あなたは大切な人です

主日共同の礼拝説教集

高座教会礼拝堂

ただ憐れみのゆえに

2018年7月1日
松本雅弘牧師
詩編85編1~14節
マタイによる福音書15章29~39節

Ⅰ.繰り返しの出来事

主イエスは、カナンの女の娘をいやされた後、ガリラヤ湖のほとりに戻られました。山に登り、お座りになると、そこに大勢の群衆が次々と、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れて会いにきました。そして、イエスさまは彼らを癒されたのです。
この個所を読む時、「結局、同じようなことが繰り返し起こっただけではないか」と判断し、サラッと先に進んでしまう人もいるかと思います。
注解者の多くも一般的な傾向として、さっと解説する程度で次に進んで行ってしまうようです。
神学校時代の卒論指導教官が、「聖書は寡黙である。その寡黙な聖書が口を開いた時には、私たちは真剣に耳を傾けなければならない。」と言われた言葉を、私は思い出しました。繰り返しのように見えるが、それが単なる繰り返しなのかどうか、そのことを一度、考えてみることが必要であるということです。
そう考えながら読み進めて行くと、16章に「まだ、分からないのか。覚えていないのか。パン5つを5千人に分けたとき、残りを幾籠に集めたか。また、パン7つを4千人に分けたときは、残りを幾籠に集めたか。」という主の言葉が出て来ます。
主は、「あれは単なる繰り返しではなく、繰り返したことに意味があるのですよ」と、お話なさっているように聞こえるのです。
「パンの奇跡を2度も行ったではないか。そのことを忘れてしまったのか」と、主イエスが言われるその背景には、やはり「決して忘れてはならない」という、主の願いが隠されているのではないかと思います。

Ⅱ.異邦人を中心とした群衆

こうしたことを踏まえて、この箇所を読み直していきたいと思います。
ここで主イエスは山に登っておられます。「山上の説教」の時と同じです。すると、主の後を追いかけるようにしてやってきた人々が足もとに集まったのです。
ただ、この群衆はユダヤ人ではなく異邦人のようです。前回、主はファリサイ派の人々との激しい論争の結果、ユダヤの地を追われるようにしてティルスやシドンに出て行かれたことをお話しました。ティルスとシドンはユダヤ人があまり住んでいない地域です。同じ出来事を記録しているマルコの福音書には、主がティルスやシドンに行かれた後、デカポリスを経由してガリラヤ湖東岸に行かれたことが分かります。
主イエスの周囲に集まった人々は、ティルスとシドンの地方から共に3日の旅をしてきた群衆でした。その彼らが主の癒しの御業に触れて「イスラエルの神を賛美した」(31節)のです。聖書の専門家は、ユダヤ人だったら自分たちの神をほめたたえる時に、わざわざ「イスラエルの神」という言い方をしない。ここで賛美する彼らは異邦人だったろうと指摘しています。
前回は、カナンの女の信仰について考えました。異邦人の女性がイスラエルのメシアに対して食い下がる。娘の苦しみを取り去ってほしいという激しい求め、その信仰の大きさにメシア・キリストが圧倒されてしまった、という話でした。
そして今日の箇所でも、カナンの女に続くように、イスラエルの民でもない人々が、続々と主イエスの許に迫り、イスラエルの神をほめたたえているのです。そのような賛美に包まれている場面、男だけで4千人の人々が、主の御業を見て驚き、地鳴りのように賛美している場面なのです。そうした中で、主イエスは、御自分の弟子たちを呼び寄せられました。

Ⅲ.「5千人のパンの奇跡」と「4千人のパンの奇跡」

14章の「5千人のパンの奇跡」と、今日の箇所「4千人のパンの奇跡」は、単なる繰り返しではない、というお話をしました。ここを丁寧に読んでいくと、2つの出来事の違いに気づかされます。
「5千人のパンの奇跡」は、弟子たちが群衆のことを心配して始まった主イエスの奇跡です。これに対して「4千人のパンの奇跡」は、群衆の空腹に気づき、かわいそうだと最初に思ったのは主イエスの方で、弟子たちではないのです。
ここでは、むしろ弟子たちは知らん顔をしています。主イエスが一生懸命癒しをなさっている、その傍らに立って、弟子たちはその一部始終を目撃していました。そして今、癒された異邦人たちが、自分たち異邦人にとっては縁の無い「イスラエルの神を賛美している」のです。
その賛美の大声に包まれながら、弟子たちは、なぜ彼らの飢えに心を動かすことがなかったのでしょうか。それは、群衆が異邦人だったからです。
弟子たちはユダヤ人でした。一般にユダヤ人は自分たち以外の民族に対して、特別にネガティブな思いをもっていました。異邦人の悩みや痛みを、自分のこととして受けとめることができなかったのです。
こうしたことは私たちの内にもあるのではないでしょうか。特に日本人は内と外の意識が強く、身内の人には優しいが、身内以外の人に対しては冷たくなる傾向があります。この時の弟子たちの態度は、そうした私たちの限界を映し出しているように思います。
主イエスは、ここで「群衆がかわいそうだ」とおっしゃいました。「かわいそう」という言葉は、「憐れに思う」と訳せる言葉で「はらわたが痛む」、お腹が痛くなるほど他者の悩みに心が動くという意味です。
群衆は自分たちが住んでいたところから3日かかってやって来ました。再び、3日をかけてティルスやシドンの町々に帰っていくのです。その途中、空腹で倒れてしまうのではないだろうかと、その姿を想像して、ご自身のお腹に痛みを感じる程に彼らと一体化し、心配しておられるイエスさまです。
そこで、同労者である弟子たちに向かって、「あなたがたはその痛みが分かりませんか」と、弟子たちに言われたのです。さらに言うならば、あの「5千人のパンの奇跡」の時と同じ御業を、あの出来事をあなたがたと私とでもう一度行おうではないか、と主イエスは、弟子たちを招かれたのです。

Ⅳ.別れの食卓

「5千人のパンの奇跡」と「4千人のパンの奇跡」、この2つの出来事の間にはそれなりの時間的経過があることが分かります。
その証拠に「5千人のパンの奇跡」の時には、群衆は「草の上」に座るように命じられているのに対して、「4千人のパンの奇跡」では、草が生えていない「地面」です。
専門家によれば、この2つの出来事の間にはほぼ半年、もしくはそれ以上の時間的開きがあるだろうと判断しています。
主イエスの公生涯のうち、ガリラヤ湖周辺で大勢の群衆に囲まれながら宣教なさっていた時期を「ガリラヤの春」と呼びますが、その時期は「5千人のパンの奇跡」で区切りを迎えます。
その後、およそ半年の間、あるいはもう少しの期間、異邦人の地での宣教活動を行い、再びガリラヤ湖畔に戻って来たのではないかといわれています。
この時、「食べた人は、女と子どもを別にして、男が4千人」とありますから、4千人以上、場合によってはその倍くらいの人々のために、草が枯れた山の上で、食卓を調え、振る舞われました。この後、群衆を解散させ、自分たちの地に帰します。そしてイエスさまは、舟に乗ってマガダン地方に行かれました。(39節) マガダンという地域について正確な場所は不明ですが、一般にガリラヤ湖西岸の地域であると考えられています。
この後、主イエスは弟子たちと共に、エルサレムに向かっての旅を始められるのです。そして、いよいよ最後には、その弟子たちとも分かれることになるのです。その別れの時にも、主は「最後の晩餐」として食卓を調えてくださいました。(26章)
このように見て来ますと、主はガリラヤでの宣教の区切りに「5千人のパンの奇跡」を行い、異邦人宣教の区切りに、「4千人のパンの奇跡」を行い、そして、十字架におかかりになる前夜、御自分の弟子たちのために「最後の晩餐」を備えてくださったのです。
このように主イエスの公生涯における、主が調える食卓は1回1回が1つの大きな区切りを表わしています。1回1回が、感慨深い思いをもって調えられた食卓であったのではないかと思うのです。
歴史の教会は、「5千人のパンの奇跡」とこの「4千人のパンの奇跡」を、「最後の晩餐」同様、聖餐の原型であると考えて来ました。
今日この後、私たちは聖餐を祝うのですが、主イエスは、このように食卓を調える度ごとに、御自分の心や腹が痛くなるほどに、人々を深く憐れみ、愛しておられるお方だということです。ユダヤ人の群衆、異邦人の群衆、そして病や弱さの中で苦しんでいる一人ひとりを愛し、「私の恵みに満たされるがよい」と、招いてくださる、それが主イエスさまです。
そして、すでに主に従っている弟子たちに対しては、その恵みの業の同労者として、「パンは幾つあるのか」と問われ、持っているものを愛の業のために用いるようにとチャレンジしておられます。
この恵みの御業に参加したヨハネは、「ヨハネの手紙一」の中で告白しています。
「わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったから」。(4:19)
主イエスに深く深く愛されていることを味わい知る中で、私たちも主の愛の業に参与する者として生かしていただきたいと願います。
お祈りします。