾けていきたいと願っています。

Ⅱ.背景

今日のたとえ話も、徴税人や罪人と呼ばれる人々と一緒に食事をしていたイエスさまを批判する、ファリサイ派や律法学者に向けて語られています。
ここに出てくる「罪人たち」とは職業上、また様々な理由から社会からつまはじきにされ、誰からも相手にされない人々でした。ところが、そうした中で、イエスさまだけは、彼らを人として接しておられたのです。ですから、彼らは、彼らの方からイエスさまのところに行って、イエスさまと交流したい。イエスさまのお話を聞きたい。イエスさまと時間を共にしたい。そのような思いでやってきたわけです。
そのことが、当時の宗教指導者には気に入らないことだったのです。イエスさまは、それに対してどうなさったでしょう。「そこで、イエスは次のたとえを話された」のです。
イエスさまが語られたたとえ話とは、大きく分けて3つあります。「見失った羊のたとえ」、今日の「無くした銀貨のたとえ」、そして来週から2回に分けてお話します「放蕩息子のたとえ」、この3つのたとえ話です。

Ⅲ.無くした銀貨のたとえ

 イエスさまが語られたのは次のようなお話でした。あるところに1人の女性がいました。10枚の銀貨を持っている女性です。その彼女、どういうわけか、大切な1枚を失くしてしまいました。
このドラクメ銀貨の価値を調べてみましたら、当時の貧しい労働者1日分の賃金に相当する額だそうです。ですからそれなりの価値あるものですが、でも捜しても見つからなければ、〈いつかまた出てくるでしょう、あと9個残っているし〉と気持ちを切り替えてしまうこともあるかもしれません。ところが、この女性は、必死になって捜しているのです。
薄暗い家の中です。ユダヤの貧しい家屋ですから、窓がありません。ですから8節を見ますと「ともし火をつけ」必死になって捜したのです。自分の目でもって一生懸命無くなった銀貨を見つけようとします。でも残念ながら見つかりません。そこで彼女はほうきを持ち出して薄暗い家の隅々を掃きながら、テーブルがあればそれをどかして、その下を掃きます。
たんすがあれば、その下にほうきを突っ込んで掃き出します。あるいは、家具を移動して、一生懸命捜します。
このように、ともし火を点して、目を使い、今度はほうきを手に持って、そこいら中を掃きながら、ひょっとすると無くなった銀貨が「ほうき」の先にでも引っかかって、音でもたてないかと、耳に神経を集中して捜しているのです。つまり、彼女は無くなった1枚の銀貨を見つけるために、目で捜し、手で捜し、そして耳を使って捜す。つまり、全身で捜しているのです。
まさに「見つけるまで念を入れて捜さないだろうか」とイエスさまが言われるとおりです。
では何故、ここまでするのでしょうか。銀貨1枚です。周囲からすれば無意味に思える行為かもしれません。ある人にとっては価値がないとも思える銀貨です。でも、この女の人にとっては、価値があったのです。何故なら、それは彼女の宝物だったからです。
当時、イスラエルでは銀貨10枚に紐を通して、結婚のときに髪飾りとして持ってきたそうです。嫁入りの時の飾りでした。また、銀貨を用いたのは、持参金でもありました。もし何かどうしても必要な急場の時には、それを使うということもありました。つまり、彼女にとっての銀貨1つ1つは、思い出がこめられた宝物であり、大切なものだったのです。
私たちにたとえるならば、結婚の誓約のしるしとして交換した結婚指輪のようなものでしょうか。私も30年以上、同じ指輪をはめています。よく見てみますと随分と傷がついてきました。覚えていますが30年前はピカピカでツルツル、とても綺麗な指輪でした。でも今は色がくすんで表面はザラザラです。でも、どうでしょう。「新しいものと交換しよう」と思うでしょうか? 「買ったときと同じ値段を払いますから、売ってください」と言われて、売るでしょうか。そうしないですね! あの時、あの場面で交換した指輪であることに価値があるのです。
つまり、他のもので代用することはできない結婚指輪のようなもの、それが、この時、彼女が無くしてしまった1枚の銀貨でした。

Ⅳ.見出される喜び

 私はクリスチャンになる前、イエス・キリストというお方を知る前は、何か悪いことが起こると、また、嫌なことに出くわすと、自分に自信もないですから、「自分なんて、居ても居なくても良い存在だ」と真剣に思うことがありました。今日の聖書の箇所は、周囲の人々の扱いから、「自分なんて、居ても居なくても良い存在だ。」そうとしか感じることができないような人々に対して、イエスさまはこのたとえをお語りになり「そうではない! あなたは神さまから捜されている宝物なんだ!」と、必死になって伝えようとしているのです。
 私は、この説教を準備しながら、「まばたきの詩人」水野源三さんのことを思い出しました。
クリスチャンの詩人水野源三さんは、9歳の時に赤痢にかかり、高熱で脳性まひになって、見ることと聞くこと以外の機能を全部失ってしまいました。その水野さんが13歳のときに、自分を捜しておられる神さまを知って洗礼を受けてクリスチャンになりました。
それ以来、お母さんが作った、「あいうえお」の書かれた「50音表」を、まばたきで合図しながら、ひとつずつ言葉を拾い、詩の作品を作って証しをされた方です。その水野さんの作った詩の中で私の大好きなものがあります。

たくさんの星の中の一つなる地球
たくさんの国の中の一つなる日本
たくさんの町の中の一つなるこの町
たくさんの人間の中のひとりなる我を
御神が愛し救い
悲しみから喜びへと移したもう

 水野さんはどうにもならない「自分の小ささ」を実感していました。でも、そのような小さな者を愛して捜し出してくださった神さまに出会ってから、心の中の悲しみが、大きな喜びへと変えられていくことを経験したのです。
私たち誰もが、神さまが捜しておられる神さまの宝物です。私たちがそのお方に出会う時、初めて、人と比べて100分の1、10分の1に過ぎない私など、と思うことなく、掛け替えのない私を受け止めて生きることができるのです。
ぜひ、水野源三さんのように、この私を捜しておられる神さまと、喜びの出会いをさせていただきたいと願います。お祈りします。

カテゴリー
主日共同の礼拝説教 歓迎礼拝

あなたの代わり(スペア)はありません


2016年4月3日
春の歓迎礼拝
松本雅弘牧師
ルカによる福音書15章1~7節

Ⅰ.徴税人と罪人

 皆さん、おはようございます。高座教会の歓迎礼拝にようこそお越しくださいました。心から歓迎いたします。これから聖書の言葉を通してお話をさせていただこうと思いますが、今日はまず、この「聖書」について簡単にお話したいと思います。
1つは、「聖書」という名称についてです。「聖書」とは英語で「ザ・バイブル」と言います。「バイブル」とは「本」という意味ですが、「ザ」がついていて、「Bible」のBが大文字になっているということは、「本の中の本だ」ということ、よく言われることは、「世界のベストセラーだ」ということですね。
数年前に橋爪大三郎さんのお書きになった『不思議なキリスト教』という本がベストセラーになりました。その頃から、聖書の知識があることは、これからの時代、世界で生きていく上での大切な条件であると言われ始めました。ビジネスであれ個人的な交流であれ聖書の知識があるかどうかによって会話の豊かさや判断力が変わってくると言われます。
2つ目。それでは聖書は誰が書いたのかということです。実は、この66巻が1つに綴じられている聖書は1500年にわたって書き継がれてきました。書いた人の人数は約40人です。それも様々な背景をもつ人々、また様々な職業の人々によって書かれたのです。ですから、ある人は「聖書をもって歩いているということは、その人は図書館を持って歩いているのと同じことだ」と語っていました。そして第3に強調したいのはメッセージの統一性です。聖書の言葉の中に、「聖書の中の聖書」と呼ばれる言葉があるのです。それは新約聖書のヨハネによる福音書3章16節の言葉です。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3章16節)
「マイ・バイブル」をお持ちの方は、ぜひ線を引いておいていただきたい大事な聖書の言葉です。
1500年間をかけて、その背景や、また職業などのまったく違う40人程の人々によって書かれた聖書ですが、どこをとっても最終的には、この「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」という言葉に集約できるのです。ここに出て来る「独り子」というのはイエス・キリストのことです。そして、この言葉は、神さまはあなたを愛しておられるというメッセージです。
今日は、この聖書の統一性を表わすメッセージ、神さまの愛についてお話したいと思います。ルカによる福音書15章1節から2節をご覧ください。「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、『この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている』と不平を言いだした。」とあります。
 最初に幾つかの言葉の説明をいたします。「徴税人」という言葉が出てきますが、これは、ローマ帝国のために税金を取り立てる人のことです。彼らの中には自分自身の私腹を肥やすためにローマの権力をバックにして、必要以上の税金を人々から巻き上げるような悪い人も確かにいました。ですから、そうした徴税人を当時は、十把一からげにして「罪人」と呼んでいました。このように聖書に登場するイエスさまの側には、当時の宗教的指導者や周りの人々から「罪人」とレッテルを貼られ周囲から疎外された人々、また、周りの人々から「居てもいないかのように扱われた人々」がいました。そうした人々が、「話を聞こうとしてイエスに近寄ってきた」とありますように、イエスさまの周囲に集まってきていたのです。
何故でしょう? それらの人々をイエスさまは相手にしてくださったからです。周囲からは相手にされない自分たちを、イエスさまだけは人として接してくれたのです。イエスさまは、自分に関心を持ってくれる、そのことが彼らには、ちゃんと分っていたからです。
私たち人間は、誰かから関心を寄せてもらえると、それで、それだけで生きることができるのです。イエスさまは、そのようにして私たちと接してくださるお方でした。

Ⅱ.不平

この時、いわゆる「罪人」と呼ばれていた人々が、このようにして自分たちの意思でイエスさまの側近くに行き、話を聞こうとしてイエスさまの周りに集まってきていました。そして、イエスさまは、彼らをまるで雌鳥が雛をその羽の下に抱きかかえるように、温かく迎え入れました。
ところが、そうしたイエスさまの行動に対して、「ファリサイ派の人々や律法学者」と呼ばれる、当時の宗教指導者、社会のリーダーたちが、不平不満をもらし、不平を言った、というのです。
そうしたファリサイ派の人々や律法学者の不平不満の具体的内容とは何だったのでしょうか。それは第1に、イエスさまが、自分たちが罪深いと見定めた人々と共にいることです。ましてや、食卓を囲むことなど、当時の規則に照らし合わせて絶対にあってはならないことだと考えていたことが挙げられます。第2に、神さまによる罪の赦しが簡単に与えられると吹聴する説教者だと、彼らがイエスさまを決め付けていたことを挙げることができます。2節を見ますと、イエスさまを指して、「この人」と言っています。この言い方の中には、こうした非難と中傷の気持ちが込められていたのだと思うのです。

Ⅲ.「見失った羊」のたとえ

 こうした頑ななファリサイ派の人々や律法学者に向かってイエスさまはたとえをお話になりました。「『あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。』」
ここでイエスさまは見失った一匹の羊を捜し求める羊飼いとして、神さまのことを教えています。迷子になったこの羊は、自分の失敗の故に、自分の愚かさの故に迷子になってしまったのです。でも神さまの側からすると、「見失った一匹を見つけ出すまで捜し回るほど」、いなくなっては困る尊い存在なのです。
ある人は、百匹いるから一匹くらいいなくなってもいいではないかと言われるかもしれません。けれども、イスラエルの羊飼いは、一匹一匹に名前をつけて我が子のように大切に養い育てたそうです。我が家にも犬がいますが家族の一員のような存在です。ましてや運命共同体のような羊飼いと羊にとってはなおさらだったと思います。その羊がいなくなれば、もうみつけるまで捜すでしょうとイエスさまは言われるのです。そこに居合わせたユダヤの人々は皆、うんうんとうなずいたと思うのです。

Ⅳ.見失われたものの大切さ―「あなたは高価で尊い」

 1人の人が失われる。それは神さまからしますと大きな喪失、痛みが伴う悲しみだとイエスさまは言われるのです。そして逆に、その人の回復は大きな喜びだ、と主は言われるのです。
 見つかるまで捜し求める羊飼いは、その1匹に利用価値があるから、あるいは損をしたので悲しんで捜しているのではありません。まだ小さいけれども、これから育てれば良い値で売れるからと言ったような意味で価値があるというのでもないのです。
ただ、そのまま、ありのままで大切な宝物だから、失ったことを悲しんでいるのです。つまり、悲しみの理由は、その羊に対する神さまの愛の心です。
今日のたとえ話を通して、イエスさまは、「自分なんて、居ても居なくてもいい存在だ」と言う心の叫びに対して、「そうではない! そうではない! あなたは、神さまから捜されている、尊い存在なのだ」と訴えているのです。
「自分なんて」と思う時、価値のない私が何で生きなければならないのか、と思うことがありますね。生きるということの意味、聖書の答えは何でしょうか。それは、「神さまに捜されているから」です。これが答えです。
 神への信仰とは何でしょうか。ある人が言っていました。「信仰とは、この自分も捜されている、主イエス・キリストによって、神の愛のうちに捜されているのだということを認めること、受け容れること」だと。
自分を振り返るとき、自分は神さまの愛からほど遠い生活をしていると思われるお方があるかもしれません。自分が身を置いているところには神さまなどやって来てはくれない、そのように言われるかもしれません。そんな時に、ぜひ、今日のたとえ話を思い出していただきたいのです。
私を捜し続けておられる神さまがおられるということ。今、そのお方は、私を、この私を捜しておられるということを、ぜひ心に留めていただきたいと願います。お祈りします。