松本雅弘牧師
詩編127編1-2節
ヤコブの手紙4章13節-17節
2021年5月16日
Ⅰ. 召天者記念礼拝の意味
6年ほど前、フランシスコ教皇がギリシャの島を訪れ、「一人ひとりに尊い物語がある」と語り、そこに居たシリアの難民12人をバチカンに連れ帰るということが、ニュースとなり、話題になりました。「一人ひとりに尊い物語がある」。私の手元に召天者名簿がありますが、ここにお名前のある方たち、お一人ひとりに、その人だけの名前があるように、主イエスと共に歩まれた、それぞれの歩み、尊い物語があることを改めて知らされるのです。
毎年、高座教会では、キリストの復活を覚える復活節の間に召天者記念礼拝をささげ、召された方々のことを偲び、生と死ということを聖書から受け取り直す機会を持つとともに、ご遺族をはじめ、私たち一人ひとりが復活の主イエスによってもたらされた、生ける希望を受け取り直す、大切な時を過ごさせていただいています。天に召された兄弟姉妹も、そして地上に生きる私たちも、復活の主キリストにあって一つとされています。召された方々は「過去の人」ではありません。今も共にキリストにあって礼拝する人、これからキリストにあって再会する人であります。そのようなことを心に留めながら、この礼拝の時を過させていただきたいと願います。
Ⅱ. 中断される人生
召天者の名簿には、私の母、松本節子の名前もありました。母は2006年の11月1日、天に召されました。ちょうど前年の2月に義理の父が召天し、その葬儀礼拝に出席するために、母は、父と一緒に、九州の福岡から出て来ました。当時、父はパーキンソン病を患っていましたので、飛行機で羽田までやって来て、その後、電車を乗り換えて南林間に来る予定でしたが、誤って乗り越してしまったなどで、羽田から南林間に来るまで何と3時間もかかってしまいました。その時、私は、母よりも久しぶりに再会した父親の姿を見て、だいぶ病気が進行している現実にショックを受けたことを覚えています。
義理の父親の葬儀が終わり、両親は再び福岡に帰って行きましたが、その翌月、母の顔に突然、黄疸が現れたのです。検査の結果、膵臓癌であることが判明しました。弟からの連絡があり福岡にかけつけ、主治医から母の病状について説明をいただきました。その時、余命3か月ということが告げられ、目の前が真っ暗になりました。当初、母には余命のことは伏せていましたが、前々から「癌になったら、必ず知らせて欲しい」と申しておりましたので、主治医にお願いして、母の病状を直接本人に説明していただくことをお願いしました。私は、医師から告知された時の母の横顔、落胆した、というか、希望を失い肩を落とした母の姿を今でも忘れることができません。「何故ですか…。悪いこともしていないのに、何故ですか、先生!」、とっさに母の口から出てきた、その言葉が忘れられません。7ヶ月後、神さまは、「もう十分頑張ったね」と母を御許に召してくださったのだと思います。71歳でした。
私が牧師になると言い出した時に、父と二人で猛反対しました。大変心配していました。「牧師さんて、どうやって生活していけるのでしょう?」。しかし徳子と結婚し神学校に入学し、卒業する前の年に長女が誕生し、母も父も孫に会うために高座教会の礼拝に通い始めたのです。当時はまだ、東京に住んでおりましたので…。そして2000年に、孫の信仰告白の日に、両親は夫婦揃って受洗させていただきました。
その後、続けてきたお店を閉じ弟家族のいる福岡に引っ越しました。その頃の両親は、これから夫婦で旅行などしながらゆっくりと過ごそう、という思いもあったようです。母が膵臓がんになったのは、そのような矢先の出来事でした。よく葬儀の時にお話するのですが、カール・バルトという牧師が、このような私たちではどうにもできない人生を称して、「中断される人生」と表現したことです。
私たちが、現に今、何歳であったとしても、特別な事情のない限り、私たち一人ひとりには、まだまだ「やりたいこと」がありますし、「やらなければならないこと」もあるでしょう。よく「優先順位をつけて」なんて、自分に言い聞かせながら、「“やりたいこと”だけでなく、“やらなければならないこと”」を優先できるように、自己訓練をしながら生きているのが現実の私たちだと思います。そうした私たちに対して、先ほどお読みしましたヤコブは、今、「どうしてもこれだけは」というところで、私たちの仕事が、家族との生活、素晴らしい計画、意味ある様々な働きが中断される。しかも私の方から「中断する」のではありません。あくまでも「中断される」。そうしたことが起こる。このことが、今日、ここに集う私たち一人ひとりに必ず起きますよ、とヤコブは包み隠すことなく、率直に、この真実を告知するのです。そして、それを聞く私たちは、神さまの御前に、改めて厳かな思いにさせられるのではないでしょうか。
Ⅲ. 主の御手の中にある明日
まず始めにヤコブは、「ある人」のことを紹介します。「ある人」と言っても特別な人ではありません。私たちが常日頃、「していること」でしょう。ごくごく普通の生き方です。私たちの多くは、行き当たりばったりではなく、個人差はあるでしょうが、「明日」のために、それなりの計画や見通しを立てて生きているように思います。「今日か明日、これこれの町へ行って一年滞在し、商売をして一儲けしよう」と計画したこの人もお金が儲かる保証などありません。このたびのコロナ感染症のように予期しない出来事が起こり、状況が一変する事もあり得ます。また自身の意志や心の弱さから計画通りに進まないこともあるでしょう。
ところで、今、「計画」という言葉を使いましたが、考えてみますと、何か計画を立てる場合、そこには一つの前提があるように思うのです。それは、「明日も生きている/明日も同じような明日がある」。だから計画を立て、そのこと自体に意味があるのです。ところがヤコブは、この当然のことに関し、「あなたがたは明日のことも、自分の命がどうなるかも知らないのです。あなたがたは、つかの間現われ、やがては消えゆく霧にすぎません。」と明言します。そうした上でヤコブは、「主の御心であれば、生きて、あのことやこのことをしよう」と言うべきことを説くのです。私が自分の力でどうにかして生きるのではなく、むしろ、生かされているという現実です。明日は、神さまの御手のなかにある。しかも私たちの明日を治めておられるお方は意地の悪いお方でなく、私たちを目の瞳の様に愛し、最善を願い、恵みと憐れみ豊かないつくしみ深い神さまなのだという信仰です。この神さまの御支配を信じて、日常の喜びも悲しみも、共に神さまの御手からいただくことを許されて生きるのが私たち人の歩みだ、ということでしょう。今日、召天者記念礼拝に際し、愛する家族、友、主にある兄弟姉妹の歩みは、こうした事実を、私たちに伝え、主の御前に、厳かな思いをもって、賜物としていただいている日々を大事に生きることを、今一度、教えているように思うのです。
Ⅳ. 心を騒がせないがよい
私は、葬儀のたびごとに必ず朗読するイエスさまの言葉があります。ヨハネ福音書14章1節から3節の主イエスの御言葉です。行く先が分からずに旅立つことほど、あるいは旅立たれることほど心細いことはありません。でもイエスさまは、「あなたがたは心を騒がせる必要がありません。むしろ、私を信じなさい」と言ってくださる。いつもお話することですが、イエスさまを信じるとは、イエスさまの語る言葉を信じる、ということです。
コロナ前は礼拝の最初に頌栄を歌いました。頌栄29番「天のみ民も」はこういう歌詞です。「天のみ民も、地にあるものも、父・子・聖霊なる神をたたえよ、とこしえまでも。アーメン。」イエスさまは約束しておられる。今この時、愛する家族は、神さまの御許で安らかに時を過ごしておられます。そして、私たちも、その神さまの定めた良き日に、御許に召されていくときに、愛する家族、主にある兄弟姉妹と再会することができる。この復活の希望をもって生きることが許されています。その希望をもって、「もう泣かないでよい」と御声をかけてくださるお方に守られて歩んでいきたいと願います。今もなお、愛する方々を御許に送られたが故に、深い悲しみの中にあります方々もあることでしょう。そうした方々の上に、主の慰めと希望が豊かにありますようにと祈りをあわせたいと思います。
お祈りいたします。